24
「うっわ、何よその顔」
「ジャンヌ」
泣きすぎてひりひりした目もとをこすって顔を上げる。見慣れた呆れ顔のジャンヌオルタが、腰に手を当ててベッドに座る俺を見下ろしていた。
「あれ、ドア、開いてたっけ」
「え?あぁ、開けてもらったわ。ダヴィンチに」
「不法侵入じゃないか…」
「うっさいわね、最後の挨拶に来てやったんでしょ。ていうか顔の割には結構元気そうじゃない」
「最後…そうか、最後…」
そう言って挨拶に来てくれたのはジャンヌオルタが初めてじゃない。昨日はエミヤとブーディカ、巌窟王、アルジュナがやって来てくれた。皆俺の腫れた目を見て心配してくれて、こんな一職員の俺の為に声をかけに来てくれて本当に嬉しかった。
「ジャンヌも行っちゃうんだ…う、うぅ…」
「ハァ!?ちょ、まだ泣けるの!?あぁもう泣くな!男でしょ!ほら拭きなさい!」
「ぶべべ」
「ふふ、めちゃくちゃブスね」
「ジャンヌ行かないで…」
「無理。もう用ないもの。あーあよかった、もう面倒臭い周回もウザイ揉め事にも巻き込まれなくてすむわ」
「めっちゃ寂しい…」
「…ま、もうアンタと漫画の話出来なくなるのは少しだけ惜しいけどね」
「ジャ、ジャンヌ〜!」
「は、ちょ、」
彼女はこうして会いに来てくれて、俺に最後の言葉を残してくれる。それが嬉しくて感極まり抱きついてしまった。ジャンヌは一瞬体を強ばらせたけど、すぐにため息をついて背中を数回叩いた。
「はいはい、鼻水つけたら燃やすわよ」
「ずび、あ、ごめん」
「いい度胸ね…」
流石にずっと泣きついていたら申し訳ないので、すぐに体は離した。でもかなり最初の方から仲良くしてくれたジャンヌに会えなくなるのは、やっぱり寂しい。
「全く…アンタ本当に大丈夫なわけ?テンションおかしいわよ」
「分かんない…そうかな」
「もっと落ち込んでるのかと思ったわ。あのへにゃ医者が居なくなって」
「へにゃ医者」
その言葉で、へにゃ、と笑って後ろ手に頭を置いたドクターの顔が浮かんだ。そして同時に、無数の星の瞬きと消えた彼の笑顔が何度目かのフラッシュバックをする。
「駄目無限に泣ける」
「どうなってんのよアンタの涙腺」
はぁ、と言ってジャンヌはドアの方へ向かった。もう行ってしまうらしい。寂しいな、と思いながら姿勢を正して向き直ると、ジャンヌもドアを抑えてこちらを向いた。
「名前」
少し目を伏せて、ジャンヌが言い淀んだ。間を置いて口を開く。
「あの医者のこと好きだったの?」
「うん」
「…ふぅん、そ」
目を閉じて、ジャンヌは黙った。それもほんの少しの間で、すぐに目を開けた彼女は、少女のように笑った。
「趣味わる」
それからじゃあねとだけ言って、ヒラヒラと手を振り今度こそ行ってしまった。立香くんの所に行くのだろう。
再び静かになった部屋で、大の字になってベッドに沈んだ。目を閉じてしまうと、暗闇がやってくる。そうすると、あの最後の神殿での光景が、巻き戻され続けるビデオテープのようにループしてしまう。
結局、ロマニ・アーキマンは俺一人にお別れを言ってはくれなかった。さようなら、と彼は俺達に手を振った。その時に、あぁ、きっと俺はこの人の、特別でいたかったんだなとぼんやり思っていた。俺だけの名前を呼んで手を振って欲しかったと思った。最悪だ、彼の最後の瞬間に、思うのはそんな自分勝手な己の事だけだったなんて。
巌窟王に、そんな話を少しこぼした。彼に言ったのは、何となく。そうしたら彼は、
「その感情は間違ってなどいない、とだけ言っておこう」
と言って、コーヒーを置いて去っていった。
ジャンヌが行ってから、30分くらいまた突っ伏して泣いていた。泣いてる間は頭が空っぽになっていい。そうして顔をぐしゃぐしゃにしていたら、ドアがコンコンとノックされた。
「はい」
「名前さんっ!」
立香くんの声だ。慌てているみたいで、早く開けてほしそうな感じがする。俺が急いでドアを開けると、立香くんがバッと飛び込んできた。
「名前さんっ…!」
「わぷ」
俺の姿を見るなり、がばっと抱きついてきた立香くんを抱きとめる。どうしたどうしたと今度は俺がジャンヌがしてくれたように肩を叩いた。
「よかった…!まだ干からびてない!」
「え、俺、干からびる予定だったの…?」
「え?だってジャンヌがさっきそろそろ干からびるわよって…わー!?目真っ赤!腫れすぎ!冷やさなきゃ…!どうしよう、あ!俺の手今冷たいですよ!外出てマシュと雪合戦したんで!」
すごい勢いで喋ったと思うと、後ろに回ってぺたっと自分の手を俺の目に被せた。ひんやりして気持ちがいい、すっと熱が引いていった。
「わ〜気持ちいい」
「…あの、」
立香くんの声のトーンが落ちる。後ろにいるし目隠しされているので分からないけど、暗い顔をしてるのかもしれない。
「名前さんて、やっぱり」
そこまで言って立香くんは押し黙った。どうしたんだろう。被せてくれていた彼の手を解いて向き直ると、案の定、俯いている彼がいた。
「立香くん?」
「……いえ」
声をかけると、首を振ってすぐに顔を上げた。にっ!と笑うと、俺の手を取る。
「名前さんも、一緒に外で遊びましょう!」
「俺顔こんなだけど!?」
「2人でならいいじゃないですか」
「それなら、いや、でも、うーん」
「…つらいですか?」
「いや」
実はもう、それほど苦しくも、辛くもなかった。自分の中の卑しい感情には嫌気がさすけど、未練だとか、後悔だとか、そういったものはあまりない。ひたすら寂しいし、悲しい。もう会えないんだという思いが込み上げた分だけ涙になって流れる。
「だから、暗い気持ちっていうより…なんて言うんだろうな。ドクターがいたんだってことを、ずっと忘れたくないから、これからも多分、思い返す度に泣くだろうし、寂しくなるけど…それが、彼といた時間の証だから、悲しいだけじゃないかな」
今は泣けるだけ泣いて、そうしてまた前を向こう。彼が大丈夫だと信じてくれた自分を、信じたかった。
そう言って立香くんを見たら、なぜか彼もぽろぽろと泣いていた。ビックリして慌てて目もとの涙をすくうけど、涙はすぐに止まりそうにない。
「あわわ、立香くんどうした」
「わ、かんないです。でも、やっぱり俺も、まだ、悲しくて」
「あはは、わかる、まだ全然泣けるよね」
「はい、全然泣けます」
「失礼します、先輩、名前さん、大丈夫でしょうか………お、お二人共、なぜ泣いてらっしゃるのですか!?」
「「マシュ〜(号泣)」」
それからマシュにも話をしたら、マシュにまで涙が移ってしまい、3人してわんわん泣きながら外に出て雪合戦をした。多分ものすごく異様な光景だっただろうけど、途中から白熱した雪合戦で、腫れた目も外気の冷たさにすっかりおさまってしまった。そうして疲れ果て肩で息する頃には、涙はすっかり引いていた。

多分、明日には、笑ってみんなと歩けるだろう。