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「悠長なことだな」
いつも通り、夢でアルジュナと出会うものだと思っていのだが。なにやら様子がおかしい。いつも俺の隣に座っていたアルジュナは、何故か向かい側の座席に座り脚を組んでこちらを呆れたように見ていた。
おかしいと言えば、列車の外の様子もおかしい。いつもは暖かい陽の光に包まれている海が、すっかり暗い夜の海へと変わっていた。ほの暗く照らしているのは、月明かりなのだろう。
「アルジュナもお前も随分と暢気すぎる。…まぁ、もともとアルジュナは抜けている所があるが」
アルジュナがアルジュナをなにやら客観的に語っていた。…いや、彼は果たしてアルジュナなのだろうか?顔も声も、全て同じ。しかし口調や仕草がかけ離れていた。
「それにしても、まだ俺の出番があったとはな」
頬杖をついて怪訝そうにこちらを見ている。俺はそろそろ何か言った方がいいのだろうかとソワソワしていた。
「疑問はないのか?何故異聞帯の存在であるアルジュナ・オルタを召喚できたのか。何故お前の見る夢とアルジュナは繋がっているのか」
そう言われると困ってしまう。疑問、が無い、は嘘だ。だけど、それに対する俺の返答は明確だ。
「その理由にあまり興味が無いから、考えてなかった」
そう答えれば、アルジュナ?はあっけに取られた顔で目を丸くして固まった。
しばらく、夜の海を走る列車の滑走音と波の音だけが続いた。
「…呆れたな…」
はぁ、とため息をついてアルジュナ(仮)は目を閉じた。怒らせるのを通り越して呆れさせてしまった。実を言うと人にこういう顔をさせてしまうのは得意だ。胸を張れる事ではない。
アルジュナ(仮)はまた少し黙り込んだ後、やれやれと言った感じで口を開いた。
「ここは厳密に言えばお前の夢ではない。ましてやアルジュナの夢でもない」
突然の話だ。きょとんとする俺に一切構わずアルジュナ(仮)はこちらを見ることも無くしゃべり続ける。
「なら、残るは1人しかいない。…3人か?いや、1人か」
アルジュナ(仮)は踵で床を数回叩く。
「厳密に言えば、というだけで、この列車や外観に限って言えば、ここはお前の作った空間だ。アルジュナ・オルタにはたとえ夢という空間であっても、自己を具体化させることは難しい」
今度は後ろ手に自身の背後にある列車の窓ガラスをコンコンと叩いた。
「この列車がお前なら、あの海はアルジュナ・オルタの意識だ」
そして、と言って、彼は自身の心臓辺りを指さした。
「ここに呼ばれるアルジュナは、アルジュナ・オルタの核だった者として、お前から意識を防衛するために無意識的に呼ばれている」
月明かりは意外と明るい。アルジュナ(仮)の姿は灯りのない車内でもハッキリと目視できる。どうやら話終えたらしいアルジュナ(仮)は組んでいた脚を解いておもむろに立ち上がりこちらへ歩き出した。
「立て」
言われるがまま立ち上がった。彼は俺の首根っこを引っつかむと、ツカツカと列車のドアへと向かう。
そして取手の凹みに手をかけると、いとも簡単にガラッとドアはスライドした。
「開いたのそこ!?!?」
「開けようとしなかった物が開くわけが無いだろう」
思ったよりも滑走音は静かだ。元より徐行運転だったからか、やけにちゃぷちゃぷという波の音の方が大きく聞こえてくる。
海の底は暗く何も見えない。見つめていると心臓がうるさく早鐘を打った。怖い、と思った。
「別れを思い涙を零すくらいなら、少しは知ろうとしたらどうだ?無関心も度が過ぎれば拒絶と変わらない」
アルジュナ(仮)の言葉が耳に痛い。反論できずにいると、なんの予備動作も無くいきなり、ポイ、と車外へ放り投げられた。
「えっちょっ」
「溺れる前には引き上げてやる」
言動は冷たい。だけど、その表情は確かに、穏やかなアルジュナのものだった。
「触れるだけが愛でもないが、触れないだけが愛でもないのだろうよ」
伸ばした手は掬われることなく、ドボンと体は海の底へと沈んだ。







「何か叶うとしたら、君は何を願うかね」




マスターの言葉に首を傾げた。その言葉の意味が理解できない。今しがた、その可能性の全てとも言えるモノの機能を終わらせたばかりだと言うのに。
するとマスターは見透かしたように目を細める。彼は瞳だけは若々しく青年の様な目をした老人だった。
「叶う事が分かりきっている祈りなど願いではないよ。私が言いたいのは、叶わないだろうが叶えたい願いのことだ」
ますます理解し難い。いや、意味は理解した。だがその価値が分からない。そして、自分には祈るべき対象も無かった。
そう伝えれば、マスターは「なら」と空を指さした。
「あの惑星にでも祈るといい」
己の知る異聞帯でも、あのようなモノは認識していない。彼が指さす惑星、あれこそ、この世界が異なる場所であるという事を主張していた。
私は、あれに神がいるのかと問う。
「あの惑星に神?いないよ、ただの星だ。いると主張する輩も確かに存在するが…」
マスターは敬虔なカトリックであるにも関わらず、神の存在を否定するような言葉を常日頃から使う。幾度となくその矛盾を追求したが、遂にその心理を知ることは無かった。
祈る神がいないのなら、祈る者がいないのなら、どうすればいい。その言葉に緩く首を振り、マスターは笑う。…いや、マスターはいつも笑っていたのだが。
「"ない"から祈れ。その祈りは、君だけの物だ」

私は、神であった。民は神に祈り、赦しを乞い、膝をつき、こうべを垂れ、全てを託した。

私は、今でも神であった。祈る民などいないが、赦しを求める声もないが、託された命などとうに消えたが。

空の半分を有するその惑星に、目を閉じ、祈る。
私は。私の、願いとは。

意味の無い行為だった。
無駄だと指をさされ笑われるような行為だった。呆れられ投げ出され見向きもされないような、そんな、くだらない行為。
「では、私も祈ろう。共に戦ってくれた君へ、君の願いが叶うようにと」
役目を果たした身体が還る寸前、なるほど、と頷いた。

そうか、これが。

彼らの言う、祈り、だったのか。