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「すっごー、やっぱインドって規模違うわ、ヤバインド!マジぱないね」
「そうですね…あらためてそう言われると、そうかもしれません、"ぱない"かもしれませんね」
「うんうん、マジ卍!」
「まじ、まんじ…?」
「ヤバいってこと!」
「なるほど……何故、卍がそのような意味に…?」

お腹が空いたので食堂に来てみると、珍しい組み合わせの2人が向かいあわせで食事をとっていた。昼時を過ぎた食堂には人がいない。2人の目の前を通り過ぎようとしたら、視線が自然に俺に集まってしまった。
「あっ、スタッフさんじゃーん、ちーっす!ご飯?これから?」
「おや、名前さん。どうも」
「ジュナっちはもう顔見知りってかんじ?まぁそっか、ウチと違ってけっこー古株だもんね」
「ええ、まぁ、そうですね。私は名前さんとは、かなり最初の方からの付き合いになるのでしょうか」
挨拶に頭を下げて返し、厨房にお昼を取りに行く。今日はカレーだ。最高。トレーを持って振り向くと、鈴鹿御前が「おーい!」と言って手を振っていた。
「一緒に食べよーよ!」
やっぱり、そうなるのか。俺は気まずさを気取られないように2人の方へ向かう。アルジュナなら大丈夫なのだが、鈴鹿御前と話すのは多分初めてだ。少しは克服したと思いたい人見知りに心の中で喝を入れ、椅子を引いてくれたアルジュナの隣に座る。
「ありがとう、アルジュナ」
「いえ」
そういえばアルジュナが再びこのベースに現界してきてから、きちんと顔を合わせるのは何気に今日が初めてかもしれない。当たり前だが、カルデアにいた頃と全く変わっていない。雰囲気はやや柔らかくなっている気がするが。
「えっと、久しぶり…」
「はい。再びお会いできて………いえ、正確には、いい事なのか、悪い事なのか…………」
「確かに……」
「えー、いいじゃん、そういうの!会えて嬉しかったら、素直に嬉しい!って言ったほーがいっしょ!」
再会について、俺らが揃って歯切れを悪くしていると、向かいに座っている鈴鹿御前がそう言ってにぱっと笑っい、「ほらほら!」と手で急かした。
「…それもそうですね。どのような事態であれ、また貴方とこうして話ができること、喜ばしく思います」
そんな風に言われてしまえば、俺も、と答えるしかない。思えば、こうしてサーヴァントとゆっくり会話すること自体も久々な気がする。ずっと切迫した日々を過ごしていたから。
「俺も…俺も嬉しい」
勝手に緩む頬を抑えることも出来ず笑えば、アルジュナも柔らかく笑った。
「ねぇねぇ、名前くん、だっけ?もさぁ、一緒にインド神話の話聞こーよ」
「インド神話…」
そういえば、最初にも思ったけど、珍しい組み合わせだ。何を話しているんだろうと思っていたけど、どうやら鈴鹿御前がたまたま食堂でカレーを食べていたアルジュナに声をかけて、「最近インド鯖が増えたから」と話を聞いていたらしい。
「マジやばいよインド。ホント、特色出るよねー。まぁウチのもやばいのはやばいんだけど」
「えぇ、先程お聞きした天の岩戸…太陽神の伝説、とても面白かったです」
「あれはまだエグ味ないからね!」
「スサノオの素行の悪さは、なかなかだと思いますが…」
なるほど、てっきり女子高生のような鈴鹿御前の事だから、もっと女子っぽい、なんというか恋愛系の話かと思っていたけど、割と真面目な異文化交流だったようだ。
「面白そうだな」
「でしょ?ほら、この間召喚で来たさぁ、なんかでっかい象の像いんじゃん。ややこしいなこの言い方…」
確か、数日前やたらと大きな石像が召喚されて、立香くんも新所長もポカンとしていたのを思い出した。なんでも神だそうだが、特に何をするでもなく自室に籠っているらしい。なんの神なんだろうか、引きこもりの神だろうか。
「ガネーシャ神です」
「え、あ、やっぱりそうなの…?」
「そう言われると、私も少し困るのですが…しかしどこからどう見ても、ガネーシャ様であるとしか…」
そこから、アルジュナのインド神話解説が始まった。俺もカレーを片手に、楽しそうに聞く鈴鹿御前とインドの神話界におけるスターであるアルジュナが語るインド神話という、豪華すぎる公演ををあれやこれやと笑いながら聞いたのだった。



しばらく時間を忘れて話していたら、鈴鹿御前はスマホに着信を受けて「タマモっちだ、ごめん、離れる!ちょー楽しかったし!絶対続き今度聞かせて!」と終始明るく手を振って離脱した。残った俺らもそろそろかなと席を立つ。
「思っていたよりも、お元気そうでよかった」
突然ぽつりと言われたその一言に照れくさくて頭をかいた。アルジュナの言葉は正確に言えば間違いだ。ここに来る前はそんなに元気ではなかったから。最近、立香くんもマシュも、笑顔が少ない。もちろん、英霊のみんなと笑い会う時は笑っているけど、レイシフトの時の2人の顔は以前のものとは全く違って見える。
「アルジュナは、なんか雰囲気柔らかくなったね」
「え。そう、でしょうか…そうなのですか?すみません、気を弛めているつもりはないのですが…」
「え、違うって、え〜と、その、話しやすくなったってこと!」
「……ありがとうございます」
そう言って笑う姿は、やっぱり以前より堅苦しさが無くなっていた。彼の中で何かが変わっているんだろう。それは間違いなくマスターである立香くんの影響だと思った。
立香くんは、大丈夫だろうか。連鎖的にそう考えて、大丈夫なわけないと肩を落とした。そんな当たり前のことを何を今更言っているんだという感じだ。
「何か、困り事ですか?」
どうやら思いっきり顔に出ていたらしい、アルジュナが心配そうに顔を覗き込んでくる。ちょっと恥ずかしくて後ずさった。
「あの、立香くん、のことで」
「マスターですか?」
「当たり前なんだけど、最近、元気ないから」
「ふむ」
アルジュナは口元に手を当てて真剣に考え込みだす。しばらくして、「名前さんは、最近、マスターと話をしましたか?」と聞かれた。
「してない。ここ最近はいつも忙しそうだから、時間を取らせるのは悪いと思って、できるだけ話さないようにしてるけど…」
「そうですか。では、今度はマスターも呼んで、鈴鹿と私と貴方と、4人で先程の続きをしましょうか」
「え?」
どうして、と首を傾げる。立香くんと話せたら、俺は嬉しいけど、多忙な彼を引き止めてしまっていいのだろうか。
「彼のいない所で、彼にしか分からないことを我々が悩んでいても、仕方がないと思います。それよりも、きちんと本人と向き合い、気持ちを言葉にするほうがよいでしょう」
ストンと重りを外されたような気分だ。確かに俺がここで彼のことを知ろうと悩んだところで、それは結局俺の自己満足だ。アルジュナの言う通り、何か知りたいのなら、そうやって動くしかないのだろう。第一、俺が立香くんと話たいのだから。
「アルジュナは凄いな」
「?。ありがとうございます」
よく分からないけど人に褒められたら礼をするという所も彼らしい。俺の方こそありがとう、と返すと、アルジュナは「おけまるです」と笑った。いや影響受けすぎだろ。