こつん、と足に何かが当たった。手に持っていた本を戸棚に置いて、拾い上げる。古びた硝子の小瓶のようだ。栓の部分まで硝子でできている。
まだこんなガラクタがあったのか。地下の書庫は色々あって今の今まで他と比べて整理が行き届いていなかったが、きちんと床掃除もしたと思っていたのにどうやら完全ではなかったらしい。
光に透かしてみるとやや青みがかった色をしているのがわかるが、中に入っているドス黒い液体がなんなのか分からないので捨てることにした。
ひとまず上着のポケットに入れて後で捨てておこうと、書庫の整理を再開する。コツコツやっているのだが、なかなか終わらない。
そして案の定、小瓶の存在を忘れてその日は眠りについてしまった。
「なんでしょう、これ」
洗濯機に入れようとしたマスターの上着のポケットから、小瓶が出てきた。薄荷色の小瓶に黒い液体が入っている。
後でマスターに返そう。そう思ってどこかに置こうとしたが、忘れてしまいそうなことは今やっておいた方がいいと判断し、居間でふよふよと浮いている自分の分身に声をかけた。
「白い私、おつかいをお願いします」
「ん」
くるりと宙返りしてなんだと待ち構える彼に、はい、と小瓶を見せた。
「マスターのです。すみませんが渡しておいてください」
「わかった」
「私が持っていく」
手渡そうとした時、ぴょこりともう1人がやってきてそう言った。別にどちらでもいいですよ、と言おうとしたが、2人はムッとして睨み合ってしまった。
「あの、じゃあ2人で持って行ったらどうですか?」
小瓶を渡すのに2人もいらないが、まぁ喧嘩をするよりはいいだろうと提案した。コクリと両者が頷いたので、改めて小瓶を差し出す。二人が同時に手を触れた。
その瞬間、眩い光が彼らを包んだ。
「…ん?」
なんか今、下で物凄い魔力の放出みたいなのを感じたんだけど、なんだ?
読んでいた本を閉じて、椅子から立ち上がった。ジュナオ達に何かあったか、それかジュナオ達が何かをしたか。
大体は後者の方が多いので、それほど慌てず下に向かおうと居室のドアノブに手をかけようとした。しかし掴もうとした自分より先に、誰かが向こう側でノブを掴んで扉を開ける方が早かったようだ。
「マスター!!!!」
「おーどうしたジュ、」
飛び込んできた黒髪の少年に声をかけようとしたが、その姿を見てフリーズする。
「マスター!マ、マスター!マスター!!」
当人も相当混乱している。少し宙に浮いて、わたわたと手を動かし必死にマスターと呼んで助けを求めていた。
「え、あれ?ジュナオ?だよな?」
「ひゃい…」
噛んでる。相当焦っているようで、いつもより大きな尻尾をへたらせていた。
「…なんか、デカくね?」
飛び込んできた彼は、少年と呼ぶには少し無理がある。これはそう、青年と呼ぶべき姿だろう。ジュナオがそのまま成長したような姿だ。
「なんか、大きくなってしまいました…元に戻ったと言うべきなのか、その…」
オロオロと必死にこちらに説明をしようとしているが、ひとまず落ち着いてもらうべきだろう。
「大丈夫だよ、白ジュナオと灰ジュナオは?」
「あの、それが、その」
そう言って、ちら、と扉の外に視線を向けた。まさか。追うように視線を向けると、長い耳がドア越しに4本見える。
「………おお」
みんな、なんかデカくね?そう突っ込まずにはいられなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「ねむい」
ソファに座って向かい合い、沈黙が流れる。約一名マイペースに目をこすっているが、その姿はいつもとやはり違っていた。
「あの、マスター。これ…」
テーブルに置かれた小瓶をみる。あっと声を上げた。
「昨日の小瓶じゃん。うわ、忘れてた。ジュナオが見つけてくれたんだな」
「はい。その、実はこれをみんなで触ったら、こうなったというか…」
小瓶を手に取って近くで見てみる。特にこれといって変わったことはないが、中身の黒い液体が、ほんの少し減っている気もする。
「うーん、なんだろ。調べてみるかな」
「は、はい」
大きくなってもジュナオは変わらず、両膝にしっかり手を乗せて背筋を伸ばし行儀よく座っていた。美形だなぁと改めて眺める。美少年って成長しても綺麗なんだな。当たり前だけど。
隣に座る灰ジュナオは体育座りだった。小さい姿でよくしていたからだけど、体が大きいと窮屈そうだ。見つめていたら目が合って、こてっと頭を傾げた。
白ジュナオはソファのへりに頭を乗せて足を灰ジュナオの体育座りでできた隙間に入れて寝ていた。いや寝るな。自由か。
「うーんなんというか」
なんというか。ソファにいつものように集まってくれたジュナオたちを見つめる。
「圧がすごいな!」
「すみません…」
別に責めたつもりは無かったのだが、ジュナオが申し訳なさそうに目を閉じて謝った。いいよ、と言ってとりあえず瓶を手に立ち上がる。
「まずは中身を調べよう。何が起こるか分からないから、一緒にいてくれ」
「はい!」
ジュナオがソファから降りて隣へ並んだ。デカくね?思わず見上げると、なにやら嬉しそうに「おぉ」と声を出した。
「マスター、失礼ですが、可愛いですね」
くるくる周りを回るジュナオは嬉しそうに笑っている。目線の事を言ってるのかもしれないけど、でも君普段飛ばないだけでいつでもその高さで見れるんじゃないかな。
そう言うとジュナオは「違います、全然違いますよ」と言っていた。わからん。
ふと隣から気配を感じて振り向く。大きい灰ジュナオがじっとこっちを見下ろしていた。ジュナオと違う灰がかった肌の色と上半身の紋様が、さらに際立ってますます人離れしている。
おお…と思わず数歩後ずさると、ムッとした顔で腕を引っ張られた。
「なぜ離れる」
「圧がすごくて」
そのままさらにムーッとしてしまった。そういう所は全然変わらない。
ともかく瓶を調べなければ。気を取り直して、自室へ向かおうと足を進めると、ドサッと何かが重くのしかかってきてバランスを崩した。
「おわっ」
倒れそうになったが、ジュナオが胸で受け止めて灰ジュナオが体を支えてくれた。大きな胸板としっかりした腕に我が子の成長を感じる。ちょっとしすぎだけど。
後ろを見ると案の定大きくなった白ジュナオがのしかかっていた。眠そうにうとうとしている目と視線が合うと、ぱちぱちと瞬きをした。
「ん」
「んじゃないかな。重いよ浮いて」
「………」
「寝ないで」
仕方ないので引きずって行くことにした。半分浮いてくれてはいるので動けないことも無い。でも他の2人もぴったり両脇についているので、なんて言うか狭い。いつも通りのポジションの筈なのに、図体のせいで物凄く狭い。
「なんとしても戻さないと…」
そう呟くと、ジュナオが悲しそうな顔をした。
「やっぱり、嫌、ですか?」
「いや、そうじゃなくて」
俺は今一番心配なことを告白した。
「食費がやべぇ」