また一人でいる。
いつ見ても彼は教室の隅で、上手い具合に背景画像に溶け込もうと自身の配置を試行錯誤しているようだった。本を読んだり突っ伏して寝てたりスマホを弄ったり頬杖をついてやっぱり寝てたり。人に自分から話しかけているところを見たことがない。正直、何考えてるか分からないし、クラスメイトのみんながあだ名するように、「ヒッキー」がピッタリだと思う。目も死んでるし。
1週間前の席替えから俺の隣は比企谷だ。彼は席替えの度に上手いこと同じような位置の席をゲットしているみたいだが、その隣は流石にどうする事もできないみたいで、前の時は陽キャに位置する女子を当ててしまい随分と居づらそうだったのを思い出す。ちょっとトイレに席を立とうものなら、戻ってきた頃には知らん女子が自分の席に座ってくっちゃべってる。あるある、わかるよ怖いよねアレ。でも言えばいいじゃん、戻るなトイレに。
そんな比企谷の隣に越してきて、一応は「よろしく」と言った時に、ほんの少しだけこっちを見てホッとしたような表情をしていたのを思い出す。まぁね、ギャルでも陽キャ女子でもカースト上位男子でもないしね俺はね。でも返事の声ちっちゃ。何言ってたのか聞こえんかったわ。
授業開始のチャイムが鳴って、筆箱からシャーペンを取り出した俺はなんとなくまた比企谷の方を見た。ほんとに意味とかない。ないったらない。
ノートと教科書を開いていた彼は、ちょっと様子がおかしかった。え、という表情で固まっている。
気になって視線の先を辿ると、違和感があった。何か足りない気がする。カチッとシャーペンの芯をノックして気がついた。筆箱がない。
比企谷はガサゴソとカバンを漁ったり引き出しに手を突っ込んだりしていたが、どうやら見つからないみたいだ。ため息をついて、諦めたように肩を落とした。そして、躊躇いがちに、チラッとこちらに視線を向けた。
バッチリ目が合ってしまった。え、という顔であからさまにビビられる。俺も俺でしまったという顔が隠しきれない。2人して最悪の対面に顔を引き攣らせた。
「あー、あの、さ、」
予想外にも先にこの気まずさを破ったのは比企谷だった。目を合わせてるようで実際は俺の右下ら辺を見つめつつ、ぎこちなさすぎる動作で身を乗り出し小声で話し始めた。
「筆箱忘れちゃってさ、借りれたりとかする?」
そう言われては嫌と断る理由もない。カチャカチャと自分の筆箱を漁り、2本目のシャーペンと普段からもう一個入れてる消しゴムをつけて比企谷の机に置いた。
「あ、サンキュ…」
喜んでんだか喜んでないんだか、よく分からん表情で感謝を言ってそそくさと俺のシャーペンを摘む。なんか言わないとな、と思い俺は口を開いた。
「昼、ジュース奢れよ」
「分かった。MAXコーヒー奢る」
「いやなんでMAXコーヒー固定なんだよ」
あんまりくっちゃべっていても先生にドヤされる。そろそろ視線が集まりだしそうだったので、俺たちはぱっと会話を止め机に向き直った。空気が読める人間同士の対話ってちょっと噛み合いすぎてキモい。隣で比企谷が俺のシャーペンをカチリとノックした音が聞こえた。
何だか気分がいい。さっさと終わって、昼休みになんねーかな。その日の教室の時計は、今日だけやけに進みが悪い気がした。