肌寒い。朝起きて窓を開けると、冷たい風が頬を撫でつける。いつの間にか使わなくなったエアコンは、あと少ししたら暖房として酷使され始めるのだろうか。
相変わらず特に大きな変化もなく、小さな英霊との生活は慎ましく続いている。何かを揺るがすような事件も、怯えるような前兆もなく。あれ以来めっきり夢も見ていない。少しアルジュナが心配だった。
食べ終わった食器を洗いに戻し、3人はそれぞれ思い思いに動き出した。白はテレビをぼんやり見ているし、灰ジュナはソファで本を読んでいる。
ジュナオがとてとてと俺の横にやって来て、ネコ科みたいなまんまるの黒目でそっとこちらを見上げていた。
「ん?」
「お手伝いすることはありますか?」
仕事を手伝いたいらしい。んー、何かあったな。
「…あ、そうだ」
思い出した。少し必要な素材があるから、外を歩こうと思っていたんだった。
「ちょっと外行こうか」
「はい」
素材を入れる大きめのリュックを背負って、風が冷たいのでウインドブレーカーを羽織った。俺は密かにアマゾネスドットコムで注文していた子供用のウインドブレーカーを手に取る。
「ジュナオ、これ着て」
「?、はい」
小さな手を袖から出して、いそいそとジュナオは白を基調とした青いラインのウインドブレーカーを着てくれた。
「マスター、どうですか?」
「よし」
よし。俺のセンス、めちゃくちゃいい。若干大きめで着られてる感もあるが、まぁそれはそれで良いということにしておこう。
玄関を開けてジュナオが後に出てきたのを確認してから戸を閉める。白も灰もいるし、お隣は数キロ先だし、鍵なんて本当はあってもなくてもいいんだけど。
でかい手作り露天風呂の横を通り過ぎ、ちょっとずつ出来てきた小さな温室を横目に森の小道に入っていく。
少し葉の色が黄味がかってきている。地面に落ちている葉の数はまだまだ疎らだが、そのうち土が見えなくなるくらい落ち葉で覆われる季節がやって来るのだろう。日差しはまだ少しあるが、肌を撫でる空気はどこか凛として冷たさを持っていた。
「マスター、手を繋いでいいですか?」
いいよ、と左手を差し出すと、ジュナオはそれに右手で掴まってニコニコと嬉しそうに腕を振りだした。しっぽがリズミカルにゆらゆらと揺れている。
しばらく歩くと、小川が流れる目的地の彼岸花の群生地に辿り着いた。赤と白の彼岸花が、辺り一面を覆い尽くすほど咲いている。なんだかちょっと地獄の入口のような光景だ。
「いっぱい咲いてるし、ちょっと多めにもらおう。俺は白いの採るから、ジュナオは赤いのを採ってくれ」
「はい」
葉のない真っ直ぐな茎を根元の辺りからハサミで刈り取る。彼岸花は花を咲かせる間、葉をつけない。花が枯れた後、葉がにょきにょきと生えてくる。不吉な意味合いに取られがちな花だが、球根や茎、花全体にアルカロイド系の毒があり、古くから畑を荒らすモグラやネズミを寄せ付けないようにと植えられてきた植物だ。確かに独特な花弁だが、俺はこの花が結構好きだ。
採った彼岸花を束ねて紐で括り、水を含ませた脱脂綿を当て根元を輪ゴムで巻き付ける。ビニールの袋に入れてリュックに差し込み、ジュナオも集め終わったかなと視線を巡らせると、両手に赤い彼岸花を抱えたジュナオが、ぼうっと花火のような赤と白の花弁に囲まれて立ちすくんでいた。
どこか遠いところを見ているような目で、自身を囲む花を眺めている。俺はその肩をそっと叩き、ジュナオ、と呼びかけた。
「…マスター。すみません、ぼうっとしていました」
「うん。花、貰うよ」
「はい」
抱え込んだ赤い彼岸花を受け取って、さっきと同じように処理してリュックに突っ込んだ。これで用事は終わりだ。あとは家に帰るだけ。
それでもどこか上の空なジュナオの右手を取って、「帰るよ、家に」と呼びかけると、ハッとした顔でジュナオは俺を見上げた。
「かえる…」
「そ、帰るよ」
今度は俺がジュナオの手を取ってゆらゆらと腕を揺すった。1歩進むと、ジュナオも同じく小さな歩幅で歩き出す。
「綺麗だね」
「…はい」
間はあったが、ジュナオは明るい表情で返事をした。それを視界に入れつつ、俺らは辺りの赤と白の飛び散るような花弁に見蕩れながら、帰り道を仲良く手を繋いで帰った。