青々とした葉が水を弾く。少し冷たい秋の風が、葉に残った水滴を揺らして地面に染み込ませた。
背中に生えた巨大な尾と頭のツノさえなければ、白いシャツを着たジュナオはエキゾチックな美青年にしか見えない。ただこうして庭の菜園に水をやっている姿でさえ、何かエモーショナルな映画のワンシーンに見えてくる。
ベンチに座りながらその姿を眺めている俺は、なかなかにのんびりと行き詰まっていた。
アルジュナを小さくする方法がまだ見つからないのである。
アテにしていた友人からの連絡はひと月経ってもまだ来ないし、当然ここにある文献を読み漁ってもヒントになるものはなかった。アルジュナ曰く、宝具級のモノ、というのがそんなに簡単に手に入る訳もなく、奔走虚しくなんの手がかりも得られれずにいる。
それはそれでまぁガッカリなのだが、まだ諦めたわけではないし、そもそも前述の通り、とてものんびり行き詰まっているだけだった。
何が困るでもなし、アルジュナはアルジュナだ。ただ俺がチビの頭を撫でたくて仕方がないというだけの問題である。
深呼吸に近いため息のような何かを吐き出しながら、チビの頃の頭の高さを思い出しエアーなでなでをしていると、ジュナオが何やらしゃがんで葉の一点を見つめているのが見えた。大きなしっぽが地面に着いてしまっている。
「何見てるんだ?」
「マスター」
ネコ科を思わせる瞳が、呼びかけた俺の方へ向けられた。隣に同じようにしゃがみ込めば、僅かにその口元が綻ぶ。
「イモムシです。葉を食べています」
「あらら」
視線の先にいたのは、ムシャムシャと美味しそうに絶賛食事中のイモムシだった。
「とても大きいです。たくさん食べたのでしょうね」
どことなく嬉しそうな声でジュナオが言う。一応俺らの家庭菜園なのだが、いいのだろうか。ほとんど水をやっているのはチビの頃からジュナオなので、美味しく食べてもらえる親心みたいなのがあるのかもしれない。
「美味しいんだろうな。まぁでも、ちょっと引越しして頂くか…」
半分くらい召し上がられてしまった葉を根元からプチっと取って、お食事中のイモムシを運搬させてもらう。随分高所に持ち上げられたというのに、イモムシくんは食い意地強くそんなの知らんとばかりにまだムシャムシャと食べまくっていた。図太い奴だ。
「ふふ、灰みたいですね」
そう言われて口いっぱいにおやつを詰め込む灰ジュナオの姿がぼんやり浮かんだ。
食事に夢中なイモムシを、適当な茂みに移してやる。なんとなくジュナオと並んで、そのままこのイモムシの動向を見つめた。割と大きめだった葉をペロッと平らげて、イモムシは次なるご飯を探し茂みをうにうにと歩き出す。
「攻撃しなかったんだな」
「?」
言葉が足りなかったらしい。なんの事か分からず首を傾げるジュナオに、からかい半分、思い出した記憶を話した。
「ほら、来たばっかりの頃。蝉が部屋に入ってきて、部屋の壁ぶち抜いたろ」
「あれは私ではありません。いえ、正確に言えば私ですが、私でなく灰色の方のがですね、」
やはり少し気恥しいのか、ジュナオにしては若干早口になり弁護を始める。思わず笑うと、じっとりとした目で睨まれてしまった。
「攻撃など、するわけがないです」
「どうかな?今のイモムシが100匹いるとしたら、菜園ごと吹き飛ばしたりしない?」
「え、それは………。マスター、意地悪な質問はやめてください」
怒られてしまった。というか否定はしないんだな…。
「冗談だよ。ちゃんと判断できて偉い偉い」
イモムシの方へ視線を戻すと、もう既に別の葉へターゲットを変えていた。早すぎる。こんなのが100匹いたらやっぱ吹き飛ばしてもらった方がいい気がしてきた。
「……あの」
「ん?」
