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今日は特に仕事がないので、ジュナオ達と散歩に行くことにした。家の鍵を鍵かけから外してポケットに適当に突っ込む。Tシャツ1枚だが、ちょうどいい気温だろう。
俺の横を"あま栗"と描かれたTシャツを着た灰ジュナオがトタトタと通って行く。玄関まで辿り着くと、ぴょんと跳ねてこの間買ったばかりの子供用サンダルにうまい具合に足をはめ込んだ。
脇に抱えられ、"栗きんとん"と描かれたTシャツを着ている白ジュナオにも一応サンダルを履かせる。浮いているので意味はないが、せっかく3つセットで買ったので履いてもらおう。
後ろの方で戸締りを確認し終えたジュナオが玄関前の戸を閉めてやってくる。正直誰がこんな人気のない所にやってくるんだという感じなので戸締りなどを気にしたことはなかったんだけど、真面目なジュナオはテレビかなにかで覚えたのか、きっちり家中を確認してくれる。
"栗ごはん"と描かれたTシャツのジュナオが、しゃがんでサンダルを足に入れる。家の周りに人気がないからいいものの、誰かにこのトリオを見られたらどう思われるのだろう。ハロウィンの予行練習かなんかだと思われそうだ。
「よし行くか」
「はい」
「開ける」
ジュナオは返事をして、灰ジュナオは玄関の戸を開ける。俺の脇に挟まれ浮いている白ジュナオは尻尾で俺の背をべしっと叩いた。

灰ジュナオが玄関を開けると、夏の終わりを感じる涼しい風がそよそよと肌に当たり気持ちが良かった。突き抜ける青空が眩しくて目を細める。流石に紅葉はまだだが、ついこの間まで青葉だった木々は少し元気を無くしているようにも見えた。
パタパタと1番に外に駆けて行った灰ジュナオがキョロキョロと辺りを見回す。どことなく警戒した動きなので「なんかいんのか?」と尋ねると「魔物の群れが来ないか警戒している」とよく分からん返答をされた。魔物はいないだろうが熊とかは冗談でもなく出るかもしれないので注意する必要はあるけど。
うろちょろする灰ジュナオとは反対に俺の横にピタッとくっついてジュナオは歩いている。が、顔は同じようにキョロキョロと景色を忙しなく眺めていた。
外に出したのは3回目くらいだ。といっても出会って最初の方なので、あの頃はまだみんなバラバラと動き回り家の前辺りで早々と引き返したのだが(白ジュナオがまず天高く登っていくので諦めた)今は俺から一定の距離以上は離れなくなってくれたので安心して少しばかり散策できそうだ。脇に挟んでいるこの子は少し見ていなきゃいけないけど。
ピチピチと鳥のさえずりがコダマする、申し訳程度に整えられた雑木林の道を歩く。相変わらず灰ジュナオは少し前を歩いてうろちょろしているが、時折こっちを伺いながら距離を縮めたりしていた。こうしてみると、ただの好奇心旺盛な小学生くらいの子供に見える。(角と尻尾はおいといて)いつだか俺が室内に入り込んだセミに驚いて悲鳴をあげた時に、「邪悪」と一言呟いてセミと共に家の壁をぶち抜いたことなど忘れてしまいそうだ。
ジュナオは、俺の横でまだ絨毯には程遠いくらい少量の落ち葉を踏みつけながら足元をじっと見ている。つまらないのかと思ったが、ネコミミがチカチカと光って尻尾がゆらゆらと揺れているので、楽しんでいるのかもしれない。
「ほれクヌギだぞクヌギ」
「くぬぎ」
「ぐぎぎぎ」
白ジュナオの脇に手を挟んで持ち上げたら、思ったより重たくて徐々に腕が落ちてしまい悲しいことに地面に降ろしてしまった。俺が自分の貧弱さに落ち込んでいるとぺしっと肩を尻尾で叩かれた。最近よく叩かれるのだが、なんなのだろうか。
「浮いている」
「飛んでかないでくれよ?」
「了承」
そう言ってふわーっと浮くと、肩辺りに留まってくれた。俺が進むと同じペースで進む。あっすごいこれ…アレみたい…ポケモン…。
しばらく4人で林の道を歩く。陽射しが葉を照らして、影が風にのってゆらゆらと揺れている。なんの鳥かも知らない鳴き声は、近いのか遠いのかすらも分からなかった。
「やっぱり、私のいた所とは全く環境が違いますね」
ジュナオがいつの間にか、顔を上げて景色を見渡しそう口を開いた。
「そうだな、インドと日本なら全然違うだろ」
と返すと、ちょっと困った顔で「うーん、それとも少し違うのですが」と言った。
「インドの植物なら少し知ってるぞ」
「おや、なんでしょう」
首を傾げてこちらを見るジュナオに、記憶のどこかにある名前を掘り返す。
「トゥルシー…薬に使うやつ。黒いやつは確かクリシュナ・トゥルシーって言うよな」
何度か使ったことがある。薬の他に祭事にも使われる有名なインドの植物だ。
「あと有名なのは菩提樹とか?蓮も有名だよな。ブーゲンビリアとか、曼珠沙華とかかな」
インドの曼珠沙華は中国とか日本とかと違って、白いって聞いた事があったな。俺がぽつぽつと記憶から少しずつ情報を取り出していると、嬉しそうにジュナオがニコニコと笑った。
「マスター、よくご存知ですね。インドに行ったことがあるのですか?」
「1回しかないよ。あとはテレビとか本とかの知識だけ」
聞きかじった程度の知識でそう嬉しそうにされると恥ずかしい。そう言えばジュナオは「そんなことありませんよ」と言った。
「私の世界には、蓮が多かったですね。蓮華が咲き乱れていました。あとは、曼珠沙華…彼岸花とも言いますよね」
「そうか」
今更ジュナオがいた所が本来のアルジュナが暮らしたであろう世界とは違うことに気がついた。無神経だったかもしれない。だがジュナオは嬉しそうに笑っていた。
「川」
少し前を歩いていた灰ジュナオが振り返って左の林の方を指さしていた。確かに、耳を澄ますと微かに水音が聴こえる。指された方角に向かうと、穏やかな水流の小川を見つけた。周りにある岩肌に生えた苔が、涼しげに水滴を光らせている。いち早く駆け寄った灰ジュナオがぱちゃぱちゃとサンダルで水を蹴って、無表情ながらも楽しげに水面を覗いた。
それまで黙って浮いていた白ジュナオが、少し大きめの岩の方に移動して着陸した。何やら手を着いてジッと小川の流れを凝視している。
俺も好き勝手に遊び始めた2人に習って、足を小川につけてみる。足首あたりまでしかない水かさの透明な水面は、木漏れ日を浴びてキラキラと光った。その情景を見て、あの夢を思い出す。列車の窓が、地平線の果てまで続いているコバルトブルーの鏡面を映す映像と、隣に座る見慣れた顔の少し違う彼の事。
あれから数日経つが、アルジュナには会えていない。それどころか夢すら見ていない。でも何故か、そう遠くない先にまたあの夢でアルジュナに会えるような気がしている。
「冷たいですね」
俺の近くまで来たジュナオが尻尾をピンとたてて言った。その様子が水を嫌がる黒猫の様で面白い。
静かな森に水音が響く。暫く足をつけていたが、ジュナオの言う通り冷たくて近場の苔むした岩に座って足を休めることにした。座り込んだ俺の隣にジュナオが倣うように体育座りをする。

