21
助けてください。
「ヒマだ」
「ヒマだな」
「というわけで玩具(ざっしゅ)を連れてきた」
「ひゃえ…」
「ほう。ひどく怯えているように見えるが?」
「キャスターの俺が近頃構っているのを見つけてな、かっ攫って来たのだが。雑種、名を名乗れ」
「名字名前と申します不束者ですがよろしくお願い致します食べないでください」
「うむ、よいぞ。それは日本の最上級作法ドゲザ?というのだろう?ニトクリスの友人の得意技らしい。最近覚えた」
「作法というか、まぁよいわ。おい雑種。貴様は今から我の給仕だ。杯を一瞬でも乾かそう物なら命はないと思えよ」
なんでなんでこうなったんだ。俺は今日強制的に連行された医務室で仮眠を取らされスッキリ爽やかな目覚めでさぁ隠れて業務でもするかと廊下に飛び出しただけなのに、突然目の前に現れた金ピカさんに顎を掴まれ右を向け左を向けジロジロと舐めまわすように観察されたあと、「よいか」とだけ一言、それだけ言って連れ去られた。よいかってなに?こいつなら煮て焼いて食ってもよいかってこと?使い捨てカイロぐらいにしか思われてなさそう、寧ろ袋開けて中身確認したらやっぱいいやってなって中身ごと捨てられそう。助けて立香くん!ヤバいでも今立香くん周回中だ!「半額だから…APが半額だから…」って濁った目で周回中だ!そのサポートしてたら医務室に連行させられたんだけどね!
「ほう?選んだ理由はなんだ?」
「顔だ。顔だけは飛び抜けて良いわ」
「ふむ…」
今度はオジマンディアスから金色の瞳を向けられた。ビリビリと手足が痺れる。なんでこの人たち、眼光だけで人を縛れるの?
「はっはっは。確かに良いな。それにアレだな、お前の追いかけている、なんと言ったか。騎士王か?に目元が似ておる気がするな」
「似ておらんわ!節穴か!というかセイバーの名を出すな!」
何故?と訳が分からず震えているとオジマンディアスがよく響く声で高らかに笑った。
「振られたばかりだからな。"貴女方の宴会に参加するくらいならばマスターと周回へ行きますカリバー!"と宝具を撃たれたばかりだ」
「フンッ!照れ隠しだ」
照れ隠しで宝具は撃たんだろ。王様はいつもと違い髪をおろして上半身を惜しげも無く出していた。が、よく見ると自慢の鎧が所々傷を受けている。ひょっとしなくても宝具のダメージだったのか…。
「るんるるんるるーん!あれー?なにしてるのー?カツアゲ?」
間の抜けた声が聞こえた。2人の威圧感に臆することなく近づくこの声は聞き覚えがある。スタッフの何人かに熱狂的な信者がいる…たしか、アストルフォだ。
「王様も、お金に困ることってあるんだねー!」
「たわけ。頭が高い上に理性も蒸発させたアホが」
助けてと言いたいけど、多分アストルフォにそれを頼むのは悪手すぎる気がする。俺の第六感が言ってる。物凄く悪いことになると。
「はんはんなるほど君は2人の給仕係になるのかー」
いや、なんでいきなり理解した?もう思考がとんでもなさすぎてついていけない。ギルガメッシュですら(なんだこいつ)の目で見ていた。凄いぞアストルフォ。
「なら、着替えなきゃ!こういうのは、相手をとことん喜ばせてあげなきゃね!僕もローランに元気だしてもらうために、色々やったし!」
「へ?あ、んん?」
「僕の服貸したげるー!どれがいい?セーラー服?現代服…はちょっと違うか、あ!!!」
なに?俺の事を秒速で置いていくじゃん。というか王様2人でさえついていけてない。いやでもなんか今ファラオ、「服か」って呟いたのが聞こえたな。納得した?なんで?俺だけ?ついていけてないの俺だけなの?
「ふふーん、特別だぞ!取っておきのコレ!かーしたーげるーっ!」
「え、」
「じゃあねーっ!」
嵐のようにアストルフォは廊下の曲がり角へ消えていった。多分アレ、どこに行こうかとか一切考えてないんだろうな。
「いや、これ、」
手渡された服を広げてみる。…いやいや、いやいやいやいや、と首を横に振っていると横から2人が俺を挟むようにして立ち塞がった。
「ほお?アストルフォのやつ、なかなか余興を分かっているではないか」
「こういうのをコスプレというのだろう。宴会にコスプレは定番と聞いたことがあるぞ?うむ、特に許す」
やらなきゃ死ぬ。やっても羞恥で死ぬけど。あとファラオ、なんか変な知識入れられてるけど大丈夫?



