「まぁ!思ってた以上にイジメが…イジりがいのありそうな子ですこと」
訂正する意味、あった?今俺と向かい合ってる美人が攻撃力みたいな女性は、どうやら俺を謎に秘書補佐として指名してきたという、カルデア新所長の秘書…らしい。らしいというのも、俺はまだ新所長の姿すら見れていないのだが、この女性にいとも簡単に連れ去られ、人気のない廊下で向かい合わされていた。胃が痛い、吐きそう。
「そんなにあからさまに怯えないでください…剥製にして飾りたくなるじゃないですか」
フフフ、と鋭い犬歯を隠しもせず笑う彼女に、何とも言えず冷や汗が流れる。
なんだろう、この感じ。すごく嫌だ。目の前の女性は、それはもう凄く美人だし、プロポーションだって完璧。誰がどう見たって、魅力的だと答えるだろうけど。
嫌だ。とにかく嫌だ。言葉を向けられる度、視線を感じる度、首筋に歯をたてられて、ざらついた舌で頸動脈をなぞられている気分になる。こんなに人の一挙一動に恐怖を感じたことなんてない。
「だからそんなに怯えなくても、今すぐ取って食おうだなんて思いませんから安心してくださる?一応、ここでのお仕事はまだ終わってませんし、私、仕事はやりきる主義ですので」
今すぐでなきゃどこかで食い殺されるんじゃないか。そんな心の声が聞こえたのかは知らないが、彼女は目を細めてヒリつくような視線を向けながら口角を上げた。
「ちょっとの間ですけど、ペットとして愛でてあげます。お仕事はお仕事ですけど、そこはほら、有益なビジネスを進めるためには娯楽も必要と思いません?」
「…俺はペットじゃありません」
キリ、と痛む胃を、腹をつねって何とか声を絞り出した。何がおかしいのか、それを聞いて彼女はますます口角を上げる。
「あら…そうですね。失礼しました。ペットだなんて御無礼を。正しくは、」
『あーあー、業務連絡、業務連絡だよー。名前くんは、至急、私の工房に来るようにー!』
ダウィンチちゃんにしては珍しく、早口で余裕のないアナウンスだった。言葉をさえぎられた彼女は憤慨するかと思いきや、そのまま言葉を切りニコッと笑った。
「ざぁんねん。それじゃあ、また後で遊びましょ」
コツコツとヒールの音を響かせて、こちらを振り返りもせず歩き出した。できれば、俺としては金輪際近寄りたくないのだけど。
ダウィンチちゃんは、冷凍睡眠されているAチームの解凍作業に入るそうだ。退去をさせると決めたくせに、最後までその能力は酷使させるというのがら気に入らないと文句を言えば、ダウィンチちゃんは「仕方がないさ、この天才が居なければ出来ないことなど、この世界には無数にあるからね」と冗談を言い安心させるように俺の肩を叩いた。
「名前くん、恐らくこの作業は、この天才を持ってしても数日はかかるんだ。そこで、君にお願いがある」
なんでも言って欲しい、そう返せば、嬉しそうにダウィンチちゃんは笑った。
「作業が90%に突入したら、君はボーダーに乗り込んでくれ」
「え?」
なぜ、と言う俺の疑問には答える時間がないようで、ダウィンチちゃんは俺の両肩に手を置いた。
「名前くん、もしもの時は、立香くんとマシュを頼むよ」
そのまま優しく包み込むように、ダウィンチちゃんは腕を俺の背中に回して、ハグをした。俺が自分の腕をダウィンチちゃんの肩に回すより先に、その体はパッと離れてしまった。
「なーんてね!まぁ安心したまえよ!私は天才だからね!」
それじゃあね!と本当に急いでいるようで、早歩きでその場を後にした後ろ姿が見えなくなるまで、俺はダウィンチちゃんから目を離すことが出来なかった。