額に三発。右に動いたのなら、狙いは外さない。逃げ道を選択させないための囮射撃の位置を演算しながら暴走しているアベルへ距離を詰める。
一発目。アベルは野性的な動きでものともせず弾丸を避けた。二発目。避けた先への連続した予測射撃を四つん這いになって避けられた。この時点でアベルは射手の俺を認識したらしく真っ直ぐにこちらへ駆け出した。俺はライフルから拳銃に持ち替え連射速度を意識してとにかく足元を狙う。細かく撃ち続け少しでも時間を稼ぐためだ。
右へ跳ね左へ跳ね、脚は取られつつも着実に距離を詰めてくる。身体を狙えばそれだけで一気に間合いに入ってくるだろう。
アベルが予め用意していた罠の位置へ飛んだ。すかさず起爆させる。アベルの左脚がちぎれ肉が壁にこびりついた。片脚を失っても構いもせず残った右脚で俺へと跳躍してきたアベルへ、持っていた2丁拳銃を放り投げて再びライフルを構えた。
額に三発。右に動いたのなら、狙いは外さない。パンッ!という連続した破裂音と共に、アベルは脳漿を撒き散らし機能を停止させ塵になった。
「素晴らしい働きだ、名字隊員」
このサイトの管理者である男は椅子に座り拍手を打ちながら俺を賞賛した。後ろに見えるよく分からない表彰の数々を眺めながら、俺は「ありがとうございます」と返事をする。
「君が赴任してきてくれてからというもの、アベルは収容違反を1度も起こせていない。これは快挙だよ」
男は立ち上がり、棚の上のトロフィーを手持ち無沙汰に撫でた。
「君を平の隊員のままにするなど勿体ない。今すぐにでも隊長クラスに昇格させよう」
「自分は当然のことをしたまでであり、また赴任してひと月も経っておりません。不相応かと」
「とんだ謙遜だ!」
男は両手を上げて笑った。そのまま上げた手を俺の肩に置くと、ニヤリと笑って顔を近づけた。
「今後もアベルを頼むよ、今奴を止められるのは君しかいないのさ!」
そう言って数回肩を叩かれ退出許可を出された俺は「失礼しました」と頭を下げ部屋を後にした。男が去り際に、「さて、今回はどれだけ持つかな」と呟いていたのが、耳から離れなかった。
どんなに覚悟をしていたつもりでも、その時は必ずやって来てしまう。
ごぼごぼと得体の知れない鳴き声を発しながら、部隊を血の海に変えてしまった化け物が眼前に迫っていた。
理性も知性も感じさせないその生き物に戦法なんて物はひとつも通じない。所詮自分は怪異の前には為す術もなく膝をつくしかない生き物だった。
収容違反が起こるのは珍しいことではない。ただ、不運だった。たまたまこのscpが凶悪になるためのプロセスが、たまたま引き起こされ連鎖しこうなってしまっただけ。
銃を捨ててしまおうとも一瞬思ったが、最後の足掻きで照準を合わせ身を低くして構えた。背を向けて逃げても別によかったが、何故かこんな時に、俺の弾丸を幾つ受け止めようと決して俺の目を離さなかったアベルの鋭い眼光を思い出した。
兵士など使い捨てだ。アベルを止めることが出来ていたとして、その必要人数が1だろうが100だろうがあの男は気にすることなどないのだろう。
ライフルに指をかける。化け物は走ることもせずただ単純に目の前にいるからという理由のみで俺に近づいてくる。撃ったとしても何ひとつ傷を残すこともできないのだろう。あぁせめて、殺されるのであれば、彼であった方がよかったのに。
顔に影がかかった。一瞬、そんなことを考えていたらいつの間にか化け物が大きな口を開けていた。あ、死ぬ。引き金に掛けていた指は引くこともないまま、俺はただ見上げることしか出来なかった。
フッ、と横を風が通った。風と言うには風圧が凄まじく、頬の肉がスパッと一線切れるほどだったが。目の前で大口を開けていた化け物が遥か後ろの壁にまで飛んでいき身体をめり込ませて倒れた。なんだ?よく分からないが脚に力が入らない。後ろに倒れ込んだ俺を、何かが支えてくれた。
「…アベル」
支えられた腕の中から見上げると、見慣れた眼光が俺を見つめていた。アベルは何も言わない。ただじっと俺の目を見ている。
「アベル」
「なぜ俺に勝ててあんなものに勝てない」
アベルが俺の首に手をかけた。片手で首を押さえ込み壁に叩きつけられる。息ができない。肺に衝撃がかかって口からひゅ、と音が漏れた。
「なぜだ」
「っ、」
答えたくても喉を押されては声が出ないだろう。ぱくぱくと口を動かせば、仕方なくアベルは手を苛立たしげに離した。
「っは、あ、べるは、思考をする、」
