14
マスターの意識が覚醒したのを確認。迅速に接近し頭部を近づけ、今朝のバイタルチェックを行う。健康。
「近いなオイ。よしよし」
頭を撫でられる。暖かい。しかしすぐに手が離れる。不足。
「しろー尻尾でぶつなー」
今日も、問題なし。


何か、違和感がある。マスターが仕事をしているあいだ、屋敷を回る。
不純物のない清潔な廊下。物の溢れていないタンス。足元の見える物置部屋。地下への階段。
「………?」
違和感がある。己は、なぜこの屋敷の状態が"違っている"と感じるのか。
地下へと降りる。書本で埋め尽くされた部屋に、ぽつりと残る召喚陣の痕跡を確認した。
「………」
その中心に立ち、目を閉じる。マスターに出会った日。埃の舞う部屋で、自身の片割れ2人と目が合った瞬間。あの中で、自分だけが感じた"懐かしい"という感情は何だ?
「……分からない」
思考をすると、やたらと眠い。もはや休息が必要なほど、この世界で己は何を成すべきでもないというのに。
「…分からない…」
目を閉じる。答えは出ない。だが、片付けの行き届いていないこの部屋の匂いは、何故かまだ"それ"を強く感じさせるのだった。




「こんな所にいた」
夕方になっても、いつも俺の傍で浮かんでる白ジュナオがいないから探し回っていれば、地下の書庫で膝を抱え浮かんで目を閉じていた。こんな寒いところで何も寝んでもいいだろう。
「しろ、上行くぞ」
声をかければ、ぱちぱちと目を開けて、俺の方を凝視した。首を傾げて、「マスター?」と何故か不思議そうにしている。
「姿が見えなくて心配したぞ。ほら、おいで」
手を差し伸べると、しばらくその手を見つめた後、ゆっくり自身の手を伸ばし掴まってくれた。その手を引っ張り、前を歩く。
振り返って顔を見ると、まだ少しぼんやりしていた。英霊は睡眠や食事を人間のように必要としないが、ジュナオたちは割と睡眠はしっかり取っているような気がする。これは俺の勝手な考察なのだが、もしかしたら俺と彼らの召喚コストが魔力的な意味で見合っていないからなのかもしれない。彼らは睡眠で足りない分を補っている、のかも。
「だとしたら、お前たちも夢を見るのかな」
「…夢、は、みない…」
むにゃ、と寝ぼけつつ返事が返ってきた。そうか、と返してふと気づいた。そう言えば俺、夢でアルジュナと話していることをジュナオ達に伝えてないな。
だけどまぁ、アレが本当にアルジュナと出会えているのか、俺の勝手な夢物語なのかは判断がつかないところだ。夢の中では確かに、温もりも吐息も感じられるほどの現実味があるのだが、目が覚めるとどうにも自信が無い。それが夢なのだけど。
「マスター」
「ん?」
呼ばれたので振り返る。白ジュナオはようやく目が覚めたのか、幼子の大きく吸い込まれそうな瞳で俺を見上げていた。
「私が、やるべき事は?」
やっぱりまだ寝ぼけてるようだ。前後の脈絡が死んでる。まぁ、この子の場合は結構いつもなのだけど。
んー、と考えて、また手を引き歩き出す。しろのやるべき事、やるべき事ね。
「俺と一緒にいてくれる事かな」
本当のところ、こんなあやふやな召喚で、彼らがいつまで俺と過ごしてくれるかなど神のみぞ知る、という所なのだ。ある日突然、蜘蛛の糸が途切れてしまうみたいに、ぷつり、と俺と彼らの繋がりが消えてしまったとしてもおかしくはない。
せめてその時は、さよならとありがとうは伝えたいものだ。たくさんたくさん抱きしめて、俺と出会ってくれて、俺なんかのところに来てくれて、ありがとうって、
「マスター、」
「あれ」
頬に白ジュナオの指が触れた。何かを拭ってくれているみたいだ。いや、何かもなにも、俺は今泣いているようだった。
「わ、やばいな、止まんないぞこれ」
ぽろぽろと流れ出る涙が抑えられない。めったに泣かないので、止め方がイマイチ分からん。どうしよこれ、と放心していると、白ジュナオは両の手で目元を抑えてきた。
「……どうすれば」
