屋根から落ちた雫が、軒先に並べてあるバケツにぶつかってカンカンと音を鳴らしていた。じっとりした前髪をかきあげて窓を見ると、みんなで作った人数分のてるてる坊主が、扇風機の風に煽られてバラバラに動き回っている。
近場に咲いていた青い紫陽花を花瓶にさして飾ってみると、案外日本の梅雨も悪くないなんて思ったのは一瞬のことで、ベタついた空気と背中にじんわり滲むような気持ちの悪い汗がどうにもやっぱり不愉快だった。
「しぬぅ〜〜」
クーラーを入れているのに何故か梅雨が屋内に進撃して来ている。畳の床に突っ伏して行き倒れに徹していると、ぺたぺたと素足で近づいてくる音がして、倒れている俺の顔の目の前で止まった。
「しぬな」
しゃがみこんで俺の頭を抱え込んだ白ジュナオは、再び「しんだら…しぬ…」と呟いた。そらそうよ。
「うーん、なんか気分転換したい…さっぱりしたい…」
「…?」
「うーん…」
「…うーん」
「ありがとな、とりあえず一緒に唸ってくれて…」
「ん」
満足気に頷いた白ジュナオを撫でながら、重たい体をなんとか地面から離し起き上がった。なんにもやる気が起きない。窓ガラスには水滴が滴っていた。
『ー…ですからね、視界からも涼を取り入れるってことなんです。』
つけっぱなしのテレビから、なんとなくタイムリーな話題が流れる。どうやら今、観賞魚ブームらしい。絵の具を水に垂らしたみたいな尾びれの魚が、優美に水の中を泳いでいた。
「………魚かぁ」
「…さかな」
俺の呟きに、何かを感じ取ったのか白ジュナオがぱたぱたと玄関の方へ駆けて行った。その後ろ姿をボケっと見ていた俺だったが、その行先をなんとなく予測し、陥る事態を想定して、猛ダッシュで白ジュナオの跡を追った。
「いらないっっっっ!!!!違うから!!!!!食べるほうじゃない!!!!魚捕り禁止!!!!」
「危なかった。また冷凍庫が魚だらけになるとこだった」
「違った…」
「気持ちは嬉しいよ、ありがとな」
玄関を飛び出したら、思いのほか涼しかった。そう言えば、図鑑を片手に散歩に出かけた残りの2人はどうしているのだろうか。
「涼しいし、探してみようか」
「ん」
もう既に少し濡れてるけど、ビニール傘を開いて白ジュナオと手を繋いだ。大きめの傘に、俺と小さなジュナオはすっぽりと入れてしまう。俺が白ジュナオに追いつけたのは、彼が玄関先で黄色い長靴を履こうとしていたからだ。ぬかるんだ水溜まりを、白ジュナオは軽快に水を跳ねさせて踏み歩いた。
草木の濡れた匂いと、雨で濃くなった土の色。ふやけた草木を踏み敷いて、林の中を歩いた。時折自分たち以外に聞こえるパキッという枝の折れるような音は、雨のせいか、それとも小さな動物の音なのだろうか。
ジュナオたちはたまにこの林を散歩する。少し先の岩山に座って夕日を眺めていたこともあったし、アニメ映画をみんなで見た次の日には、大きな杉の木に登って星空を眺めていたこともあった。ただ必ず3人のうち誰かは俺の傍にいる。あまり気にしないで、みんなで遊びに行ってもいいのに。
「たぶん、この辺り」
ジュナオレーダーでも働いているのか、ツノをチカチカさせて白ジュナオがキョロキョロと辺りを見回した。俺も遠くを見渡して姿を探してみる。
「あ、いた」
木々の向こう、ちょうど昨日紫陽花をひと房持ち帰った場所だ。2人は小さな背中をこっちに向けて、しゃがみこんで何かをじっと見つめていた。
「何してんだ?」
「マスター、しーっ!逃げちゃいます」
「しーっ」
そろそろと足音をたてないようにゆっくりと近づく。2人の上から紫陽花の葉の隙間を覗き込むと、ちっさなアマガエルが、ちょうど雨粒を避けられる位置で目を細めていた。
「これでコンプリートです。この地域で見られるカエル、全制覇なんです」
「これがチェックリスト」
この子達、意外と地味な事をコツコツ楽しむな。見事に埋められた図鑑のチェックリストを見て、いつの間にか3人になっているアマガエルの観客をスマホで撮影した。小さい虫とか動物とか、本当に好きな子達だ。
写真フォルダを確認していたら、辺りが急に明るくなりだした。チカチカと水溜まりの反射で目が痛い。振り返って空を見上げると、つかの間なのかもしれないが、雨雲が綺麗さっぱり消えて太陽が覗いている。
「あっ!」
ジュナオたちの方を見ると、アマガエルは雨宿りの必要がなくなったのか紫陽花の葉の下から飛び出して、藪の中に跳ねて行った。彼も行くところがあるらしい。それとも、新しいどこかへ向かうのかもしれない。
「ん〜!よし!帰ってお風呂入るぞ!」
そして洗濯物を干して、花に水をやって、パスタでも作ろう。縁側でも雑巾がけしようか。
「虹出るかな」
「条件は揃ってるので、きっと出ますよ」
「かき氷、たべたい」
最後のはよく分からないが、3人は並んで家へと歩き始める。水鏡を畳んだビニール傘の石突きで突っついて揺らしながら、頭上の木々に雫を垂らされて俺たちは家路に着いた。