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カドック・ゼムルプス。彼について俺が知っていることは、それほど多くはない。
Aチーム、さほど歴のない魔術の家系、対獣魔術が得意、あまり前に出るタイプではなく、よくペペロンチーノやベリル・ガットの後ろにいる。あと意外とピアスがすごい。
名だたる、と言うには割と得体の知れない素性の者も居たAチームの面々からすれば、たぶん彼はあの中で一番親しみを持ちやすい印象の少年だと感じる。まぁだとしても端くれスタッフの俺とは、崖上程の違う存在なんだろうけど。

なんで急に彼の事を語り始めたかというと、視界の端に彼が居たからだ。食堂のテーブル席の隅っこ、遠慮がちだがどこか吹っ切れたように、黙々と食事を口に運んでいるように見えた。

カルデアで目を覚ましてから、彼と言葉を交わした事はない。それ以前に、Aチームとしての彼とも一対一で会話した事はなかったと記憶している。当然と言えば当然だが、今はここの所属人数の都合もあり、こうも身近にAチームの人間が居るのは少し居心地が悪い気がした。

…以前の自分なら分からないが、それぐらいの事なら、今の自分にとって特に気にすることは無く、目の前の「わくわくキャットハンバーグセットウルトラワンダフルエディション〜にんじんケーキを添えて〜」に集中して味わうぐらいの余裕はあるんだけど。

「なんじゃお主、野菜ばっかじゃな〜〜。三成みたいな白モヤシになりたいんか?全体的になんか白いしのーガッハッハッそんなに野菜好きならこれもあげる、ほい」

「は?オイ、なに勝手に…」

「ノッブ!にんじん嫌いだからって、行儀悪すぎですよ!」

「オメーだって寺子屋んとき、俺にミョウガ押し付けてきてたぞ」

「ちょっと土方さん!?!?」

「…いや、だから、」

眉間に皺を寄せて、にんじん投棄犯を呼び止めようとしたカドックの横を小さな影が横切る。その子の小さな三つ編みが、彼を完全に通り過ぎる前に反動をつけてゆったりと止まった。小さい笑い声が後ろからも続けて聞こえる。どうやらナーサリーの後ろに、バニヤンとジャックもいたようだ。

「こんにちは、オオカミさん。でも食べてるものはお野菜なのね。本当はメリーさんなのかしら!」

「私もにんじん食べられるよ!偉い?」

「わたしたちは、にんじんキラーイ」

「え?は?」

気まぐれな彼女たちは口々にただ好き勝手言ってるだけなので、くるくる回りながら笑い去っていくその背中に、カドックの行き場のない困惑した声が届かずに落ちてくだけだった。分かる、その気持ちすごーく分かる。俺も最初の頃そうだった。

「…あっ!にんじん…って、もういないじゃないか。クソッ」

幼女三人衆に気を持っていかれていた間に、彼のプレートに自分の嫌いなものを勝手に投擲した織田信長はとっくにその場から消えていた。カドックの眉間にシワが増える。そして諦めたように舌打ちをして、にんじんをフォークでガツンと刺しほおりこむようにして口に入れた。えらい。

こんな風に最近、どうにも集中して食事をさせてもらえていない様子の彼が心配でしょうがない。以前に比べてずっと陰鬱な気配と目の下のクマは良くなっているものの、あのままだと眉間のシワが刻まれて常時縦線2本になる日も近いのではないか。何故かよく食事時間の被る彼を見ていると、そう思わざるを得ない。あ、ため息ついてる。



次の日、いつもの時間。昼食のプレートを手に持った彼が注意深く、しかしさり気ない足取りで端の方の席に座るのを目で追いながら自分もお昼を頼んだ。今日はブーディカさん特製グラタンコロッケにデザートでブリュレが付いている。最高。
手渡された食事を受け取り自分も座席に座ろうと振り返れば、もう既にカドックくんの受難は始まっているようだった。真後ろに清少納言と鈴鹿御前という陽キャパリピカルデア代表コンビが、女子トークというか、平安貴族あるあるで盛り上がっている。聞いていると笑い話でいいのかどうか判別しにくいツッコミどころだらけの会話に、あのカドックの後ろ姿から読み取れるのは「(いや、ツッコミどころしかないんだが!?)」という内なる声だと思う。多分思ってる。