困っている。一生懸命溢れ出る俺の涙を手で蓋しようとしていた。困惑しつつ、泣いている俺をじっと見つめている。
「はは、ごめん、なんか俺もよく分かんない…」
「バイタル、問題なし。身体に異常なし。分からない、痛い?」
「痛い…いや、痛くはないんだけど…」
あぁそうか、この感覚は、久々に感じたものだ。両親がいなくなってしまったあの日の事を思い出してしまった。
「寂しい、かな」
「寂しい」
俺の言葉を反芻した白ジュナオが、未だに両手を俺の目元に当てながら「寂しい…」と呟いた。
ぐい、と突然、今まで俺が先導していたのが逆になり、白ジュナオが俺の手を引っ張り上の階段を登り始めた。俺はまだ少しぽろぽろと零れる涙を床に落としながらついて行くしかない。
ぐいぐいと引っ張られながらリビングに向かっている。戸を開けると、灰ジュナオとジュナオが今朝渡した魔術書を仲良く肩を寄せて読んでいた。戸の開く音に反応して2人が同時にこちらを見ると、大きな瞳をさらに大きくした。
「マスターが、寂しくて泣いている」
白ジュナオが説明してくれるが、やめて、確かにそうなんだけど、ちょっと簡潔すぎない?もっとこう色んなモノが溢れてですね?と言いたかったが、それを聞いた2人がものすごい速さで俺を取り囲んだ。
「あわ、あわわわわわ」
「なぜ?どうして?」
ジュナオが珍しく大慌てで目をまわし、灰ジュナオは疑問を口にしながら周りをぐるぐる回っている。白ジュナオは手を離さずにこちらを見上げていた。
「ごめん、ちょっと今だけだと思うから…大丈夫大丈夫」
少し落ち着いてきたのでそう言っても、彼らは変わらず慌てふためいている。大変なことになってしまった。
「寂しい、ですか?マスター、私たちはここにいます」
「うん、そうなんだけど、」
手を握ってくれたジュナオの手を握り返す。でもそうしたら、さっきの妄想がフラッシュバックしてしまった。いつかこうして、触れ合うことも出来なくなってしまうのだろうか。
「…ぅう、」
「マ、マスター!?」
今日はどうしたんだろうか。まるで、ジュナオ達と同じ年齢に戻ったみたいだ。小さい子のように泣きわめいてしまいたい。行かないでくれと縋ってみたい。いや、それは流石に恥ずかしい。
「ちょっとみんな抱きしめさせて…ちょっとでいいから…」
「はい!」
「ん」
「…」
みんな、ビックリするくらいすんなり受け入れてくれる。同じ背丈の3人を同時にぎゅっと抱きしめた。あったかい。
ふと頭に何かが触れた。手だ。3人が俺の頭を撫でている。
「うぅ…ちいさ…あったか…いきてる…」
ようやく収まってきた。はぁ、とため息をついてみんなを離す。が、しがみつかれて離れなかった。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
そう言えば、ゆっくりとみんなが離れた。心配そうに顔を覗き込まれる。
「どうしたのですか?寂しい、寂しい…?」
「寂しい…?」
「寂しい…」
そう何回も言われるとすごく恥ずかしいんですけど!でも事実なので何も言えない。君たちがいなくなった時の事を考えただけで泣いてしまったとか言ったら本当に困らせてしまうだろう。
でも、俺マスターだもんな。ちょっとくらいサーヴァントにワガママ言ったっていいよな?なんて考えが出てくるくらいには、今日の俺はダメダメだった。
「令呪を持って…は冗談だけど、命じます」
いや、そんなにみんなして神妙な顔つきにならなくてもいいのだけど。あー、と恥ずかしくなって顔を逸らし、呟いた。
「さよならの時まで、傍にいてね」
いつか、はいつなのだろう。そんなのわかりっこないのだけど。今は少しでも、君たちとの繋がりが無くなってしまわないよう、祈るばかりだ。



「あのね……」
「マスター、いますよ!」
「入る」
「大丈夫だから!ありがとうねみんな!でもお風呂もトイレも1人で大丈夫だからね!」
すごい過保護になられた。ちょっと、うん、話し合いが必要かな!