「聖杯?」
『そうだよ、お前あんなの普通に送ってくんなよな。ビビったぞマジで』
「なんで聖杯があんな液体なんだ?」
『知らねーよ。あと厳密に言うと聖杯そのものじゃなくて、聖杯から生まれたって感じかな。純粋な魔力の塊に近いね』
「はぁ。じゃあ何?これ、固めれば聖杯になるのか?」
『無理だろ。粉末になったガラスなんてどうやっても元の位置には戻せねーよ。つーか聖杯じゃないって今言ったろ』
「なんかじーさんの屋敷に落っこちてたんだけど…」
『お前のじーさん、やべー事やってたんじゃねーの?それ以外にもあるだろ、絶対』
「捨てたかもしれん」
『はぁ?』
「ガラクタだらけだったんだよ、ここ。ゴミ屋敷っていうの?だから、片っ端から捨てちゃったんだよ」
『お前な、やっと見つかった血の繋がった親族だったんだろ…』
「あー、うん」
『ほんっと適当だな…分かったよ、こっちもなんか調べてみるから、分かったら連絡するからな』
「うん、ありがとう」
先日送った例の黒い液体を調べてくれた友人からの電話だった。それからしばらく近況を話して、適当に雑談した後通話を切ってスマホをコタツのテーブルに置いた。コタツ、これはすごい。もう出れない。俺がコタツの魔力に囚われていると、隣でコタツの布団がもぞもぞと動き出した。
「ぷは」
白ジュナオが角をぴょこんと出して飛び出てきた。そのままずりずり這いずって、俺の膝の上にぐでっと横たわり寝る体勢に入りだす。
「ちょっと白くん」
「ぐう」
「寝ちゃったかー」
なら仕方ないね。と頭を撫でて自分もテーブルに突っ伏す。あー、暖かい。眠い。心地よすぎる。
「ねむ…」
瞼の重みに耐えきれず、視界が暗くなると同時に心地のいい睡魔がやってきた。コタツで寝ると風邪ひくって聞いたなぁと思うも、そんな少しの逡巡も睡魔に手を引かれていってしまい、俺は眠りについてしまった。
「はっ…寝ちゃってた…」
何時だ?とスマホの画面をタップすると、時刻は12時。朝の9時頃電話をしていたので、うわ、3時間もうたた寝してしまった。
膝を見ると腰に抱きついて白ジュナオはまだ寝ていた。このままだと脱出できないので、そっと腕を外す。うわ強、力つっよ。
「いや…」
「もう起きるぞ、ほら、お前も」
「拒否…」
「だめ〜」
仕方がないので抱っこして持ち上げコタツから脱出した。消えた温もりが寂しくなって、一瞬戻ろうかと考えてしまったが、なんとか振り切ってその場を離れた。コタツがあると入りたくなってしまう。今視界に入れてはいけない…。
寒いのでコタツの温もりが残っている白ジュナオをカイロ代わりにして2階に上がる。メールを確認して、何件か依頼を終わらせなくちゃ。
自室のドアを開けると、小さな一人用ソファに猫のように灰ジュナオが丸くなっていた。俺の上着がくちゃくちゃにされて何枚か下敷きになっている。
寒そうだったので、ストーブをつけて毛布を敷いき、クッションを置いた上に白いのと一緒に寝直させた。上からまた毛布をかけると、もぞもぞと体勢を直して2人は頭をくっつけて寝た。かわいい。写真撮ろ。
それから暫くパソコンと睨めっこしていると、カチャリとドアの開く音がして振り返る。ジュナオがてこてことおぼんにコーヒーを乗せてやってきた。
机の上にカップを置くジュナオにお礼を言って、「何してたんだ?」と聞くと「洗濯物と、お皿洗いと、お掃除と、あと地下の本を読んでました」と、お利口すぎる返事が帰ってきた。いい子すぎる。俺が寝こけてたばっかりに、色々とやらせてしまったみたいだ。
ちょいちょいと手招きして小首を傾げながら近づいてきたジュナオの手を引き、2人がぬくぬくと丸まっている間に座らせた。察したジュナオが「大丈夫です」と言う前に、毛布でくるんで「寝なさーーい」と転がしたら、照れ笑いながらそっと横になってくれた。かわいい。写真撮ろ。
カチカチとマウスのクリック音だけが鳴る暖かい部屋で、それからまた暫く作業を続けた。
「…ん?」
なんだろう、メールボックスに、見慣れないアドレスから何か添付されて送られてきている。差出人の欄には、意味の無いアルファベットの羅列が並んでいた。イタズラか、と思ったが、このアドレスは仕事用のなのであまり漏洩するとは考えられない。メールを開くと、本文はなかった。ファイルのみのようだ。ウイルスではありませんように、と添付されたファイルをダウンロードし、開けてみることにした。
「音声ファイル…?」
不気味すぎる。怖いのとか結構無理なんだよな。チラ、と後ろを見ると、すよすよとジュナオズが丸まって寝ていた。よし、かわいい。開けるか。
俺は意を決して、カチ、と再生ボタンを押した。
『聖杯を終わらせなくてはいけない。』
『かの儀式は人理には到底手に負えないものである。』
『にも関わらず、これまで幾度も行われてきてしまった聖杯を巡る戦いの結果は言うまでもないだろう。』
『我々が真に凍結すべきは、聖杯戦争ではない。聖杯そのものであると断言しよう。』
『しかし、それを成すためには、聖杯を忌む私自身が聖杯の力を借りなければいけないとは皮肉なことである。』
『願わくば、私の思想を共にする、恩威ある英霊を呼べるようにと願っている。』
『私は主のはしため、御言葉通りになりますように──』
それからは聖書の一部なのだろうか?男のしゃがれた声は祈るように用意されたような言葉を続けて、そこで音声は終わった。
いやなにこれ、こわー…。捨てとこ。ファイルをさっさとゴミ箱につっこんで綺麗さっぱりクラッシュさせて、ついでにメールも消しておいた。うんうん、スッキリしたし仕事も今日の分は終わったし、そろそろ夕飯でも作ろうかな。
椅子をくるりと反転させると、音で起きてしまったのだろうか、白ジュナオがぽかんとした顔で立っていた。どうした、と尋ねても、どこか心在らずの顔だ。
「……?いま…」
「音大きかったか?ごめんな」
「……………」
話しかけても、じっとパソコンの方を見つめている。しろ、と呼んで肩に手を置くと、ようやくこちらに気がついたように顔を向けた。
「どうしたんだ?」
「…?わからない」
本当に自分でも分かっていなさそうだ。寝ぼけているのだろうと判断して、他の2人も揺すって起こした。むにゃむにゃと目をこすり起き出したのを確認して、「夕飯つくるぞ」と声をかけ下に向かった。
不気味なメールだったな。一応、友人にもこの事を話しておこう。ぺたぺた鳴る複数の足音を後ろに聞きながら、俺はキッチンへと向かった。