呼ばれて振り返ると、何故だか戸惑ったような、途方に暮れた雨の日の捨て猫のような、そんな顔をしたジュナオがいる。
「どうした?」
「その、実は、この体になってから、ずっと気にしていたことがありまして」
おずおずと、ピンと立った角がへにゃりとへたり込む幻覚まで見えてきそうな態度だ。そんなになるほど、何が気がかりだったのだろうか。
「何?俺に出来ることなら何でもするけど」
「ほ、本当ですか」
何でも、っていうのは大袈裟だったかもしれないけど。というか、俺がジュナオに出来ることってすごい限られてるから、あまり期待はしないで欲しい。だが、当のジュナオはパッと顔を輝かせている。
「うん、まぁ、出来ることならな」
「そうですか。えぇ、大丈夫です。マスターなら簡単に出来ることですよ。むしろ、マスターにしか出来ません。マスター以外では、意味がありませんからね」
そこまで言われるとどう反応していいのか分からなくなるな。気恥ずかしくなって、「それで?」と本題を促す。
「えぇ、簡単なはずです。以前のように、頭を撫でて頂けたらと」
「あーなるほどねははは」
ははは……いやいやいや。
「それはちょっと」
「なぜです!?」
なぜですと言われても。
あからさまにショックを受けているジュナオには悪いが、その姿はどう見ても同年代に近いか、少し下くらいの歳だ。オマケに身長だって少し俺より高いし、体格もそれなりに良い。並んでいると恥ずかしくなってくる程だ。
そんな立派な男性を、以前のように「お〜よしよし」と撫で回すのは流石の俺でも何か違うような気がする。
というのをなんとかお伝えしたところ、
「そ、そんな」
雷にでも打たれたような反応だった。フラフラと後ずさり、無意識だろうか、地面から足が離れてふよふよと浮いて行ってしまっている。
「私が…大きくなってしまったばかりに…もう、マスターに撫でていただけない…?ただでさえ、同じベッドで、一緒に寝られていないというのに…」
それも丁重にお断りさせて頂いていたのだが、やはり相当ショックだったらしい。
「盲点でした…マスターと近しくなれた気もしていましたが…この体にそんな重大な欠落があろうとは…一刻も早く、あの姿に戻れる方法を見つけなくては…」
このまま放っておくと、宇宙まで飛んでいってしまいそうだ。なんとかギリギリ掴める位置のしっぽの先をひっ捕らえて、手網のようにこちらへ引っ張り込む。懐かしいなこれ。
「ジュナオー、おーい、戻ってこーい」
「………はっ」
ぶつぶつと呟きながら、どこか遠いところまで行ってしまっていたジュナオの意識を連れ戻す。数回頬を叩くと、ようやくこちらに戻ってきてくれたようだ。
「すみません…あまりの事に、動揺してしまい…」
「あー、うん、俺も悪かったし…。あの、じゃあさ、ちょっと頭下げてくれる?」
「?、はい」
言われた通り、素直にジュナオは形のいい頭を俺の目線に合わせて少し下げた。これで手を伸ばさなくても十分届く。
やっぱり少し迷ったが、ここまで落ち込まれては致し方ない。以前のようにはいかないが、遠慮がちにその艶やかな黒髪に手のひらを置いた。数回ポンポンと叩くと、クセのある黒髪も合わせて少し跳ねる。
「………」
手をどけると、ジュナオは顔を上げてぽかんとしていた。だがすぐに表情が明るくなり、ニコニコとご機嫌な様子に変わる。とりあえず一安心だ。これが多分俺の恥ずかしくない精一杯のレベルなので、満足して頂けないと困るが。
「ありがとうございます」
「いえ…」
どうにもチビと違ってやりにくい。もう室内へ戻ろうと呼びかけ歩き出す俺に、ジュナオも続いた。
「しかし、どうやってあの状態に戻りましょうか…霊基の段階を切り替える応用でなんとか…」
なんだかまだブツブツ言ってるけど…。