揺すり起こされて目が覚めると、かなり焦った顔の立香くんが俺を見つめていた。寝ぼけた頭で、あれ?なんで俺の部屋に立香くんがいるんだろう。そんなことを考えていると、髪が風で揺れているのに気がついた。エアコンつけてたっけ?不思議に思って辺りを見渡すと、人が忙しなく歩きまわっていた。ふつーの服を着た、ふつーの人達が、ふつーに己の目的地に向かって歩みを進めている風景は、どこからどう見ても、カルデアの中ではなく、外だった。
「………あれぇ…ここ…あれぇ?」
「名前さん、俺たち、たぶん、レイシフトしちゃったみたいなんです」
「れいしふと…」
「本当に、ちゃんとシミュレーションルームに行って、現代の日本に設定した筈なんですけど、ちょっと様子が変なんです」
「…えっ」
「どうしましょう…」
ようやく頭が覚醒してきた頃、とんでもない事態になっていることをようやく理解した。そうだ、今日は前に立香くんが行こうと言っていたシミュレーションルームに一緒に来ていたんだ。しっかり設定もできて、いざスイッチを押した瞬間に初めての感覚が体を包んで、気がついたら意識を失っていたらしい。
今、俺と立香くんはベンチに座っている。忙しそうに通り過ぎていく人が、チラチラとこちら見て不思議そうな顔をしているのが分かった。カルデアの制服が浮いているのかもしれない。
「やっぱり、名前さん目立ちますね。どこか人通りの少ないところに移動しましょう」
「う、うん」
困惑が抜けきらないけど、立香くんの言う通りにしたほうが良さそうだ。手を引かれて、ややふらつく足でついて行く。ここはビル街だろうか。会社員風の人達を横目に、暗い路地へ向かった。
「ここなら大丈夫そうですね」
ビルとビルの隙間、薄暗い路地でしゃがみこむ。立香くんもかなり困惑しているのか、顔が見るからに青ざめている。聞きたいことが沢山あったが、彼だって同じだろう。今は、どうするかを優先するべきだと思った。
「サーヴァントは呼べそう?」
「はい。パスは繋がってるので…。ただ、戦闘だけだと思います。長時間は…無理そうです」
そうか、と頷いた。まぁそうだろう。突然のレイシフトだ、ついてきた英霊もいなかった。だとするとかなりまずい状況かもしれない。カルデアはおそらくこの事態を察知はしているだろう。ダウィンチとみんなを信じている。
「通信が来るまで、様子を見よう。立香くんは何かあったら召喚ができるようにしておいて」
「はい!」
俺の言葉に、青ざめながらもしっかり返事をしてくれた彼は、やはり肝が据わってきている。俺が安心してほっと胸を撫で下ろすと、突然甲高い悲鳴が聞こえてきた。
バッと顔を上げて、2人で路地から顔を出し周囲を見渡す。人通りの多い交差点の中央に、黒いモヤが見えた。モヤは、キョロキョロと何かを探すように蠢いている。すると、こちらを向いたように見えた瞬間、俺たちの方へ動き出した。
「来る…!?」
立香くんが右手を構える。だが、さすがにこの距離では召喚が間に合いそうにない。このままだと、立香くんが危ない。俺は咄嗟に前に出た。少しでも時間を稼いで、立香くんだけでも帰さなくては、人類の負けだ。
「名前さん!?」
立香くんが叫ぶのが聞こえる。頼むから距離を取っていてほしいけど、恐怖で声が出ない。近づいてきた魔物のモヤが晴れて、鋭い牙が見えていた。もう届く、痛みと死を覚悟して目をつぶろうとした瞬間、後方から何かが飛んできて、目前まで迫った魔物が後方に吹っ飛ばされていった。
流れ出た冷や汗が首筋を伝って、足の感覚がなくなり倒れ込みそうになった所を、誰かが抱え込んで受け止めてくれた。そのままゆっくりと地面に俺を座らせてくれた男は、また魔物に向きあい、俺と立香くんを庇うように立った。
「エドモン!」
立香くんがそう呼ぶのが聞こえた。召喚が間に合ったのだろうか、振り返って立香くんを見ると、驚いた顔で俺たちを助けてくれたエドモン・ダンテスを見ていた。
「下がっていろ」
一言そう言うと、逃げ惑う人々の間から飛び出してきた魔物に向かって行った。四足歩行で走り来る魔物が大きな前足を勢いを付けて振りかぶる。真っ直ぐ前進していたエドモンはひらりと宙に翻り上へ避けると、両手を突き出し先程俺たちを助けてくれた時の黒い何かを放って攻撃した。
今度こそ直撃した魔物が耐えきれずに霧散する。エドモンは空で体を数回捻って軽やかに着地した。一瞬の出来事に、俺も立香くんも呆然とするしかない。
「すごい………」
いつもモニター越しでしか見たことがなかったが、実際にサーヴァントの戦闘を間近で見ると、そう言うしかなかった。エドモンはコツコツと足音をたて、何事もなかったかのようにこちらへ戻って来た。
「無事だな」
