ジャガイモ 。それは、 ナス科ナス属の多年草の植物であり、南アメリカのアンデス山脈が原産である。17世紀にはヨーロッパ各地の飢饉を救うため、各国の王は寒さに強いジャガイモの栽培を広め、それまで冷涼で農業に不適とされていたアイルランドや北ドイツから東欧、北欧などでは、その食文化を変えるほど普及しはじめた。カリウム、ビタミンB1、ビタミンC、食物繊維が多く含まれ、栄養満点。ただし芽にはソラニンという有毒物質も含まれているぞ。
「マーッシュ!」
みんな、ジャガイモについては分かったかな?それじゃあ、お兄さんと一緒に頑張って現実に戻ってみようか。
「ぬんぬんぬんぬんぬんぬん!!」
少女漫画に出てきそうな見た目の美男子が、大量の蒸したジャガイモをひたすらマッシュポテトにしている。そんな目の前の光景を眺めながら、俺はなぜこうなったのか、現実逃避もかねて思い出すことにした。
「突然訪ねてしまい申し訳ありません。名前、どうか私に、御教授して頂けないでしょうか」
そう言って俺の部屋を訪ねてきたのは、いつかの重量級マッシュポテトをプレゼントしてくれたガウェインだった。恭しく、俺なんかに頭を下げてそう言ってきた彼に困惑する。
俺が完全無敵な騎士の彼に教わるならまだしも、一体何を教えることがあるのだろうか?部屋の扉を開けて固まる俺に、ガウェインは「入っても?」と微笑みながら聞いてくる。やっぱり、男の俺でもドキドキするような顔だ。彼の周りだけ光の粒子が舞ってる気さえする。
立たせてしまっているのも申し訳ないので、部屋にある椅子に座ってもらうよう促す。
なんだか変な光景だ。俺の部屋の椅子に姿勢よく座るガウェインを後ろに見ながら紅茶を淹れる。元々ジャンヌオルタに用意しろと言われて集めだしたものなのだが、実は最近少しハマっている。無知だったので、紅茶に色んな種類があるのをエミヤに教わり初めて知った。
お気に入りのカップに注いだ紅茶をガウェインに差し出すと、「ありがとうございます」とまたしても王子様スマイルを頂いた。危ない、俺が少女なら秒速で恋してたな。
ガウェインの正面に座ると、紅茶を1口飲んで呼吸を整えた彼が、かくかくしかじかと説明しだした。
アルトリア・ペンドラゴン。聖剣伝説の有名なアーサー王が、このカルデアには存在する。彼女は伝説通りの清廉、誠実な騎士たる騎士であり、その堂々たる佇まいと凛とした姿で、主に食堂に生息していた。そして様々な美食をよく食べよく飲み、カルデアのフードファイターと化していた。
1度彼女にお菓子を譲ってからというもの、なんだかその食べっぷりと食べている時の幸福そうな顔が可愛くて、あれから何度かお菓子をあげたり、紅茶を淹れたりしている。いや、可愛いなんて不敬なのは分かってるんだけど、「あなたの淹れた紅茶は美味しいです」とあのアーサー王に微笑まれて言われれば、誰でも喜ばずにいられないと思う。お菓子も奮発せずにはいられないのだ。
で、そんな俺とアルトリアの様子を、どうやらガウェインは毎回後ろで見ていたらしい。それを聞いて、打首かな…と走馬灯を見かけたけど、どうやらそうでは無いらしい。
席に着いて嬉しそうにお菓子を頬張るアーサー王にどうやら思うところがあるらしく、珍しく口ごもりながら、ガウェインは暗い表情で言った。
「王は、私の出した食事を受け取ってはくださるのですが、貴方からのデザートや厨房のものを食べる時のように、笑顔を見せたことがないのです…」
しゅん、と垂れ下がった尻尾が見えそうなくらい落ち込んでいる。
「食事って、えっと、何を渡してるんだっけ…」
「?。ポテトですが」
当たり前でしょう?と言わんばかりに首を傾げられてしまった。それ以外ありますか?とも言いたそうである。
原因、それだよね。でもとてつもなく言いにくい。だってそんなこと俺が今更言うまでもなく、彼の周りにいくらでも言ってくれそうな人がいたにも関わらずコレなので、多分ここで俺がどうしようと無理だってことは分かるし…。
「ああ、安心してください。分かっています。私の出しているものが、ワンパターンであるということは」
えっ、と声に出して顔を上げる。嘘、そこは気づいてたの?