「おい、注げ」
「へい!ただいま!」
ヒラヒラとした袖が鬱陶しい。黒い生地に白いレースが動く度に視界の隅にチラつき、俺の精神を削り取っていく。
「居酒屋か!貴様は今はメイドだ!粛々としろ粛々と!」
「申し訳ありやせん!」
「子分か!」
「かみまみま!」
「落ち着かんか貴様!」
「ははははははははは!!!!!」
耳にキーンとファラオの笑い声が響く。ああ、恥ずかしい。もう自分でもわかる、耳まで真っ赤なんだろう。
今まで生きてきた中で着たこともなかったスカートの裾を握りしめる。メイド服はメイド服でも割と丈が長いものでよかった。あとタイツ。脚を出すなんてさすがに恥ずかしすぎるのでこれが無ければ即死だった。
「しんじゃう…」
「似合っておるぞ」
ファラオの慈悲深いお世辞が更に羞恥を加速させて頭から湯気が出そう。
「おい、我の事はご主人様と呼べよ。呼ばなければタイツに穴をあける」
「ご主人様様!!!!!」
「様までが名称では無いわ!!」
「ははははははははは!!!!」
これ、いつまでやればいいんだろう。余興なんだろうと思って少しいじられたらポイかと思ったら、「鑑賞用だ座っていろ居酒屋メイド」と言われたので今俺は無心になって人形を演じている。三蔵ちゃんに教えて貰った般若心経を念じながら、2人の王の何やら皮肉を混じえた険悪なんだか穏やかなんだか分からない会話をじっと聞いていた。
あ、悟り開けそう。そう思い始めた頃、ぽん、と肩を叩かれた。
「ここに居たか。探したぞ」
「………カルナ?」
ぼやっとした頭でカルナを見上げる。特に変わった様子もなくいつも通りに、カルナは俺に話しかけていた。
「なんだ?施しの英雄。そこのは鑑賞用だぞ。勝手に持ち出すなよ?」
「名前は物ではない」
「だからどうした」
なんか、空気が怖い。カルナの横顔を見たが、怒っている、というふうにも見えずただただ無表情にギルガメッシュを見つめている。対するギルガメッシュはにやにやと嗜虐的にカルナを見ていた。
「お前の物でもないだろう」
ギルガメッシュのその一言でピリ、と肌が焼けるような感覚がしてカルナの方をもう一度見れば、今度は俺にもわかるくらい明確に敵意をむき出しにギルガメッシュを見ている。
怖い、どうすればいい。正直般若心経唱えすぎて心が無から帰ってこないんだが。般若心経すごい。言ってる場合ではない。
俺がなんとかカルナに声をかけようとするより先に、「そこまでにせよ」とオジマンディアスが口を開いた。
「遊びすぎだ黄金の。よい、付き合わせたな、呼ばれているのだろう」
「あ、は、はい!」
その言葉にギルガメッシュは「ふん、つまらん。もう少し遊ばせろ」と言って、もう興味はないとばかりにそっぽを向き酒を煽っていた。
「行くぞ」
「わ、ちょ、カル、」
腰をひょいと掴まれ肩に乗せられた。えっ、そんな米俵運ぶみたいに?どんどん遠ざかる宴会の席に、見えないカルナの表情。何でもいいからなんか言って欲しい。俺は気まずいまま、カルナの肩にぶら下がっていた。


ようやく降ろしてもらえたのは、医務室のベッドに着いてからだった。先程まで俺が寝ていたベッドに俺を腰下ろさせると、カルナはようやく口を開いてくれた。
「予定の時刻より早く抜け出した為見かけ次第気絶させてもいいから連れてきて欲しいとナイチンゲールに頼まれていた」
「ひぇ」
バレていた。見つかったのがカルナでよかったのかもしれない、もしあの場でナイチンゲールに見つかっていたら、王2人に構いもせずぶん殴られ引きずられていたに違いない。…いや、いっそその方が良かったか?記憶が飛ぶくらいぶん殴ってもらった方がいいな。
改めて自分の服装を見る。可愛らしいフリルのついたメイド服にため息が出た。
「アストルフォに返さなきゃ」
「アストルフォ?」
「これ、アストルフォに借りたんだ。いや、借りたくて借りた訳では決してないんだけど…!」
そこは全力で弁解させて欲しい。そういえば俺の制服、着替えた時に置きっぱなしだ。後で取りに行かなければ。
「…脱ご」
慣れてきたとはいえもう着ている必要も無い。とりあえず、頭のカチューシャと首のリボンタイを取った。後もうタイツも脱ごう。初めて履いたけど、なんか息苦し感じがすごい。女の人は慣れた感覚なんだろうなぁ…………今気づいたけどカルナもタイツ履いてるみたいなものなのだろうか。
「よいしょ」
「、待て」
ベッドの上で脚を上げてタイツを脱ぎ出したら、突然カルナに止められた。中途半端に下ろしかけたまま制止してカルナの方を見れば、「いや、逆に駄目だ、駄目だがそれも駄目だ」と混乱したように早口で言われた。全部駄目なの?
