8
いよいよ寒くなってきた。お湯を沸かしてマグカップにココアの粉末を入れておく。窓の外は曇り。寒々しい色の木々が北風に揺れている。
沸騰したお湯をマグカップに注ぎながら、スプーンでダマが無くなるまでかき混ぜて、ココアを4つ作った。トレーに乗せて、リビングへ向かう。
リビングでは仲良く同じTシャツを着た3人組がテレビの前で尻尾を同じ向きに揃えて座っていた。夢中で画面を見つめているので何を見ているのかと覗き込めば、『地球の大自然、圧巻の氷河!』と副題のついたドキュメンタリーを白熱して見ていた。邪魔するのも悪いので、後ろのコタツに潜り込んでコップを置く。自分の分を1口すすれば、冷えた体がぽかぽかしてくる。
突き出た氷河が崩れ落ちる映像に釘付けになっている彼らを頬杖をついて眺めてみた。背骨からつづいている尻尾と、頭に生えた角が、改めて彼らが人ではないことを証明していた。だからといってどうという事でもないのだけど。
俺の知っているサーヴァントという存在の知識は、実はさほど無い。聖杯戦争というものがあるのも知っているし、それが過去に幾度かあったのも知っている。2000年代でそんなものが起きた記録はない。たしか、1930年の聖杯戦争で完全廃止になったはずなんだけど…。
だから、英霊召喚という物自体がおとぎ話というか、過去の遺産のような物なので、こうして彼らが俺の契約サーヴァントになっているのは不思議な事だ。戦う相手もいなければ、守るべき何かもないのだから。
ぼーっと思考しつつ、小柄な3つの背中を眺めていたら、いつの間にか番組が終わっていた。3人がくるりと振り返る。
「マスター!氷河とは凄いのですね!」
「すごい」
ジュナオと灰ジュナオが瞳を輝かせて言った。うんうん、凄いよなーと相槌をうてば、置かれているカップに気づいたのかいそいそとコタツに潜り込んできた。白ジュナオはとっくにココアを飲んでいる。
「氷河に、いちごのシロップをかけると、すごく、大きな、かき氷になる…」
何か言ってる。俺もココアを飲んで、一息ついた。さっきまで考えていたことが頭から抜けていく。まぁいいよね、別に困ってることとか無いし。
「あんなに寒くて厳しい場所でも、生きている動物もいるのですね」
「北極グマ、えらい」
「はい、えらいです、北極グマ…」
2人がほわほわと会話しているのを横目に、ニュース番組に切り替わるテレビを見ていた。明日の天気も曇り。寒い日が続くでしょう。そう言ったお天気お姉さんが、寒空の下で中継をしていた。寒そう。お疲れ様です。
ニュースが今日の事件に切り替わる。政治家の汚職事件とか、芸能人のゴシップとか、2035年の火星移住計画とかの進捗を別に何を思うでもなく見ていたら、ぐいっと袖を引っ張られた。
「どうした?」
「かき氷」
「凍死するわ。今日は鍋な」
白ジュナオにそう言えば、「なべ」と反芻していた。ジュナオが「わぁ」と喜ぶ。
「私、鍋好きです。暖かいですし、色んな具材が眺められるのも面白いです」
そうそう、あと楽だしな。とは言わずにそっか、と返事をした。最近のことだけど、ジュナオは少しだけ好きの主張をするようになった。これが好きです、あれが好きです、と遠慮がちに申告してくるのを褒めまくった甲斐があったかもしれない。
「コタツはユガに必要」
灰ジュナオはよく分からないがそう言ってコタツに潜った。コイツが1番コタツ患者かもしれない。押し入れから出した数日前からへばりついている。
思い思いにまったりしている子供たちを見て、何故か夢で出会ったアルジュナのことを思い出した。
彼も、こんなふうに過ごせているのだろうか。いや話によるとあちらは大変みたいなのだからそうはいかないと思うけれど、なんと言うか、落ち着いた時間を過ごせている時はあるのかな、と思った。車窓から海を眺めていた横顔は、疲れているとかそういうのではないと思うのだけど、どこか安心したような、あの少し寂しい静かな場所に安堵しているような感じがしたから。
まぁ次会った時に話せばいいか。予定があるかも分からないのにそう考えることにして、今日の夕飯の準備をする事にした。当たり前のようにジュナオが後ろからついてくる。
「ありがとう」
「?。はい」
そう言えば手伝ってくれる事が当たり前になりすぎて、お礼をしてなかったなと思いそうジュナオに言えば、一瞬不思議そうにした後、ぱっと笑顔になった。満足してキッチンへ向かい直すと、両腕が突然重くなる。灰ジュナオと白ジュナオが腕にくっつく風船人形の如くしがみついている。浮いてくれてるのは分かるが普通に重い。
「なんですかね」
「ずるい」「ずるい」
ステレオで抗議してくる2人にしがみつかれたまま、腕を揺する。重い。
「重いんですけどー」
「ずるい」「ずるい」
はいはいと頷きながら鍋の具材を考えて歩いた。もうあのアユなんとかしたいしぶち込んでいいかな。豆腐があるか心配しつつ、2人の声をBGMにキッチンへ向かう俺達を、ジュナオは楽しそうに見ていた。