「考えてみたのですが、」
俺がぼけーっとそよめく木々を眺めていたら、ジュナオがそう言って口を開いた。
「祈ってしまったからだと思うんです」
「何を?」
「世界に居られることを」
ジュナオの方を見れば、俺と同じように木々を眺めていた。その無表情な横顔からは感情が読み取れない。
「どこでもいい、彼らの、正規の人類史でも、誰かの偽物の世界でも、ただまだもう少しだけ、居てみたかったのだと思います。せっかく、大事なことに気づけたと、思ったから」
「叶った?」
よく分からないが、気になったので聞いてみた。するとジュナオはきょとんとしてこちらを見た。
「え?」
「祈ったんだろ?叶ってんのか?」
そう聞き返せば、数秒固まって笑い出した。
「はい、私、もう運はさほど良くない筈なのですけど、叶ったみたいです」
頭をワシワシと撫でて、そろそろ帰ろうと立ち上がれば「はい」と返事をしたジュナオも立ち上がった。灰ジュナオに帰るぞと声をかければ、びちょびちょのTシャツで駆け寄ってくる。
「君ね…」
「?」
何が悪いのか分からずに首を捻る灰ジュナオの頭もジュナオと同じように触れば、目を細めて大人しく撫でられていた。
「白ジュナ」
オ、と言おうとした所で、激しい水しぶきと衝撃音が響き渡る。俺が突然の出来事にフリーズしていると、目の前の岩に、天から魚が降ってきた。
ビターンッと叩きつけられたアユは、そのままピチピチと数回跳ねて絶命。驚いて白ジュナオの方を見る。
「…………」
しっぽの方を持って、ズイッと無言でこちらに差し出されたアユを受け取った。
「おお…すげぇな…ありがとう…」
コクリと頷かれる。もしかして、ずっと狙っていたのだろうか?
「「ムッ」」
途端に声を揃えて残りのジュナオズが対抗心を顕に顔色を変えた。なんだか知らんがまずい気がする。
「ちょっと待て、採るにしても1人1匹くら「マスター!見ていてください、私だってあれくらい出来ますよ!」「この流域全ての魚影を捕らえる事も可能「壊れる!生態系が壊れる!」

結局、白熱したアユ採り合戦は俺が諦めて令呪を使いかけるまで続いた。その日はアユの塩焼きを何匹か食べて、正直とても美味しかったのだが、冷凍庫にはまだ大量のアユたちが眠っている。いっそ冬眠準備の熊たちに差し入れしてやりたい。冷凍庫を開けては、そう思わずにはいられないのだった。