ビックリして固まる。ガウェインは「そこなんです!」と熱を入れて語りだした。
「私は気づいてしまったのです。貴方が王へ、毎回趣向を変えたデザートを手渡すのを見て、私に足りなかったのは、そこなのだと……!!!」
おお…!感動して、俺は両手を握りしめて熱弁するガウェインを見つめた。よかった…!アルトリアのボールいっぱいにマッシュポテトを頬張る、あのなんとも言えない顔を、もう見ることは無くなるのか…!
「ですので、名前、どうか私に教えてください。王の喜びそうな、」
よかったなアルトリア!これからは部下からも美味しいご飯が貰えそうだ!
「"芋料理"を!」
ごめんやっぱ無理っぽい。
ではまず芋を潰しますねと言って厨房に入るなりマッシュポテトを容赦なく作り出したガウェインを見ながら現実逃避をしてしまった。
まずってなに?芋潰すのを手洗いうがいと同じ手順で組み込まないでほしい。
既にいつも通りの量が出来上がりつつあるマッシュポテト見つめて、どうすりゃいんだと何とか思考を巡らせた。ポテトサラダ…って、この量を?それじゃいつもと変わらないし、味が着いた程度であのポテトの圧力が抑えきれるわけがない。マッシュされる前の状態ならまだしも…。
「マッシュ!マッシュ!マッシュ!」
すごい楽しそうに潰すなこの人。あぁ、もう出来上がるなこれ…。
ペーストになった芋を見つめて途方に暮れそうになるが、脳裏に浮かぶアルトリアの能面のようなあの表情を思い出して、なんとか正気を保つ。いけない、今この場でこれを何とかできるのは俺しかいないのだ、俺が何とかしなければ…。
「ふぅ、できましたね」
「できちゃいましたね…」
完璧に仕上がったボールいっぱいのマッシュポテト。もうこれを元に戻す方法などありはしない。
「では名前、どうしましょうか」
「どうしましょうね…」
哀れ、ジャガイモ。俺は黙祷を捧げた。
「実は考えがあります。こんなのはどうでしょう」
そう言ってガウェインが調味料の棚から出してきたのは、ハチミツと唐辛子だった。
「これを混ぜて、3種類のマッシュポテトにしましょう!どうです?」
「あー!あー!えっとアレ!アレにするのはどうかな!あの…えーーーっと!」
これはヤバイとすかさずポテトのボールを抱えてガウェインから離す。不思議そうに俺の言葉の続きを待つガウェインに、俺は恐らく人生で1番脳をフル回転させてこのポテトの行く末を考えた。その時、冷や汗をかく俺に、天啓が降りる。そうだ、アレしかない。
「コ…コロッケ!コロッケ作ろう!!!」
こて、とハチミツと唐辛子を両手に持ったまま、俺の言葉にガウェインは首を傾げた。
「えっと、こう、こうして…こうですか?」
鎧とマントを脱いで、厨房にあった可愛らしいピンクのエプロンを付けたガウェインが、コロッケのタネを大きな手で転がしている姿はちょっと面白かった。そんなかんじ、と言ったはいいものの、その手の中のコロッケは綺麗だとは言い難い。でも俺も似たようなものなので、そこは気にしたらいけないと思った。
というよりはなから俺に料理を教わるのっておかしくないか?どう考えてもエミヤやブーディカに教わる方がいいだろう。
そう言うと、ガウェインは笑った。
「ええ、まぁ、そうなのでしょうけど。貴方と少し話してみたかったというのもあります」
「俺?」
なんで?もしかして、アルトリアとの距離が近いと怒られるのだろうか、そう身構えていたら、全く違う返答が帰ってきた。
「王があのように笑って話されていたので…。きっと、人柄の良い御方なのだと思ったからです」
そう微笑まれて言われてしまうと、何も言い返せない。顔に集まる熱でうまくコロッケに集中できなくて形がボロボロになってしまった。
「噂通り、本当に照れ屋な方ですね」
噂ってなんだよ。ムッとしてそっぽを向けば楽しそうに笑う声が聞こえる。
俺が何か言い返そうと思った時、厨房に誰かがやってきた。
「何をしているのだね?」
「おや、貴方ですか」
「ガウェイン卿か…それは、…コロッケか?」
「ええ、名前に教わっています」
教えてるというか、俺もレシピを見ながらやってるのでいてもいなくても一緒な気がするんだけど。それを聞いたエミヤが俺の方を見た。
「察した。よく頑張ったな」
「え、エミヤ〜…」
