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「お久しぶりです、名前」
目を覚ますなり、隣からアルジュナの声が聞こえた。夢の中なのに目を覚ますというのも変な話だけど。
「アルジュナ…」
「またお会い出来ましたね」
そう言って少し柔らかく笑った。そういえば、前回の別れ際、そんなような事を言った気がする。
目覚めた場所は、またあの列車の中だった。車窓から見えるコバルトブルーの海も変わりない。暖かい陽射しが列車の中を包んでいた。
「うん。よかった。あー、元気だった?」
「はい。色々ありましたけど」
色々、というのはやっぱりそちらの世界で起きていることだろう。聞いていいのか分からず、口ごもる。
「大丈夫ですよ。今のところは」
気にしてくれたのだろう、ぼかしつつ答えてくれた。そうか、と言って窓の外に視線を移す。
「そちらの私…ええと、私たち、と言うべきなのでしょうか。…迷惑をかけてはいませんか?」
「まさか。毎日助かってるし、居てくれて楽しいよ。この間なんかさ、」
ジュナオたちとの出来事を、アルジュナに話す。こんな事があったと話をする度に、これも、これもと口から溢れ出てきて止まらない。一緒に料理をした時のこと、散歩に出かけた時のこと、皆で掃除をした時のこと。俺が話している間、アルジュナは相槌だけ打って静かに、穏やかな顔で聞いていた。
「安心しました、大人しくしているみたいですね。…私ではありますが、彼は神として生きた私ですから、困らせているのではと心配でしたので」
その言葉を聞いて、そういえば、と以前ジュナオが言っていた言葉を思い出す。

「正確にはアルジュナそのものではなく、限りなく神であろうとした、その末路。アルジュナが取れたであろう選択の可能性のひとつ。アルジュナ、オルタナティブ。もといアルジュナオルタ。…の、霊器解放段階を、別個体に分けられた状態の幼体。それが我々です」

彼ら、本当に神様だったのか。あまりにも距離が近くてそういった意識がなかったし、なんならジュナオのその言葉も忘れていたぐらいだ。
俺が今更だけどジュナオたちの存在に衝撃を受けていると、アルジュナが窓の外を見つめながら口を開いた。
「彼らと契約したのが、貴方でよかった」
「俺の方こそ、君でよかったよ」
ビックリした顔のアルジュナが俺を見た。何か変な事を言っただろうか。
「…えっと、私ではあるのですが、彼らは彼らなので、その、私ではないと…」
「あ、そうだよな。うん」
そりゃそうだ。自分でも変な答え方をしてしまった。言いたいことはあってるんだけど、言い方が悪かったみたいだ。
「君が君だから、彼らが生まれたんだろ。詳しくは知らないけどさ、君がいなきゃ、ジュナオたちとも会えなかったんだ、俺。だから、ジュナオが君で、こうして君にも会えて、よかったってこと………なんかよく分かんないよな、ごめん」
話してる途中で、ポカンとしているアルジュナを見ていたら、自分でも何を言っているのか分からなくなってきて語気が弱くなってしまった。
気まずくなってまた視線を車窓の方に移すと、いつの間にか日が傾いている。そろそろ現実の俺が目を覚ますのかもしれない。
またお別れか、次はいつになるだろうかと考えていると、アルジュナが「あの、」と声をかけてきた。
「次も、きっと会えると信じています。その時は、…また、彼らとの話を、聞かせてくださいませんか」
もうほとんど陽は落ちて表情が見えなかった。それでも俺はアルジュナの方を見つめて言った。
「もちろん。じゃあ、また」
「はい、名前、また」
目の前が完全に暗闇に包まれた。僅かに見えていた輪郭も闇に溶けて消えていき、耳に残ったアルジュナの声だけが響いて、そこで意識が途絶えた。


「おはようございます、マスター。今日は少し寝坊ですね」
「怠惰」
テーブルに朝食の用意をしてくれているジュナオがそう言うと、続けて俺の頭にのしかかりながら白ジュナオが尻尾で背中を軽く叩きながら言った。ごめんごめんと謝りながらキッチンへ向かう。
「マスター、おそい」
「おーごめんな…………ふ、お前、ふふ、牛乳飲んだろ」
キッチンへ行くと灰ジュナオが口の周りに白い跡をつけて待っていた。手伝うために居てくれたんだろうけど、俺を待つのに飽きて牛乳を飲んだんだろう。
「マスター…なぜ?マスターも、千里眼をもっている…?」
「そうそう、持ってる持ってる」
白いヒゲをつけたままはてなマークを浮かべる灰ジュナオの口を笑いながらティッシュで拭く。あぁ、アルジュナ、もう話したいことが出来たよ。
次もまたきっと話は尽きないから、その日を楽しみにしながら、またこの日常を過ごすとしようか。