俺と立香くんを見てそう言うと、移動するぞと歩き出した。慌てて立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。どうしようと慌てふためいていると、立香くんが肩を貸してくれた。情けなくて申し訳ない。よたよたとなんとか進みながら、2人でエドモンの後を追った。
エドモンがピタリと足を止めたのは、人気の無い公園だった。顎をクイ、と動かして、俺たち2人にベンチへ座れと促す。俺はここまで手伝ってくれた立香くんに感謝をして、どさりと座り込んだ。立香くんも座れるようにと隣を空けたが、来る気配がない。不思議に思って顔を上げると、目の前に頭を下げた立香くんがいた。
「え!?何!?どうした!?」
「俺が、判断が遅れたばかりに、名前さんを危険な目に合わせてしまいました。俺が、…俺が、守らなくちゃいけないのに。俺が、守られてしまいました。ごめんなさい。怖かったですよね」
頭を下げたまま、震えた声でそう言う立香くんに座ろう、と言っても頭を上げてくれなかった。ぎゅっと握りしめた手は震えている。
俺は足に力を込めて、なんとか立ち上がって立香くんの顔を上げさせた。溜まった涙が顔を上げた反動でぽろぽろと流れ出ている立香くんに向かって、目を見つめながら話す。
「怖かった。でも、立香くんが死んじゃって、今までの頑張りが無くなっちゃう方が、もっと怖かった」
「……すみません」
「違う、怒ってるんじゃなくて、怪我がなくて良かったってこと。ほら、座って」
ちょっと無理やりだったけど、立香くんをベンチへ座らせた。エドモンは腕を組んで周囲を見渡している。俺は立香くんの隣へ座り直した。
「俺も、名前さんが、怪我するの、…死んじゃうのも、嫌です」
服の袖で涙を拭いた立香くんが、眉を寄せて言った。少し怒っている気もする。
「尚更立香くんに何も無くて良かったよ。君が死んじゃったら、みんなお終いだ」
「そういう事じゃないです」
キッ、と睨まれて返されてしまった。俺が言葉に詰まっていると、エドモンが振り返った。
「なら、すべき事を成せ」
立香くんを見下ろし、じっと見つめている。立香くんはそれに対して見つめ返すと、目を一瞬閉じて、うん、と頷いた。
「フン」
満足そうにエドモンが鼻を鳴らして視線を外す。立香くんは残った涙をゴシゴシと擦って、両手でパシッと頬を叩くと、「うしっ!」と言って立ち上がった。
「すみませんでした、名前さん。さっきは助けられましたが、次からは必ず、俺が名前さんを助けますから」
俺は結局何もしておらず、助けたのはエドモンだと思うんだけど、こんな状況でもニッ!と笑ってそう言ってくれた立香くんに、不安だった気持ちも落ち着いてきた。よろしく、と言って俺も立ち上がる。俺たちの様子を横目で見ていたエドモンが、静かに口角を上げていた。
その時、ピピッという音が聞こえて、見慣れた顔が宙に映し出された。
『2人とも、無事かい!?』
俺と立香くんが顔を見合わす。カルデアからの通信だ。ふ、と笑って、切迫した表情と声のドクターに、大丈夫だと伝えた。
『あぁ、よかった………立香くんはまだしも、まさか名前くんまでレイシフトしちゃうだなんて……………』
『適性があったんだろうね。今後も気をつけないと、巻き込まれる可能性があるよ?』
なんかとんでもないことを言われてしまった。サッと青ざめる俺に、ダウィンチちゃんがウィンクする。
『ま、そうならないよう万全を尽くすよ』
『先輩!名前さん!』
マシュの声が聞こえた。立香くんがマシュ!と反応する。
『あぁ、よかった…!エドモンさんがいらっしゃるんですね、先輩、着いてきていただいてたんですか?』
そう聞こえた瞬間、僅かにエドモンの肩がピクリと動いたのが見えた。立香くんは「あー…」と少し迷ったような顔をして、「うん」と答えていた。
『よかったです…さすが先輩ですね!』
「いやーハハハ」
物凄い棒読みで目が泳いでいる。あれ?さっき凄い驚いてたけど…。
俺が訝しげに見ていると、わざとらしく咳払いをして、立香くんが口を開く。
「それで、戻れるのかな」
『あぁ、もう大丈夫だよ。今2人ともこちらにレイシフトさせるから』
ドクターが笑顔で答えてくれた。俺はどっと力が抜けてまたよろけそうになるのを、誰かに腰を支えられた。振り返るとエドモンがまたか、という顔で俺を支えている。
「ごめんなさい…」
「いい」
素っ気なく返され、情けなさが倍増した。ため息をこぼして、そのまま支えられたまま顔を上げると、立香くんがなにか言いたそうにこちらを見ている。
「笑えばいいと思うよ…」
「違います、そうじゃないです」
てっきり呆れられていると思ったのでそう言うと、否定された。
『じゃあ、レイシフトするよ。2人とも、休みたいとは思うだろうけど、ちゃんと診察に来るように』
ドクターがそう言ったのが聞こえた瞬間、またあの不思議な感覚が体を包んだ。フワリと宙に浮く感覚が気持ち悪くて、結局俺はまた気絶してしまったのだった。