さすがエミヤだ。この状況を見ただけで、多分ことの流れを察知してくれたのだろう、ポン、と肩をたたかれた。
「いいだろう。揚げるのは私が担当しよう。せっかくのコロッケを焦がす訳にはいかないからな」
そういってテキパキと用意をし始めた。これでもうこのコロッケが美しく仕上がるのは約束されたようなものだ。エミヤにお礼を言って、俺たちはコロッケ成型に集中することにした。
ちょこん、とテーブルにつくアルトリアに、ガウェインが緊張した面持ちで手にお皿を持って近づいて行った。いつも通りご飯を食べに来たアルトリアに、ちょっと食べて欲しいものがあるから、と席についてもらった。分かりました、と素直に応じてくれた彼女を、俺もドキドキしながら後ろから見ていた。
「失礼します。お待たせしました。王よ」
「構いません」
ガウェインが恭しく声をかけると、アルトリアがいつもの無表情になってしまった。多分、いつものマッシュポテトの気配を察知したのだろう。こころなしか声もワントーン落ちていた。
ガウェインがアルトリアの前に、山盛りのコロッケが盛られたお皿を置いた。コロッケの横には千切りしたキャベツとプチトマトも飾ってある。そして付け合せのコーンスープと炊きたてのご飯。コロッケだけではな、とエミヤがやってくれたのだ。
ぼーっとした目をしていたアルトリアが、数秒それを見つめて、次第に瞳の色を取り戻していく。
「…頂いても?」
「ええ、もちろん」
アルトリアが両手を合わせて、いただきます。と言うとコロッケに箸を伸ばす。サクッと衣の裂ける音が聞こえた。
つまんだコロッケを、アルトリアが口に運ぶ。ガウェインも俺も、じ…っとその姿を固唾を飲んで見ていた。
「美味しいです」
「!!、ありがとうございます、我が王」
ガウェインが本当に嬉しそうに笑った。それを見て、俺も胸を撫で下ろす。
アルトリアはパクパクと料理を食べている。ガウェインがこちらに戻ってきた。
「なんとお礼をしたらいいか…。本当に、ありがとうございました。この恩は、いつか必ずお返し致します」
「いや、俺よりエミヤに言うべきなんじゃないかな」
俺、レシピ見てただけなんだけど…。そう言うと、隣で腕を組んで見ていたエミヤが口を開いた。
「いや、そもそもあれをコロッケにしようと言ったのはキミだろう。今回の功労者は、キミでいいと私も思うがね」
「えぇ、貴方に相談して、良かったと私も思います」
2人にそう言われると、うだうだ言うのも悪い気がしてきた。どうも、と目を逸らしていえば、また笑い声が聞こえた。
「おいなんだそれは。1口寄越せ」
不意にアルトリアのいる方から声が聞こえて顔を向けると、アルトリアにそっくりな顔の少女が皿の上のコロッケを指さしていた。アルトリアは箸を止めて彼女の方を睨む。
「嫌です」
「…ほう?」
なんだか不味い雰囲気だ。ハラハラしていると、いつの間にか横にいたエミヤがいない。気づけばアルトリア達の間に立っていた。
「喧嘩をするんじゃない。コロッケならまだあるから、キミも席につきたまえ」
「命令するな」
と反論したものの、目つきの悪い方のアルトリアは椅子に座って脚組をした。その目の前にエミヤがテキパキと食事を用意する。
「わぁ、なんですか?美味しそうですね!」
「む、カロリー発見!私もそれを所望します」
そこに、また2人アルトリアと同じ顔の少女達が現れた。1人はこの中で1番幼く見える可愛らしい白い服を着て、キラキラとコロッケを見つめている。
もう1人はキャップを被っており、ポニーテールにした髪を揺らしながらやはり山盛りのコロッケを指さしている。
「わかった、わかったから席につきたまえ」
エミヤがやれやれと用意をすると、そこにまた1人、人影が現れた。
「む、なんでしょう、それは。私も頂いても?」
アルトリアが成長した姿のような女性が物珍しそうにコロッケを見ている。エミヤが頭が痛い…と呟いた。
「君たち、このコロッケにアルトリアを引き寄せる成分でも入れたのかね…」
知りません。ガウェインは増える王に狼狽えているし、テーブルではキャップの少女が「セイバー死すべし!」と今にも暴れだしそうだ。エミヤが「食べるなら大人しくしたまえ!」と怒って走り出した背中を眺めて、まぁ、成功して良かったな、と俺は安心するのだった。