喋るのが辛い。ヒュウヒュウと空気の音をもれさせながらなんとか声を出した。
「相手が、思考、をするなら、必ず、勝機、は、ある。その読みが、今まで、たまたま当たっていた、だけだ」
言い終えると、アベルはますます顔を険しくさせた。
「たまたま?今までお前が俺に勝ったのが、偶然や運によるものだとでも言うのか?」
「その力は大きい」
「お前はこの俺に勝ったのが!そんなもののおかげで、たまたまだったと抜かすのか!」
胸ぐらをつかまれ、まるで子供の癇癪のように怒鳴られた。頭がグラグラする。ただでさえ叩きつけられたダメージが酷いのに、三半規管がぐちゃぐちゃにされて吐きそうだった。
「あべる、はきそうだ、」
「ふざけるなよ!」
聞いちゃいない。最早意識を保っているのは限界だった。俺の視界はアベルの必死な顔を最後にぷつりと途絶えた。
目が覚めてもアベルの顔が目の前にあって訳が分からなかった。アベルは寝ている俺の脚の上にのしかかって胡座をかき、腕組みをして俺を睨みつけていた。重すぎ。
「ふざけるなよ」
しかもまだ言っていた。どんだけしつこいんだコイツ。辺りを見渡すとオブジェクト用の隔離部屋の一室の様で、ベッドと恐らくマジックミラーになっているガラスしかない質素な空間にアベルと2人にされているらしい。
「アベル、棺に戻らないのか」
「お前との話は終わっていない!!」
ご立腹だ。起き上がれない俺に覆い被さるようにして俺の顔の横に手をついて睨んでくる。
「アベル、この状況は?」
「お前と話すまで暴れると言ったら起きるまでここで過ごしてくれと懇願された。お前を好きにしていいと条件を出された。許してやった」
もう一度気絶したかった。あいつら、平気で人を生贄にしてくれる。今までアベルの暴走から身を守ってやっていたのがバカみたいだ。
「アベル、話とは?」
「俺に勝ったのがたまたまとはなんだ!!!」
やっぱりそこにこだわるんだな。わかった、わかったから、とどんどん近づいてくるアベルの顔を手で制した。
「悪かった。だが、落ち着いて聞いてくれ」
がるる、と犬のように威嚇してくるアベルへなるべくゆっくりと説明した。
「アベル、お前は偶然や運を"そんなもの"と呼んだが、これは人が戦う上で重要な物だ」
喋り始めると、意外とアベルは口をへの字にして待てを言われた犬のように耳を傾けはじめた。ふぅ、と1度ため息をついて続ける。
「お前は思考する。俺が右へ弾を撃てば左へ飛び、左へ撃てば右へ飛ぶだろう。上かもしれんが。その行動を運や偶然なんかでも、そうすると思えるから俺は動ける。どちらでもいい、当たるか、避けるか、思考していてくれるのなら、俺はお前の動作になんとか食らいついていける」
アベルが今どう思ってるのかは分からない。ただじっと喋る俺を見つめている。
「たまたまと言ったのは訂正しよう。俺は君との勝負に、賭けに勝ち続け勝利していた」
アベルは真剣な目で数分、考え続けた後、「そうか」とだけ言ってようやく俺に覆い被さるのをやめた。再び胡座をかいて腕組みをすると、「そうか…」と言葉を繰り返す。
「理解した。お前は強い」
それだけ言って、隔離室の壁を豆腐かなんかのように容易く破壊するとスタスタと歩いて棺に帰って行った。ぽかんとするスタッフたちの顔は滑稽で、俺は久しぶりに腹を抱え笑った。
「おい」
自室のベッドで目を覚ますと、眼前にアベルが居た。この間といい眼前にアベルがいる事が多すぎて結構冷静になってしまう。
「アベル、ここは俺の自室なんだが」
「しらん」
知らんこたないだろ。後ろに見えるドアがぶち破られているのが視界に写った。起こしかけた身体を布団へ戻す。
「修理代…」
「おい寝るな」
「なんでいるんだアベル…」
「奴らからお前の事は好きにしていいと言わてるぞ」
その契約、続行なわけ?話を聞くと代わりに暴れる時間を減らしてやるとか言う大サービスをしているらしい。なんでだよ。
「なぜお前が俺を倒しに来ない。つまらん、他じゃ相手にならない」
「一応、収容違反を抑えられなかったからな、降格したんだよ。君の担当じゃなくなったんだが…」
だが、先日電話で最後の方に聞かされた上司からの「まぁ、引き続き頼むよ」という辻褄の合わない意味不明な言葉はこの事だったと理解した。あのクソ上司、暗殺してやろうか。
「行くぞ、名前」
「何処へ」
アベルは当然のように言った。
「銃を取れ、勝負しろ」
俺が明日呼吸しているかはひとまず、また今日も賭けに勝つしかないのだろう。