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蝉というのは「あ、鳴き出してるなぁ」と思う頃には1匹や2匹どころではなくて、ある朝窓を開けた瞬間から無数の合唱団になっているというのが面白いと思う。ミンミンミンミン今年もやってきたなと窓の外姿も見えない蝉に挨拶をして、みんなで植えた朝顔が綺麗に咲いているのを確認したらすぐに窓は閉めた。
椅子に座りっぱなしだった体を伸びをしてほぐし、ジュナオたちは何をしているのかと下の階を覗きに行く。この時間なら大抵ひなたぼっこか虫取りか、最近マイブームの長風呂とかだろう。
風呂なら茹でダコになる前に回収しないとと思いながら風呂を探したが誰もいない。なら外だなと気にせず冷蔵庫にアイスを取りに行くと、廊下を駆けて来る小さな足音がした。
「マスター、アイスください」
「灰ジュナくん走ると危ないですよ」
「ごめんなさい」
ぺこっと頭を下げて灰ジュナオが謝る。その頭を撫でてアイスを渡した。
「白は?」
「こっち」
服の袖を引っぱられて、口にソーダアイスを咥えたまま歩き出す。見た目からして暑そうだからと結ってあげたポニーテールを揺らしながら、灰ジュナオは地下の書庫に降りた。
もう終わったと言っていいほど書庫も片付いたと思ったのだが、やたらと隠し扉や変なギミックを搭載したあの部屋は製作者のしたり顔が想像できそうなほどよくわからない物が多くて迂闊に手がつけられない。危ないから入らない方がいいとジュナオ達にも言っているのだけど、白ジュナオだけはやたらと出入りしたがる。別に入りたいなら構わないのだが、何が気に入っているのだろうか。
「マスター」
「お前またここにいたの…えーっと、なにしてんの?」
書庫に着くと、案の定白ジュナオが部屋の中央にいた。ピシッと背筋を伸ばして、組んだ脚の上に手を置いている。修行してる人みたいだ。
「坐禅」
「ざ、ざぜん」
渋すぎる。確か日本の…瞑想みたいなものだっただろうか?横を見ると『今日から始める和の心〜禅(ZEN)〜』という本が開かれていた。この通り妙なハウトゥー本もかなりあるので、爺さんは勉強熱心か、それともかなりのミーハーだったのだと思う。
「…面白い?」
「吾が心、秋月に似たり…」
「入ってますね…」
しかし視線は灰ジュナオの食べているアイスに向けられていた。見つめられている灰ジュナオは一切気にせずシャクシャクとアイスを頬張っている。多分今は白ジュナオより彼の方が無に近いだろう。
「ジュナオは?」
「こっち」
今度は踵を返して階段を上がりだした灰ジュナオに続くと、背後からトタトタと追いかけてくる足音がする。
「あれ、いいのか?」
「平常心是道…」
なんかよく分からないがいいらしい。途中で白ジュナオにもアイスを渡して、灰ジュナオを追いかけ玄関を出る。
「外か」
「近い。もう来る」
やっぱりジュナオセンサーがあるのか、灰ジュナオがそう言うとパタパタと足音をがして本当にジュナオが駆けてやって来る。その肩には先日欲しがっていたので買ってあげた小さな虫かごが下げられていて、なにやら中に何かが入れられているようだ。
「マスター!」
「おかえり、何持ってんの」
「カブトムシ!」
手には立派なツノの大きなオスのカブトムシを掲げ、緑の蓋の虫かごにも2匹入れられているようだ。わんぱく小僧みたいになってる。
「カブトムシ」
2人がジュナオを囲み興味深そうに捕らえられた昆虫をみまわしている。夏なんだなぁと思いながら、探し回ったのだろう、ジュナオのほっぺたについた土を指で取った。
「お風呂入ろうか」
「はい!」
「虫、どうする?」
「虫相撲したら、逃がします」
「虫相撲」
なるほど。多分前にやったゲームの影響なのかもしれない。ワクワクした顔で虫かごを覗く横顔には、反対側にも土がついていた。
「夏休みには、自由研究があるって聞いた」
唐突に灰ジュナオが思い出したように呟く。テレビの情報だろうか。
「自由研究…」
「自由研究、してみたい」
それは自由なので是非してもらって構わないけど、どうやら俺に考えて欲しいらしい。じっとつぶらな瞳に見上げられて、それじゃあと適当に冗談を言ってみた。
「露天風呂でも作ってくれよ。お風呂好きだろ」
なんつって、と付け足そうとした瞬間、全員がバッと顔を上げた。全員目が虫を見ていた時よりキラキラしている。
「任せてください!!!」
「建築の本ある」
「可能」
「え、ちょ、あの」
どう考えても実行に移される流れだ。というかできんの?いや、できそうだなこの子達。
「マスターからの自由研究、がんばりましょう!」
「「おー」」
ジュナオの号令に拳を上げて団結している3人を眺めながら、楽しそうだしまぁいっか、と額の汗を拭った。