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ジュナオがでっかくなってしまってはや3ヶ月。時おり家にちいさく響き渡っていた足音がなくなった分、自分と同じ質量のやや重たい足音がひとつ増えた。大きくなろうが小さくなろうが俺にとってジュナオがジュナオであることには変わりはない。ただ、背丈は生意気に俺より少し高く、体格も肉に無駄がなく細く見えるのにしっかりしている。随分と立派になって…。姪っ子が小学生から次会った時高校生になってたおじさんのような気持ちになってしまう。スマホのカメラロールにいるちび共が恋しい。あんなに小さかったのに…。
とはいえ実際にはそんな年月は過ぎておらず、彼らは年齢を重ねたわけではない。あの後、原因を2人であれこれ考えたわけだが、幾つかの考察止まりの仮定ができただけだった。

その1。もともと、彼らは召喚時から同一の霊基にも関わらず3人分の人格を持ち、幼い姿とそれに伴った精神で現界した。原因は未だ不明だが、そもそも英霊召喚自体、聖杯戦争が廃止された現代で不可能に近いものであり、おそらく聖杯だとおもわれる(それか同等の魔力を持ったもの)の力を借りての召喚だった為、単にエネルギー不足か、バグ、という可能性があった。現に、現段階でそれだとおもわれるガラス瓶の黒い液体に3人が触れた際、一時的ではあるがおそらく"本来の現界した姿"である3人の姿を見ることができた。結局あの時は3人の努力により魔力切れで元の姿に戻ったが。
今回、なんらかの要因で、そのバグないしエネルギー不足が解消された。それが1つ目の仮定だ。

その2。これは1と比べて俺の主観的観測が大きくなんとも言えない説なのだが、俺とアルジュナの"パス"がようやくうまく繋がったから、というものだ。
アルジュナ(オルタ)を召喚してからというものの、俺は何度か夢で彼と彼の中にいる者、そして別の世界のマスターとも会話をする事ができた。
マスターは夢で英霊の生前の記憶を見ることがあったというのは知っているが、俺は彼の記憶に辿り着くまでの過程をしっかり覚えている。今思えば自分を試されていたような気もするが、何はともあれ俺は彼の過去に辿り着いた。
きっかけといったらそれしか思いつかない。俺の生活は相変わらず緩やかだったし、派手な戦闘も抗争も無縁だったから。ただ彼らと日々を過ごすだけで幸せな時間だった。
そして英霊とマスターとの意識の共有、というのは分かるのだが、その英霊を共有しているマスターと、というのは、ありえるのだろうか?いや、本来なら決して無い事だというのは分かる。けど俺は立香くんに会ったし、言葉だって交わしたんだ。
俺と立香くん、どちらにその力があったのか、それともどちらにも要因はあったのかは知らないが、これも関わりがあることは間違いないだろう。

その3。以上の要因どちらとも関係はなく、俺たちの預かり知らぬところで、外的要因があったか。
これは一番考えたくはない説だが、俺たち以外の何者か、故意にしろ自然的な誘発であったにしろ、第三者による現象であるという可能性だ。
とはいってもここは田舎だし、近くに怪しげな人もいなけりゃ建物もない。ジュナオが大きくなった日にも、世界的にそれらしい報道もないし、可能性は無いとも言いきれないが、低いと思いたいものだ。

その4。ポケモンだったから。などなど。

まぁ考えても考えても仮説止まりで、答えは出なかった。それよりも、俺にとっては重要な事がまだあった。

3人いたジュナオたちは、消えてしまったのだろうか?

