「ふふ、あははっ」
声を出してアルジュナが笑うから驚いた。目を狭め肩を上下に揺すり笑う彼を見ていたら目が合った。んんっ、と大げさに咳払いをして、アルジュナは表情を元に戻す。
「別にいいのに」
「いえ、その…。…それで、白いのはどうしたんですか?」
「うん、結局つけ髭気に入ったみたいで、しばらくつけてたよ。1週間くらい?」
「はは」
今日はまたよく笑うな。なんだか釣られてこちらも笑ってしまう。
「楽しそうですね」
「うん、楽しいよ。アルジュナも来れればいいのにな」
言った後で、ハッと我に返る。彼の世界は今それどころじゃないのだ。軽率なことを言ってしまった。
「ごめん」
「謝らないでください。気持ちは受け取りましたよ」
アルジュナの瞳は車窓から見える波の様に穏やかだ。ふいにアルジュナが座席のシートに手をついて後ろの窓の方を覗いた。少し彼との距離が近くなる。
「どうした?」
「綺麗な景色です。こちらからの方がよく見えるので」
俺もアルジュナにならって後ろ側の窓を覗くことにした。地平線まで見える青の世界。波ひとつない静かな海。
しばらくそうして2人して無言で景色を眺めていた。俺が夢なのにこんなにハッキリと過ぎていく時間を感じることができるなんて不思議だなぁとぼんやり考えていると、隣でアルジュナがぽつりと呟いた。
「どうしてでしょうね」
心の声でも聞こえたのか?と返事をしようとしたら、続けてアルジュナは呟いた。
「貴方の傍は、穏やかで、好きです」
思っていたことと違っていたが、何かとても嬉しいことを言われている気がする。その言葉にぽかんと惚けたまま、海を眺めているアルジュナの横顔を見つめていると「あ」と声を出してアルジュナがこちらを見た。
「………」
もしかして、照れているのだろうか。気まずそうに視線を逸らして彼はシートに座り直した。
「…アルジュナ?」
「なんでしょうか」
こちらを見てくれないまま、スンとした態度で返事をされた。なんて分かりやすく可愛い態度をするだろうか。声を抑えて笑っていると、「ちょっと」とやや怒り気味で言われた。
「言うつもりはなかったんです、ただ無意識に出てきてしまって、…あ」
なんかさらに墓穴を掘って自爆している。思わず口を手で押えた彼に耐えきれなくなって、声を出して笑った。
「あははは、かわいーアルジュナ、俺も、俺も好きー」
「なっ…!からかわないでください、……笑いすぎです!ちょっと!名前!」
「あはは無理、嬉しくて笑っちゃう、あはははっアルジュナ〜!」
「なんで頭を撫でるんですか…」
そんな事をしている内に、また外の景色が移り変わってきてしまっていた。夕日でオレンジ色になった電車内で、アルジュナが落ち着きを取り戻しこちらを向いた。
「またお別れですね」
「寂しいね、またねのハグとかしていい?」
もちろん怒られると思って言ったのだが、アルジュナは驚いた顔をした後、「まぁ、」と言って顔を逸らした。
「貴方がどうしても、と仰るのなら」
これには流石に驚きすぎて固まってしまった。そんな俺を見たアルジュナが、ムッとした表情をして「貴方が言ったんじゃないですか!」と怒った。照れながら怒れるなんて器用だな。
もう日は落ちる寸前だ。俺はアルジュナの右手を取ってしっかりと握った。暗くて見えないが、アルジュナがこちらを見ている気がする。なるべく目を見つめているつもりで俺は話した。
「またな。俺も、なんでか分からないけど、君といる時間が好きだよ」
もう声は聞こえないけど、彼の口が少し動いているように見える。なんとなく、「ありがとう」と言っていたような気がした。
彼の夢から戻ってきて、やっぱりあれは失言だったなとため息をついた。自室でぼんやりと彼とのやり取りを思い出し、あの穏やかな空間の余韻に浸る。どうして柄にもなく、自分を晒すような態度を彼には取ってしまうのだろうか。
迷いはもうない。自分の中の黒とは、もうマスターのおかげで乗り越えることができた。それは間違いない。それでも、まだ己の感情のままにあろうとするのは、少し難しい。
彼に対してそうなれるのは、彼が自分のマスターでもなんでもない、違う世界で違う自分と契約しているただの1人の人間だからだろうか。それとも、彼のこちらに無理に踏み込んでくることの無い、心地よい距離感を保ってくれる持ち前の性格からなのだろうか。
「……」
最後に握られた右手を見つめる。微かにじんわりと温かさを感じて、アルジュナは目を閉じた。