17
長編映画のような夢を見て、目覚めたら6時間経っていた。
額から流れる汗を拭ってベッドから降りる。顔を洗いたい。水も飲みたい。
階段を降りて急いで洗面所へ向かい鏡を覗くと、汗だと思っていたものが涙だった事にようやく気がついた。蛇口をひねり勢いよく出る水を掬い顔にかける。
頭が痛い。夢の映像がズキズキと痛む度にフラッシュバックする。知らない少年と知らない少女の瞳が焼き付いて離れてくれなかった。
「マスター」
ハッとして振り返ると、3人が心配そうに入口付近に立っていた。…いや、よく見たらジュナオと灰ジュナオしかいない。
「大丈夫、大丈夫」
「そうは見えません」
「もう少しで大丈夫になる予定だから大丈夫」
自分でも何を言ってるか分からないが、とにかく安心させたくてめちゃくちゃを言った。あぁ、胃のものがせり上がりそう。
脳みそにジェットコースター100周分の記憶をねじ込まれたみたいだ。アルジュナ・オルタの記憶。彼が神になるまでの軌跡。きっと全てでは無かった。断片的なモノローグはコマ撮りされた映画のフィルムみたいで、継ぎ足し、切り取られ、かき集めるようにしてできた映像。
血がどうとかかんとかって話じゃない。とにかく人として入れられる頭の容量を越えていて、酔いのような感覚が気持ち悪い。
「は、うぅ、」
なんだよアルジュナ(仮)、溺れる前には引き上げてくれるって言ったじゃん!もうダメ死ぬわって所でようやく感じた誰かの手の温度はもしかしたら彼の手だったのかもしれないが、ほぼ溺れてたぞ。9割溺れてた。よってアウトですね。
次会った時はめちゃめちゃに文句を言ってやろう、そう決心していたら頬に手が当てられた。
ジュナオはその幼い手で、慈しむように俺の目元をなぞった。
「何を見たのですか」
答えられなかった。答えていいのかも分からなかった。だけど、勝手に彼の記憶を見ておいて「何も」とは言えない、そう思った。
「契約したサーヴァントの、生前の記憶を夢に見る事は、珍しい事、ではない」
灰ジュナオの言葉に、そうかと答えた。どうやらバレているらしい。
「マスター、怖かったですか」
ふと気づいた。ジュナオの手が、ほんの僅かに震えている。自分のことでいっぱいいっぱいだった俺は、ようやく2人の顔をしっかり見ることができた。そして、なんて愚かなんだと自分をぶん殴りたくなった。
怖かったか、なんて俺を心配する前に、自分の顔を見て欲しい。君たちの方がよっぽど怯えたような顔をしているのに。
「違う、怖い…とかじゃ、……全く怖くなかったって言ったら嘘だけどさ」
膝をついて、強ばった顔の2人を抱き寄せ頭を撫でる。せめて、嘘偽りなく話したかった。
「怖くても大丈夫。君の事が好きだから」
そう言うと、今度はジュナオ達の方から力強く抱きしめ返された。しっぽまで絡まってくる。ちょっと痛い。
「マスター」
マスター、と何度も呼ばれる。伏せていた顔を上げると、2人の顔が間近に見えた。どこか物欲しそうな、不思議な表情をしている。
「マスター」
近い、2人してグイグイと近づいてくる。思わず仰け反ってしまうが、構わずジュナオと灰ジュナオは顔を近づけてきた。
「えっと……2人とも?」
「マスター…」
もう口が触れてしまうんじゃないか、という程の距離になったその時、俺と密着していた2人の隙間を縫って、何かがにょきっと生えてきた。
「……」
白ジュナオだった。ジュナオと灰ジュナオの方を向いて、いきなりぬっと現れた彼は何も言わずただ俺の手を握った。いやシュールすぎる。
思わず皆して固まる。俺と2人の間に挟まれた白ジュナオも棒立ちである。なんか言って?
「…マスターが、冷える。二度寝を、提案する…」
やっと喋ったと思ったら寝ようときた、たぶん自分が眠くなっただけだ。
「いや、もう寝るのはちょっと」
「…なぜ頬をつねる」
見るとジュナオと灰ジュナオが、ムッとした顔で白ジュナオの両頬を片方ずつムニッとつまんでいた。そんなに力は入れてなさそうだが、白ジュナオも不思議そうに二人を見ていた。
「いえ、別に」
「いや、別に」
2人してそう言うが、不服そうに白ジュナオのほっぺをムニムニつまむ。というかお前も少しは抵抗しなさい。
「…よしっ」
切り替える、とはちょっと違うけど、シャキッとするため自分の頬を叩いた。その音に3人が俺の方を見る。
「お腹すいたな、ご飯にしよう」
はい、と返事をしてくれる。変わらない、たとえ今までよりもずっと、君のことを知ったとしても。元より俺は、君の事が大好きなのだから。
立ち上がって歩き出す。思ったよりも体は軽かった。
久しぶりに、玉子焼きにでも挑戦しようかな。