そもそもあの時俺の目の前いたジュナオの見た目は、3人の中で1番おにいさんのような立場にいた、黒髪で少年らしさの残る姿のジュナオだ。みんなのまとめ役をかっていたような子だったので、主人格として彼だけが残ったということなのか。
そう思い、姿の見えない2人を心配し狼狽える俺に、ジュナオは「あぁ」と言って手をポンと叩いた。

「ちゃんといますよ。霊基の段階を変えればいいのです。ホラ」
どういう原理なのか、そう言って次の瞬間には、ジュナオの姿は白髪の姿に変わっていた。そのボヤっとした瞳には既視感しかなく、俺が思わず彼の頬をつまんで引っ張ると、伸びた口の端から「些事」とだけ聞こえてきた。

つまり、消えてはいないが3人同時には出てこられないようだ。安心はしたが、寂しさも感じる。というかそれが一番悲しかった。ちいさな3人の為に買ったり貰ったりした子供用のサイズの服を畳みながらめそめそしていたら、ジュナオがオロオロと後ろで右往左往していた。それからしばらく考え込んでいる様子で、正座をしながらウーンウーンと唸り出す。
「あの時のような一時的に魔力量が膨大に増えた感覚ではないので、宝具を撃てばいいというわけには…しかし、こう、なにか魔力を抑えられるような物があれば…」
「あれば!?」
「宝具レベルの魔術道具になってしまいそうですが」
「探す!!!」
「え」
そういうのが得意な友人に心当たりがある。俺は聞くや否やパソコンにかじりつきすぐにメールを送った。
パチパチとキーボードを叩きつける俺の後ろに、ジュナオがちょこんと正座する。いや、もうちょこんととかいう擬音のサイズではないのだが。
「あの…マスター」
「ん?」
メールに要件を手短に書入れながら返事をする。すると不安そうな声で、ジュナオが遠慮がちに覗き込むように体を傾けた。
「その、すみません。私が勝手に大きくなってしまい…」
驚いて振り向くと、伏し目がちに肩を落としたジュナオが床を見つめながらちいさくなって萎縮していた。そういえば以前、この姿のジュナオたちを、怖いと言ってしまったことがある。もしかしなくても、気にしてしまっているらしい。完全に俺のせいだった。
「謝ることないよ。俺はジュナオがいてくれて嬉しいし、ほか2人も無事だったわけだし。あの時は驚きすぎてああ言っちゃったけど、俺はその姿のジュナオも大好きだよ」
「そ、そうですか」
目を見開き視線が少し前を向く。そして目線を逸らしながら、もう一度呟くようにジュナオは「そうですか」と繰り返した。頬が少し赤い。
「あの…それでも、やっぱり、小さくなれる物を探されるのですか?」
「探す。絶対探す」
「そ、そうですか」
小さくなってくれる物は絶対探す。絶対諦めない。なにがなんでも見つけ出す。
そんな俺の熱意にジュナオは若干引きつつも、一応は安心してくれたようだった。
すぐに返ってきた友人からのメールは、無茶言うなとあったが、できるだけ努力はする、とあった。十分だ。俺の方でも探してみると返信し、ぐっと背伸びをする。

色々あったが、本質的なところは何も変わらない。俺がいて、アルジュナもいる。それだけで十分なのだ。
な。と、勝手に1人で納得したまま正座しているジュナオに向き直り笑いかけた。意味は分からないまま、ジュナオもはてなマークを浮かべて微笑んでいる。
「解決…はしてないけど、ひとまず落ち着いたし、コーヒーでも飲むか」
「はい」
そう言って立ち上がりリビングに向かう。……………………ジュナオもその後ろをピッタリとついてくる。
振り向くと、いつも腰あたりにあった頭が、やや目線を上にしないと目さえ合わない。どうしたのかと不思議そうに振り返った俺を見る青年の顔がやたら近く感じる。
「……………」
「マスター、不思議な表情です。見たことのない顔をしています。それはどういったお気持ちなのでしょうか」
「そうですね、今まで感じたことのない気持ちです」
よほど変な顔をしているらしい。そんな顔にもなる。ならせてほしい。
「そうですか。またひとつ、マスターのことを知ることができました」
嬉しそうだ。まぁ、ジュナオが喜んでいるなら良しとしよう。

大きめのグラスを、もう1つ買った方がいいかもしれない。