彼が、こうして食堂で食事をするのは何故なのか。
食事は別に自室でだって食べられる。購買にだって食べるものはあるし、無理にここで時間を過ごす必要はない。以前だって、彼がそうしていたようにしても、今の彼の境遇を考えれば誰だって文句は言わないだろう。
それでも彼はほぼ毎日、ああして人目に着く場所にも半ばヤケのように来るようにしている気がした。それは別にネガティブな理由ではない、とも思う。俺はカドックのそこまでの内情まで知る由もない、なんせ話したこともないのだから。

「…………。」

隣に来て見た彼の横顔は相変わらず仏頂面だったが、それでも食べるペースは変わらず一定に手を動かしていた。後ろの会話に気は取られているようだったが、きちんと咀嚼し味わっている。

俺が何も言わず、それなりに空いた食堂の席から彼の隣を選んで座ると、驚いたようにこっちを向いた。それに適当に会釈をして返事をし、手を合わせて自分の食事を始める。コロッケめちゃくちゃ美味しそう。

何か言われるかと思ったが、カドックはしばらくこっちを向いたままで、俺が食べ始めるのを見て少しすると自分も食事に戻っていた。俺も特には声をかけず、ゆっくりと食事をした。

「つかね、それでマジやばたにえんだったのがその男で、後宮のほぼ全員に手出してやがんの!」
「やば〜」
「あたしちゃんさぁ、も〜ちょ〜ムカっちんだったからね、そいつの寝床に頑張って集めたセミのぬけがら敷き詰めてやったぜ」
「いやキモ!!自分で集めたわけ…?」
「うん」
「マジでか。アタシは無理だわーそれ」
「最近でもやったよ」
「え、誰に?」
「マンボちゃんに!」
「誰?ダンスの英霊?」

隣を見ると自分と全く同じ仕草で口元を抑え口から出そうになるツッコミを押しとどめているカドックが居た。つい目が合い、お互い咳払いして平静を装い食事に戻る。

お互い向き直った正面のテーブルに、突然ボロボロのクマのぬいぐるみが叩きつけられるように置かれた。理由は全く知らないが、何故かそのぬいぐるみは亀甲縛りをされている。理由は全く知らない。全然分からない。
そのぬいぐるみを壁側に立てかけて座らせた白髪の女神がゆっくりと自身も席に座った。指をめり込むようにしてぬいぐるみを持ち上げ動かしていたことは見なかったことにしようと思う。

「ダァリン♡一緒にお食事しましょうね♡はい、あ〜んっ」
「わぁ嬉しいなぁ、全く体が動けないという所と、それがさっきオーブンから取り出したばっかりのアツアツグラタンだということを除けば」
「きゃっ♡」
「きゃっ♡じゃねーーーよ!!なんだそのグラタンの色!!マグマじゃん!もはやマグマじゃん!ダチョ○倶楽部でやる時の色ではもはやないやつじゃん!地獄で拷問の時使われるやつの時の色じゃん!ガチじゃん!ガチのやつじゃん!悪かった!悪かったから!もうツインテール双子女神ちゃんに声をかけるのはやめる!今度はあの背も胸もおっきい眼鏡が似合いそうなセクシーライダーちゃんをア゛ーーーーーウソウソウソ助けて!そこの人!そこのお兄さん達!このヤバすぎ女神なんとかしてギャーーーー」

俺たちは目をつぶって食事を味わう振りをしつつ、目の前の惨劇に小さく手を合わせた。



空になった食事のトレーを下げて食堂から出ると、後ろから声をかけられた。振り返ると、カドックが少しバツの悪そうな顔で立っている。

「あー、その、なんというかだな…」

若干頬が赤い。彼は肌が白いから、よけい目立つのだろう。

「…あぁ、もういい、ハッキリ言う。今日はかなり落ち着けて食えた。気を使わせて悪かったな」

ぶっきらぼうに、そしてまた少しヤケクソ気味にそう言われた。思わず笑うと、嫌そうな顔で「笑うな」と返された。

「また隣に座ってもいいかな」

別に断られたらそれでもいいと思って聞いてみた。カドックはまた驚いた顔でしばらく固まっていたが、目を逸らしながら小さく返事をした。

「まぁ、別に」