「同人誌描くわよ!」
「え?」
「同人誌描くわよ!」
「え、うん、え?」
「………」
「…ジャンヌ?」
「同人誌描くわよ!」
「壊れちゃった?」
ジャンヌの真っ白な肌によく似合う艶やかな黒地に、少年の心をくすぐる二刀流の刀がマッチしていて、たいへん素敵な水着姿だと思うんだけど、ドアを塞ぐように仁王立ちして腕を組んだ姿で放たれた言葉がよく分からなすぎた。ドウジンシカクワヨ?
「あ、えっと、そうなんだ、そっか、なんで水着なのかは分からないけど、頑張ってね。応援してるよ」
「同人誌描くわよ!」
「ジャンヌ大丈夫?」
botみたいになっちゃった。暑さでおかしくなってしまったのだろうか。室温は普通だと思うんだけど。
「夏といえば水着よね」
「そうだね、水着だね」
唐突だが納得できないこともないので、肯定するとジャンヌは神妙な顔でうんうん、と頷いた。
「そして同人誌よ」
「そうかな?」
さすがに疑問を呈させて頂いたが、俺の声を完全に無視してジャンヌは「そうよ」と断言した。
「ここまで言えば…後は分かるわね、名前くん」
分かるかい。
「アシスタントになれってことよ!行くわよ!」
「あぁ〜〜」
脇で挟まれ、廊下をずるずると引きずられていく。ていうか、ジャンヌさん!胸が!胸が!む、胸がーーー!!!
「はい背景トーンと擬音アンタの仕事」
「……はい」
連行されてジャンヌの部屋にたどり着くまで、有無を言わさない行動力だった。同人活動数ループを乗り越えたジャンヌ先生の次回作にご期待ください、という事なのだろうか。しかし本当に何故水着。黙々と原稿に取り組む姿勢とその格好のちぐはぐさが何だかむず痒いが、向こうが真剣にやっているのに適当な仕事はしたくない。既に無言になってしまったジャンヌを横目に見て、自分も分からないなりに課せられた役目を果たすことにした。
どうやら今作は少女漫画のようだ。BBちゃんが大暴れしていたハワイでの同人活動は、立香くんから聞いていた。というか全冊くれて、どれも面白くその日のうちに一気読みしてしまうほどだった。あれ、そういえば。
「立香くんは?」
「あら、呼んで欲しい?」
視線は原稿に向けたまま、手も休まず動かして面倒そうにジャンヌが答えた。
「いや別にそんなことないし」
「何その返事、小学生?」
ぐぅ。咄嗟に出てしまった子供っぽい言葉に自分でも恥ずかしくなったので、大人しく黙ることにした。
黙々と作業が続く空間で、氷の入った麦茶がカランと音をたてた。それに気づいてふと顔を上げると、もう3時間ほどたっている。集中していると時間が過ぎるのが早い。ぐっと腕を上げて伸びをして「ん〜」と声を出していると、俺の顔を覗き込んでいた立香くんと目が合い、固まる。
「あ、気づいた」
「どぅあえっ」
「どぅあえて」
驚きすぎて新種のポケモンの鳴き声みたいなのが喉から飛び出てしまった。いつの間にか部屋にいた立香くんは、「へー」と俺の仕上げた原稿を見ている。
「名前さん上手ですね。器用だからかな、やっぱこういうの得意そうですね」
「どうも…」
恥ずかしくてジャンヌの方に視線を送ると、「別に来ないとは言ってないわよ私」という念がこもった視線を頂けた。それでもじっとり睨みつけていると、ジャンヌはやれやれといった顔で筆を置く。
「そろそろ切り上げて休憩しましょ。別に今回は売上1位じゃなくても閉じ込められたりしないんだし」
ふぁーあ、と大きな欠伸をしてそう言うと、本当に休憩時間にしたらしい。まったりとテレビを見始めた。慣れた手つきで配信サイトのアニメを再生し始める。すっかりオタクになっていた。
「あの…立香くんも手伝い?」
「いや、うーん…それが、原稿は手伝わなくていいらしいんだけど」
じゃあなんで呼ばれたんだ?ジャンヌの方に答えを求めて目線を送っても、「そのまま話してなさい」と一蹴されてしまった。
話していろと言われても。なんだそれはと思いつつ、久しぶりにこんな近くで話すので少々照れくさい。また少し背が伸びているような気がするのは気のせいだろうか。
「手、疲れてませんか?こことか、ペンだこできるでしょ」
「あ、えっと」
そう言って俺の手を取ると、中指を心地いい力でマッサージされる。うわ気持ちいい。そして凄くむず痒い。
「ここね、リラックスするツボなんだって。あとここ、目の疲れ」
「んー…」
立香くんの指がグリグリとツボを刺激する。言われた通りに効いてるかは分からないが、たしかに気持ちいい。そして立香くんの体温はなんだか温かく、それがまた心地よかった。
「……えっと、それでここが緊張とか、不安とかに効くところです」
「ん…」
痛くない絶妙な指圧。指先を押されたり、爪を撫でたりするのはいいんだけど、立香くんの指が指の間を行き来する肌の感触はゾクゾクしてしまう。なんとか耐えたくて顔を背けてしまった。気持ちいいけど、ちょっと触り方が、あの、あれ。
「…あの、名前さん、どうですか?」
俺の小指を捕まえて、立香くんが聞いてくる。そりゃ気持ちいいか良くないかって言われれば…。
「……気持ちいいけど…」
「え、け、けど?」
捕まえられていた手を引いて少し身を引いた。言いづらいけどなんて言うかちょっと、触り方があの。
「なんか…やらしい」
「…………」
「い、一回部屋戻る…」
空を彷徨う手もそのままに固まってしまった立香くんを置いて自室へ逃げることにした。なんか凄い変な空気にしてしまった気がする。いやでもあれは立香くんの触り方が悪いし!悪いよね!?悪くあれ!
いそいそと部屋を出ても、ジャンヌも立香くんも追っては来なかった。原稿はまだ終わってないから戻ってくるけど、ちょっと。いやかなり戻りづらい。助けて誰か。マーリンとかでもいいから。
「今のいいわね。ラストのページそれにするわ、ありがとうドスケベマスター」
「ちがっ……くはないけど!本当にマッサージだったから!」
「いーわよ別に。ネタにできるし。ていうかそれが目的で呼んだから」
「ぐぬぬ…」
「いいでしょ、アタシはネタが出来てハッピー、マスターは名前とイチャつけてハッピー、アタシは名前が原稿を手伝ってくれてダブルハッピー」
「あれ、おかしいな。ハッピーが割り振られてない人がいる」
「名前はセクハラ受けただけね」
「マッサージ!マッサージだってば!」
「はいはい、戻ってこなかったら困るから、呼んできてよね」
「………腰とかもマッサージできるんだけど、ダメかな」
「ダメ」
「………はい」