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「汚らわしい。去ね、人間」

人と鉢合わせたと同時に、開口一番そんな事を言われるなんて人生でありがたいことに今までは1度もなかったので、俺のキャパシティが小さい脳みそは急停止してなんなら心臓も動くのをやめちゃいそうだった。心の底から吐き出したようなその一言を告げた人物は、俺が動きを止めて立ち止まっていることを見るからに苛立っていた。
侮蔑、拒絶、蔑み。それらが混ざりあったような強い怒りの篭った視線を向けられ、恐怖でますます動けなくなる。冷や汗が頬をつたい、震える手で抱えていた資料を握りしめた。
「何を固まっている。さっさと道をあけろ」
そう言われましても貴方のせいで動けません、とは絶対に言える訳もなく、俺は足が動かせずに尚も立ち尽くす。痺れを切らしたように彼が「貴様──」と口を開いたと同時に、彼の背後からも声がかけられた。
「兄様、彼は兄様の輝きに、足がすくんでしまっているのです」
彼とよく似た姿の少女が、少し機械的な冷たさのある声で喋りかけていた。兄様、と呼んでいるので、妹なのだろう。
「フン」
威圧的な態度を少し軟化させ、少年の方は少しも面白くなさそうな顔で俺を見て鼻で笑った。
「英霊以外の人間も多少残っているのか。あの肥えた髭のオヤジと契約者だけだと思っていたが」
「兄様、マスターですよ」
「呼ばん」
窘める妹の声に、どこか拗ねたような態度でそっぽを向いた少年は、もう一度俺を一瞥した後、何も見なかったかのように無視して歩き出した。その背中を追って歩き出した妹の方は、固まる俺に「もう大丈夫です」と小声でサッと告げて離れていった。


なんだったんだ、今のは。
どっと疲れた。ただそこに居たという理由だけで、ああも蔑みを込めた目を向けられるなんて生まれて初めてだった。
冷や汗がまだ流れてくる。コヤンスカヤと対峙したときのような怖さだった。…いや、コヤンスカヤの方がもっとドロドロした嫌さだったけど。あれは絡みつくような敵意だ。対してさっきの少年は、突き刺すような敵意。
どちらにせよ、かなり精神的にダメージを受けてしまった。もう俺のガラスのハートは粉々。丁寧にすり鉢で粉末にされ風で吹き飛ばされてしまうような状態だ。
しょぼしょぼと下を向いて管制室を目指す。泣いてなんかいない。男の子だもん。
「む、おい名前」
必死に涙を堪えていると後ろから声をかけられた。さっきと同じく尊大な態度の滲む声だが、今度は聞き覚えのある声だ。
「いい所におったな、喜べ仕事だぞ雑種。イベントで溜まった資材の管理と交換を手伝わせてやるわ、付いて来い」
「お、おうさま゛ぁ゛〜〜」
「何故泣く!?」


「ほぉ、それで?なんと言い返したのだ貴様は」
顔が汚いと投げつけられたティッシュで涙と鼻水を拭いながら事のいきさつを話すと、意外にもキャスターのギルガメッシュは話も遮らず真剣に俺の話を聞いてくれた。
「怖すぎてなんも返せませんでした」
ずびずび鼻をかみそう言うと、ギルガメッシュは「はぁ?」と顔を顰めた。
「ど阿呆」
「い゛ったぁ!」
デコピンされた。結構いい音がしたし普通に痛い。
「だから貴様は雑種なのだ。たわけが」
「だってだってだって」
「子供か」
いいか、とギルガメッシュは俺を指さす。
「確かに神から見れば人なんぞ石ころにも塵にも見えようがな、そこに異を唱えるのは愚かだ。だがただそこにあったというだけで、敵意を向けられたなら話は別よ。貴様はこのカルデアで働く臣下である。胸を張って道を開けてやれば良かろう」
「あ、道は開けた方がいいんだ…」
「当然よ。死ぬだろ」
「死にますね」
脳内で反抗した自分が少年にバッサリ切られる映像が鮮明に見える。一瞬だろうな。
「大事なのはそこではない。胸を張れと言っておるだろう」
ギルガメッシュは俺を指したままの指で、とん、と胸の辺りに突いた。
「理不尽な怒りであろうと、誇りを持って対せよ。貴様はこの人理継続保障機関カルデア職員の生き残りであり、この我の側近であるのだからな」
臨時だがな。そう付け加えられたが、俺の心はさっきまでの梅雨が嘘のようにサッパリとしていた。
肯定された。認められた。何よりもこの、キャスターギルガメッシュに。
「…嬉しい……」
「ほう。そうかそうか。ではいっそう仕事に励めよ。本当に頼むぞ?最近はまた仕事が増える一方でな、我がまた過労で冥界に逝くかもしれんぞ」
「その時は這ってでも連れ戻します」
「言えるではないか」
口角を上げるギルガメッシュに、釣られて俺も少しだけ笑った。
自分が今ここに居ること、それを恥じる事はなにも無い。もし次があったのなら、その時は胸を張ってやろう。


……いや、できれば次とか無ければいいな、怖いし…………。