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足を運ぶその歩幅は前より大きく、雑念を感じさせないかのように彼は一点を見て振り向かない。少し小走りに後ろを追いかけると、気配を察した立香くんは瞬時に振り向く。
追いかけようとしてものの数秒で振り向かれた事に驚いて、思わず肩がビクリと跳ねてしまった。それを彼が見逃すはずもなく、すぐに「ごめんなさい」と言って照笑いながら立香くんは頭をかいた。
「名前さん、どうしました?何か?」
「えっと、用っていうか、その」
体調はどう?眠れてる?最近2人で話せていなかったから気になって、とかをスラスラ言おうとしていたのに、シミュレーションしていた動作が1つも噛み合ってくれない。ちょっと話さない期間があっただけで、すぐに言葉が出なくなってしまう己が歯がゆくて腹が立ってくる。顔が見れずに、それでも何とか立ち止まっていて欲しくて、急いでるから、と言われてしまうのが怖かった俺は、咄嗟に立香くんの腕を掴んでしまった。
「名前さん?」
きょとん、と立香くんは目を丸くして首を傾げる。俺は心の中で、名前くんならもう大丈夫、名前くんならもう大丈夫、と、ドクターが言ってくれた言葉を反芻していた。
「久しぶりに、話がしたくて」
それでも顔はやっぱり見えなくて、子供じみた行動しか出来ない恥ずかしさからやっぱり熱くなっていく頬に憎らしさを感じながら俯いた。話がしたいと言いながら下を向く馬鹿がいるかよ。悲しすぎる。
「駄目かな…」
照れてるのなんてもうとっくのとうにバレているんだろうから、ヤケクソで顔を上げた。眉間にシワが寄ってしまったが許してほいし、これは自分へのムカつき故なので。
「駄目じゃないですね」
「…そ、そっか」
思ったよりサラッと返事が帰ってきた。安堵して胸を撫で下ろし、掴んだままにしてしまった腕を離す。が、その手を今度は掴まれていた方の手で立香くんがガッシリと握ってくる。ひぇ、と小さく声が漏れてしまった。
「全然駄目じゃないですね」
「そ、そう?」
「はい、もうこれ以上無いと言えるくらい駄目じゃないです」
「そんなに…?」
「東京ドーム5000個分くらい駄目じゃないです」
「逆に分かりにくいやつじゃん」
ともかく、大丈夫そうだ。ほっとして肩を下ろす。意識していなかったが緊張していたみたいで、溜息と同時に体のバランスが崩れた。ちょっとよろめいたのを、立香くんが握っていた手を引っ張って戻してくれる。
「危なっかしいですね」
「すみません…」
「いいです。そういう所好きなので」
俺は再びバランスを崩して躓く。またしても引っ張られ抱きとめられた俺に対し、立香くんが楽しそうに笑うのを見て、やっぱりこの笑顔なんだろうなぁと心の中でぼやいた。