「なんか、カレー食べたいな…」
「カレー?一口に言っても、アレって色々あるよね?本場のスパイスで作るインドカレーかな?それとも、とろみのついた甘口な日本のカレー?いいね、私は特に食事はしないけど、あれは実に興味深い食べ物だと思うよ?」
完全に独り言だったので、こうもしっかりした返答が返ってくるとは思っていなかった俺は、ビックリしてタイピングの手を止めシオンの顔を凝視してしまった。
「ん?どうした?」
「えっと、その、そんな風に答えてくれる同僚、今までいなくて。同期の▄▄▄なんか、大抵"はよ行け"とか"しらん食ってろ"って言ってくるし、ああでも、口の悪さは▄▄▄の方が酷いな。まぁ本当に酷いのは人が寝不足で倒れて医務室に運び込まれる所を絶対動画に撮ってる▄▄▄だけど。ほんとアイツ最悪……………………」
柄にもなく長々と早口で喋ってしまって、途中で言葉が詰まった。こんな事を言ってやろうと思ったのは、今ここに、そいつらが居ないという事実があるからに他ならない。ここでなんでいないかなんて考えてしまうともうダメだ。目から洪水が起きる。
「うおっ!君本当にすぐ泣くな!ほら拭いて拭いて!防水はバッチリだけど、濡らしたくはないから!」
「ずびばぜん」
ティッシュで鼻をかんで、ゴミ箱に放り投げる。そこでまた、記憶のフラッシュバックだ。俺が狙いをつけて放り投げると、隣の席の同僚が意地悪くゴミ箱の位置をズラしてくる。あえなく外した俺はアイツを睨みつけながら紙くずを拾い、床に座ってガンを飛ばしながらゴミ箱に入れ直す。ケラケラ笑う同僚の憎らしい顔が、もうこの世界のどこにもない。
「っひ、うぅ………」
「泣くな!イケメン!可愛い!」
「えーーーーーーーーーい!!!いつまでもジメジメジメジメ!!!キノコが生えるわ!!ボスカイオーラにしてやろうか貴様ァ!!!」
はちきれんばかりの声量で怒鳴られた。それと同時に、デスクの横に何かを置かれる。ガチャンという食器の擦れる音だ。
「ボスカイオーラって何?」
「イタリアのキノコパスタ」
シオンの問いにキャプテンが興味無さげに返した。俺はすぐ側に新所長が置いたカルボナーラを見つめ、そして新所長の方を見つめ、またよく分からずカルボナーラを見つめてからまた新所長の方を見た。
「ぼすかいおーらってなに…?」
「ポンコツか!キャプテンが今言っておったろうが!!というか貴様が聞くのはそこじゃないだろう!?」
確かに。なんて的確なツッコミなんだろう。ダメだ、何だか思考がまとまらない。彷徨海に辿り着くまでの間、今まで必死に脳みその一部を使わないようにしていた弾みなのかもしれない。
「フン、凡庸なスタッフとしては、ここまでの働きぶりはなかなかだったからな。褒美としてこの私自ら手がけたトロットロカルボナーラをくれてやろう。ちょっとフォウにベーコンを与えすぎて肉が足らん感じになったのは許せ」
何だかよくわかないけれど、自分が今慰められているのは何となくわかった。古来より太った人が作る料理は何故か美味しいというのがこの世界の摂理だが、新所長の作ってくれたカルボナーラは確かに、やたらツヤが良くキラキラして見える。
恐る恐るフォークでパスタを巻き取り、口に放り込んだ。
「……………」
「…ど、どうだ?あまりの美味しさに言葉も出んか?」
「……………おいひい…」
「!そうだろう!ワハハハハ!!!遠慮せず食え食え!だがそう簡単に毎回食えるとは思わん事だな!何せこの私が作っているのだからなぁ、ひと仕事終えた後にしか食えんと思え!」
「ひっぐすっ、おいひいよぉ〜〜〜、本当はカレー食べたかったけど、おいひぃ〜〜〜、ぐすっ」
「泣くか感想言うか食うかどれかにせんか!というか失礼だな貴様!?」
結局、新所長は俺が完食するまでグチグチと文句を言いつつも、傍に居てずっと喋りかけてくれていた。そうして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面にあったかいおしぼりをぶつけられた時、この人について行こう、と改めて俺は思ったのだった。