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ホームズの制止を無視して立香くん達を呼びに行ったその先で、ダウィンチちゃんの胸に穴があいていた。ほんの少しだけ飛び散った血は、彼女の綺麗な頬の輪郭に沿って、俺の背中に流れる冷や汗よりももっとずっとねっとりと、ゆっくり雫になって地面に落ちた。全部の音が遠巻きに聞こえて、立香くんの声や、マシュの悲鳴、ボーダーのエンジン音がぐちゃぐちゃに混ざりあい、何かとても現実味のない夢の中にいるような気さえしてくる。逃げろと誰かが叫ぶ中、俺は何故かダウィンチちゃんとロマニ、マシュと立香くんでいつだかやった人生ゲームの事を考えていた。早々に1抜けをした人生の勝ち組ダウィンチちゃんが、ピンクのピンが沢山刺さったチープな作りのプラスチックの車を得意げに持ち上げて、「いやぁ、やはり私は天才だ!」とピースをして笑っていた。どうして今思い出すのが、そんななんの変哲もない、いつもの風景なんだろうか。
「ええいぼんやりするなそこのスタッフ!貴様とて貴重な生き残りなのだ!ダウィンチの犠牲を無駄にするな!」
俺に向かって、初対面の小太りな男が怒鳴った。いつの間にかすぐ側まで来ていた立香くんは俺の手を取ってボーダーに駆け込む。マシュは泣いていた。
全員が乗り込みハッチの閉められたボーダーの中で、さっきの男がダウィンチちゃんの死をホームズに告げた。ホームズはそうか、とだけ言って全員に発進の用意を促す。
重力が消えたかのようにふわふわする足取りでなんとか歩いて操縦席の隣に座り、補助モニターを確認した。
「無事でよかったよ、ミスター」
「……すみません」
ホームズが懐からハンカチを取り出して差し出してきた。すみません、ともう一度謝り、受け取って目元を拭った。



「ねぇねぇ」
虚数潜航中、ダウィンチちゃん(幼)が俺の傍にモニターを出して喋りかけてきた。本当に、ダウィンチちゃんがそのまま幼くなった顔の彼女を見ていると、鼻の奥がツンと熱くなってきてしまう。
「なぁに……」
「泣き虫だなぁ、はいこれ、私からキミへ」
「…何これ?」
「ふふ、シャドーボーダーの為に頑張ってくれていたキミへ、私が用意していた贈り物さ」
機械の手が、小さな木箱を差し出してくる。受け取って蓋をあけると、銀色の小さなイヤーカフが入っていた。
「これ、」
「キミがねぇ、いつだか購買で、ピアスは怖いけど、綺麗でいいなぁ〜って言ってたからって。フフン、凄いだろう?この洗練されたデザイン!えっへん」
デジタルモニターの中のダウィンチちゃんが、小さな体を仰け反らせて得意げに言う。「ありがとう」と言ってなんとか笑ってみせると、「どういたしまして」とダウィンチちゃんも笑った。
「少し魔術礼装を施しているから…できれば肌身離さず、付けていて欲しい」
あれだけの作業量の中、俺の為にこんなものまで作ってくれていたのか。
「…すごいなぁ」
「そうだろう?」
にひひ、と子どもっぽく笑い、ダウィンチちゃんがブイサインをした。
「いやぁ、やはり私は天才だ!」