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別に大した用はないんだけど、何となく顔が見たくなって気づけば立香くんの居室前に来てしまっていた。いるかな?とノックをしようと思ったけれど、ふと我に返ってすんでのところで手を止めた。
え?用もないのに立香くんと何話すの?いや会えばきっと立花くんは俺なんかとも上手に場を持たせてくれるんだけど、全部彼任せか?ていうか顔が見たくてって何?面倒臭い恋人か?
そもそもたくさんの英霊に囲まれ日夜彼らとの共闘に励む立花くんの所に、こんなぺーぺーの職員が「遊ぼ〜」などと能天気に会いに来ていいの?…でも立香くん、その、俺の事結構気に入ってくれてるはずだから、ちょっとくらいならいいのかな……とか考えちゃう己の思考が恥ずかしすぎて死にたくなってきた。帰ろ。
「「はぁ…」」
あれ、なんか今ため息が重なったんだけど?不思議に思って顔を上げると、自分と全く同じポーズで、ぽかんとコチラを見ている青年と目が合った。
「………えっと、…」
「………あ、ども…」
流れる静寂。どちらもそれ以上何も切り出さない気まずい沈黙に、俺は本能的にやばい…と感じていた。
この感じ、間違いない。彼も俺と同じタイプの人間だ。格好からして、英霊なのだろうけど見覚えがない。新しく来た人なのだろうか?猫背気味で短い眉の三白眼の彼は、キョロキョロと視線を泳がせて時折こちらを伺うように見たりしながら、気まずそうにしている。
かく言う俺も同じで、初対面の彼になんと話しかけていいのか分からずオドオドしていた。「初めまして、新しい英霊の方ですか?」とか?見た目から真名が全くわからないので聞くしかないのだけど、それって失礼だったりしない?「は?俺の事知らないわけ…?」ってなるよな?うわやめとこ失礼だわ。
だからと言ってこのまま踵を返しそそくさと消えるのも失礼だと思う。というかよく考えたら立花くんの部屋の前で鉢合わせているのだし、きっとマスターである彼に用があったのだろう。だとしたら俺は早々に消えた方がいいな。よし、
「「あの、」」

……ダブったー!完全に行動が一致してしまった。お互い決心して切り出すタイミングが完璧に重なってしまっていた。あ、いや、そちらからどうぞ、いえいえそちらから…と譲り合いをして、ははは…と力のない愛想笑いで誤魔化し合う。
まずい、お互いのコミュ力が著しく足りていない。コミュニケーション能力が多分彼と俺を足しても、立花くんの足元にも及ばないだろう。むしろ相乗効果で増えることなくマイナス振り切るかもしれない。
顔を見合い愛想笑いの膠着状態が続く。もう「失礼しました!」って言って逃げようかな、と俺が思っていた時、唐突に救世主が現れた。
「おや、2人してマスターの部屋の前で見つめあって、どうしたのかな?暇なら前髪下ろさない?」
か、神よ…!髪だけに。今ならそのメカクレ過激発言も許せてしまう。彼との気まずい沈黙を破ってくれた、ひたすら陽のオーラを放つバーソロミューの方を見た。
「うん、なんだか凄くキラキラした目で2人から見られているのだけど、私としてはあと少し前髪を目に被せてくれると最高に嬉しいな!」
この人ほんとそればっかだな。

「ほぅ、では2人とも、お互いマスターに会いに来ていたという訳か前髪伸ばさない?」
語尾かよ。食事でもしながら話さないか?と食堂に席を移した俺達は、バーソロミューのおかげでやっとポンポンと話を進めることが出来ていた。俺と気まずい鉢合わせをした彼の名前はマンドリカルドくんと言うらしい。名前を聞いた時、ピンと来ていなかった俺に彼は吐き捨てるように「あー、マイナーなんで、気にしないでくれ」と言っていた。知見が狭く申し訳ない…。
「いや、用というか、別にこれと言ってなんかあったわけじゃねーんだけど…」
「あ、俺も…」
バツが悪そうに言ったマンドリカルドくんに同意する。ちょっと驚いた顔で彼がこちらを見た。
「マスターは罪な男だね。前髪深度Eの2人に同時に言い寄られるなんて」
「前髪深度」
「言い寄るって…違うっつの」
聞きなれない単語に反応してしまったが、ツッコミを入れたマンドリカルドくんに我に返りうんうんと首を振った。
