月に1回開催のカルデア推しサーヴァント大会に票を入れて、スタッフルームを後にした。中ではまだ議論が白熱していて、ロリコンの友人が萌える情熱を語り明かしている。果たしてそれは明かしてよかったのかは甚だ疑問なのだが、俺たちスタッフにも久々に、普通の休暇ができたのだ。大きなレイシフト作戦がさきほど無事、藤丸くんのおかげで終了した。後処理も終えたスタッフは全員、漏れなく浮かれ気味だ。かくいう俺も、久々に気分が軽い。この世界を救う作戦は、綱渡りながらもなんとか進んでいる。
無機質なカルデアの白い廊下を歩きながら、思いっきり腕を広げて伸びをした。体がバキバキだ。この施設に来る前よりも、痩せたと思う。痩せたというよりは、痩けたという方が正しい気もするけど。
ぼーっと廊下を歩いているけど、どこに行こうかとかは全く考えていなかった。ただ人の多いところが苦手でそそくさと出てきただけなので、徹夜明けの気の抜けた頭のまま、あてもなく静かなカルデアを歩く。寒くも暑くもない。ぬるくも湿っても、乾燥してもいない。適正、適温を完璧な機械が管理している。快適だが、どこか無機質で、排他的だと思った。
しばらく、そのまま無心で廊下を歩いていた。カルデアは広い。何も考えずに歩き回れるほど。静かな場所を歩くのは好きだ。無心でいられるから。
いくつ目かの曲がり角を曲がると、そこには先程までのがらんどうな景色より、人影が1つ増えていた。
そのシルエットはこちらに向かって歩いてきているみたいだ。俺も彼に向かって歩いているので、その距離はどんどん縮まっていく。早まる心臓の音は聞こえることはないとは分かっていても、気づかれたくはないので(落ち着け、落ち着け)と自分に言い聞かせた。挨拶した方がいいのだろうか。会釈だけでも失礼じゃないだろうか。ごちゃごちゃ考えても、鉢合わせの時はもうすぐだ。一本道の廊下では逃げも隠れも出来そうにない。そもそも悪いことはしていないので、そんなことをする必要はないはずなのだが…。
くだらない事をもんもんと考えていれば、もう彼との距離は目と鼻の先だった。雪のように真っ白な髪と肌、華奢には見えるが、その身のこなしから優れた戦士であることはすぐに分かる。冷たく感じる切れ長の瞳は彼の胸にもはめ込まれている宝石のようだった。凛とした佇まい、この世のものとは思えないほど美しい英霊。施しの英雄、カルナ。彼は1枚の紙切れを手に持ち、会釈をしてさっさと通り抜けようとしていた俺の前で急に立ち止まり、真っ直ぐにこちらを見つめて、口を開いた。
「へいよーかるでらっくす」
「え、」
「…………?」
いや、小首を傾げられても困る。
「へいよーかるでらっくす」
トドメを刺すように、もう一度確認として繰り返されてしまった。
「……………………………へっ、いよー、…かる、で、らっくす……」
体中からかき集めた勇気を総動員してなんとか答えた。というかこれで答え方はあっているのか?その謎にラッパースタイルな挨拶への答えは。
「あぁ」
どうやら問題はなかったらしい。カルナは一度は不安げに下げた形のいい眉を元の位置に戻し微笑んだ。眩しい。
このまま見つめていると俺の顔は熟れたゴーヤのごとくはじけ飛んでしまいそうだったので、さっさと退散させて欲しい。のだが、カルナは何故か、メモを片手に立ち止まっている彼の右側を通り抜けようと踏み出た俺の方へ向き直る。
「えっと、あの」
「すまない、実は迷っている。道を教えてはくれないだろうか」
施しの英雄はまさかの迷子だった。
「これを買ってくるようにと命を受けている」
カルナから見せられたメモには、コロッケパン、焼きそばパン、メロンパン、コーヒー牛乳と書かれていた。施しの英雄はパシられていた。しかも不良高校のいじめられっ子が買わされるようなラインナップ。なんなんだこのメモの渡し主は。どこか見覚えのある字だが、気のせいだろうか。
メモをカルナに返し、俺は目頭を抑え溜息をついた。信じられないが、この英霊は本当におつかいに出かけて迷子だったらしい。こんな凄い英霊にこんなもん頼む奴はどうかしてる。一体どんな英霊なんだ。
「気分が優れないのか。引き止めてすまなかった、これは俺の問題だ。お前にもう用は無い」
「えっ、い、いや、待って!」
そう言って俺が来た方向に足を進めようとするカルナを、今度は俺が止めた。不思議そうな顔をして、カルナが振り返りこちらを見てくる。瞬間、目が合い顔が赤くなるのが自分でも分かったが、引き止めなければなるまい。だって購買、思いっきり反対方向だし…。
「購買はこっちだから…えっと…その、着いてきて、ください…」
方角だけ教えようとも思ったが、なんとなくそうすると、また迷子になるような予感がする。
そう言うと、カルナの顔がぱっと明るくなった。「そうか…そうか」と、染み込ませるようにじっくりと言葉を繰り返して、口元を綻ばせこちらに向き直る。
「ありがとう」
「ヴッ顔が良い」
その後、購買で無事メモ通りの買い物を果たしたカルナに、恐る恐るメモを渡してきた人物について尋ねた。次の日、俺はドクターの秘蔵のお菓子を彼の目の前でむしゃむしゃ食べてやった。うるせぇ!パンくらい自分で買いに行けアホ!