「着替え、着替えはあるのか」
「置いてきちゃって…取り敢えずこれだけ脱ぎたいんだ」
「取ってくる」
そう言って素早くカルナは出ていった。本当に優しい英雄だ。誰にだって、必要とあれば手を差し伸べてくれる。
申し訳ないがこんな格好で出歩きたくないし、服はカルナに任せよう。何かお礼が出来ればいいけど、俺なんかにカルナに返せるようなものがあるのだろうか。
胸元のボタンも全て外してベッドの上でカルナを待った。程なくして、俺の制服をもってカルナは帰って来た。
「本当にごめん。ありがとう、カルナ」
「早く着てくれ」
制服を手渡されムッとした顔で言われてしまった。さすがに怒らせてしまったのだろうか。…だらしのない奴、と思われてしまったのだろうか。
途端に物凄く悲しくなったきた。あぁ、カルナにそう思われるのは、とても悲しい。
「…ごめん……」
顔が見れない。言われた通りに早く着替えなければ。のそのそと手渡された制服を広げて、頭ではなく手を動かすことに集中することにした。
カルナは扉の方を向いてこちらに背を向けているようで、また寂しさを感じた。いや、たしかに見られていても恥ずかしくて困るのだけど…。
着替え終わりメイド服を畳む。…なんか思った以上に恥ずかしいもの着ていた。もう嫌、二度と着ないから。
「カルナ」
こわごわと名前を呼ぶ。背を向けていたカルナがいつもの表情でこちらを見てくれたことにひとまず安心して、もう一度お礼を言った。
「ありがとう」
「…あぁ、気にするな」
ようやく笑ってくれた。その笑みに、俺もほっと一息ついて、何となく王様2人に挟まれていてから張り詰めていた全身の力を抜いた。怖いんだほんと、羞恥とかより恐怖が勝る。
「ああいったことは、」
「え?」
「その、あの2人にああいったことは、よくしているのか」
いやいやいや、俺は必死に首を振った。
「しないしないしない無理無理無理無理してたら今頃もう死んでる」
「そうか」
そんなの、命がいくつあっても足りない。あれはギルガメッシュの単なる気まぐれで、多分セイバーに振られて(本人の前で口に出したら死ぬ)イライラしていたんだろう。
「恥ずかしかった…」
今更、本当に今更だけど恐怖が解けたら羞恥が込み上げてきて膝を抱えて丸まった。オジマンディアスは本当に余興程度にしか構って来なかったからいいのだけど、ギルガメッシュはもうスカートめくったり顔触ってきたりで怖くて怖くて仕方がなかった。その弄り方が小学生男子の女子へのいじめ方みたいだったのは流石に突っ込み入れられなかったけど。
「カルナも、変な所見せちゃってごめん」
「変、いや、変ではない。俺は…」
うんうんと唸って下を向いたまま目を瞑り、カルナは数秒溜めて、ややはにかみながらやっと顔を上げた。
「愛らしかったと思うぞ」
「ヴッ」
心臓潰れた。胸を押さえ込んで蹲る俺に、カルナは「ど、どうした」と背中をさすってくれたのだが、いやお前のせいだよ!!!死んだらどうする!!