「そうかな?」と笑うバーソロミューは相変わらず爽やかだ。彼の会話を引き出す力に安心して任せられるのは気が楽だった。
「まぁただ、今マスターは部屋にいないよ。なんでもリソースが足りないんだとかで、出かけているはずさ」
えっ、そうだったのか。確認もせずに押しかけようとしていたのだから当たり前なのだけど、恥ずかしい。隣を見ればマンドリカルドくんも同じような表情をしていた。そして目が合い、お互い引き攣りながら照れ笑いした。
「なんだか初々しいね」とバーソロミューに言われてやめろと睨むと、「うーん!やっぱり伸ばさない?」とおでこをツンとつつかれた。伸ばさないわ。おい、どさくさに髪弄って目にかけるな。口元抑えて興奮するな。
「あ、いたいた。おいバーソロミュー、前に借りた同人誌読んでやったぞ、感謝するでおじゃる」
「なんだって!?」
話しかけられたバーソロミューが勢いよく立ち上がった。話しかけてきた髭の巨漢の男に向かって「詳しく!詳しく感想を聞かせたまえ!」と叫び「すまないが席を外すよ!」と行ってしまった。
………えっ。唐突のことすぎて惚けていたけど、なんか放置された?隣に座るマンドリカルドくんと目を合わせて呆然とする。
「あー…行っちゃったな」
「行っちゃったね…」
あは、と笑うと遠慮がちに彼も笑った。よし、さっきよりはなんとか話せそうだ。
「その、なんか、俺たち似てるね」
「えっ」
まずい、つい言ってしまったが、英霊に対してこんなちんちくりん一般人が何を言っているのだろうか。慌てて手を振り訂正した。
「わっ、違くて、ごめんなさい!」
「い、いや、むしろ俺なんかと似てるとか、アンタが大丈夫かって感じだし…」
それはそれで英雄にあるまじき自己評価の低さじゃないか?
「というか、アンタもバーソロミューと同じ側だと思うんだけど」
「おれが…?」
思わず思考が停止した。俺が、あんなコミュ力53万美男子(変態)の仲間…?
「おれが…?」
「(そんなに困惑?!)あ、その、顔とか…」
「おれが…」
「す、すまん。忘れてくれ」
ようやく宇宙から戻って来れた。マンドリカルドくんは未だに気まずそうに視線を外している。分かる。
でも、確かになんだかんだ俺だって、ドクターに相談を受けつつもコミュニケーションを広げられてきている…はずだ。たぶん。おそらく。
何を言おうか迷っているであろう彼に、俺は勇気を出して聞いてみることにした。
「もしかして、まだカルデアに来たばかり?」
「え、あ、ああ」
遠慮がちに頷く。なら、と俺は提案した。
「じゃあ、良かったら施設の中とか案内しようか」
「え…」
「俺なんかでよかったら、だけど…」
厚かましすぎたかもしれない。でも、なんだか同じ匂いのする彼とはちょっと仲良くなれそうな気がしていた。
「…いいのか?」
マンドリカルドくんは驚きつつも、なんとなく嬉しそうな顔をしている…気がする。もちろん、と言えば、彼はようやく少し笑った。
「じゃあ、よろしく。…えっと、」
「名字名前。名前でいいよ。よろしく」
「(いきなり名前呼び…!) 名前、よ、よろしく…」
まだぎこちないけど、名前を呼んでくれた彼に「うん」と答えた。それから施設の中を歩いて話すうちに、少しずつ打ち解けていき、じゃあまた、と別れる時には、彼の表情はだいぶ柔らかくなっていた。
また友達が増えて嬉しい。俺はドクターの部屋をノックしてそのまま遠慮なくドアを開けた。
「ローマーニー」
「名前くん、いきなり開けるならノックの意味ないからね…」
ドクターはミカンをむきむきコタツでくつろいでいた。俺はいそいそと隣へ潜り込む。
「聞いてくれ、また少し成長したんだぞ俺は」
「はいはい」
適当に流そうとしているので、たった今ドクターが剥いたミカンをひとふさ奪い口に入れた。甘い。
「こら」
「ふふ」
楽しい。コタツもぽかぽかして暖かいので、そのまま机に突っ伏してドクターの方を見上げた。
「聞いてくれる?」
「……どうぞ?」
いつの間にか膝に潜り込んでいたフォウくんを撫でながら、俺は今日の出来事を話す。ドクターはそれを、微笑みながら聞いてくれるのだ。
俺はそれが、大好きだった。