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友人からの待望のメールには、思わず前のめりになって画面に並ぶ文字を凝視してしまった。
何度も文章を反芻して読み、指でなぞりながら一行ずつ理解していく。最後の行を読み終わり、椅子に深く腰掛けて腕組みをする。どうしたものか。
うんうん唸っていると、床板が軋む音でジュナオが近づいて来ているのに気がついた。悩んだままの表情で顔を見ると、ジュナオは不思議そうに首を傾げている。
「例えばさ」
パソコンの電源を落とし、椅子の背もたれにもたれ掛かりながら仰け反ってジュナオの方を見る。大きな尻尾が一度揺れ、続きを待つようにピタリと止まった。
「その…お前の霊基を何とか出来るものが海外にあって…俺が直接取りに行く必要があるから… ここを離れて、行かなきゃいけないって言ったら…どうする?」
「海外…」
つまり、ジュナオを連れて遠出する、って事になるんだけど、幾つか危惧してる事がある。

まず、ここを離れてもジュナオは大丈夫なのか。
ジュナオはもしかしたら、ここだから限界できたサーヴァントなのかもしれないし、この土地に何かがあるから実体を保てているのかもしれない。それを無理にこの地から離してしまったら…どうなるのかなんて、考えたくもない。

もうひとつは、ジュナオを人目のつく場所に連れて行くということ。
そのハロウィンの仮装のような尖った耳と尻尾は隠すのは困難だし、万が一、他の魔術師に見つかった場合…どう考えても、いい方向にはならないのは明確だ。出来れば誰にも見つかりたくはない。

「日本ではない…違う土地、ですか」
やはり不安だろうか。しかし、ジュナオの表情は困っているでも悩んでいるでもなく、ただ単純に驚いているだけのようだ。
「マスターと…ここではない地を、旅をするということですね?」
「旅って言うほどの事でもないけど…まぁ、旅行ぐらいにはなるのかな。行先は決まってるんだ」
俺は思ったよりも、早い帰省にもなるんだけど。
「私は構いません」
想像していたより遥かに安易にジュナオは俺の提案を受け入れた。それどころかこころなしか、その目の奥がキラキラしているようにみえる。
「いや、でも、お前がここを離れたらどうなるのかも分からない訳だし…それに、その耳と尻尾を隠し通せると思えないんだ」
そう言うと、ジュナオはアーモンド型の目をきょとんと丸くさせた。
「此処を?それは大丈夫だと思います。マスターとのパスは確実に繋がっていますし、この地に何か特別な繋がりを私は感じません。…白は、実のところ何か知っているような風でもありましたが…。それと、私は霊体化も出来ますよ。必要とあれば、人目につかず移動することも可能です」
思ったよりも解決策をスラッと出されてしまった。なるほど、それなら、その点は心配はしなくても大丈夫そうだ。
「でも、見えないってことは俺にも見えないんだろ?せっかく旅行なのに、ジュナオと歩けないのは残念だな」
冗談で笑って言ったのだが、それを聞いてジュナオは尻尾を上に立て、真剣な表情で固まってしまった。
「そうです…それは、とても重要な事です!困りました…これは、とても困ったことですよ、マスター!」
「お、おう」
思ったよりも困らせてしまった。まぁでも、耳は帽子で隠せばいいとして…問題は尻尾だろうか?
「なるほど。むぅ…」
ジュナオが自らの尻尾を掴んで尾先を見つめている。尾てい骨の更に上から、しなやかに伸びる異形の尾は、服で到底隠せるものでは無いだろう。
「んん…」
ジュナオが悩みすぎて、尻尾を掴んだまま犬のおまわりみたいにその場でグルグル回りはじめている。その様子を見ながら、ふと思いつくというか、試してみようと適当な通販サイトを開く。
カテゴリを絞込み、検索欄にワードを打ち込む。すると、少ないながらも何着か画像が出てきた。
「これはなんですか?」
横からジュナオが覗き込んでパソコンの画面を見る。その仕草が何となく、犬猫のように思えた。
「んー、男性用のワンピース」
これなら、背後の違和感をそれほど感じさせないのではないだろうか。問題は、ジュナオがどう思うかなのだが。
「なるほど、承知しました」
あっさり承諾されてしまった。
「じゃあ、幾つか買おう」
「はい。………あ!今のページ、戻ってください」
「?、なんか気に入ったのがあったか?」
購入画面を進めていると、突然ジュナオが画面を指さしてストップをかけた。言われた通りにひとつページを戻ると、下に出ていた類似品の他商品の画像に指をスライドさせ、「これ…」と言っている。
「これか?いいぞ、買う買う」
「ええ、きっとマスターに似合うかと」
俺かい。
俺のものは買うつもりがなかったというか、ジュナオに勧めといてなんだが、ワンピース…と考えていると、ジュナオは俺の顔を覗き込み少し小首を傾げた。
「あ…ダメでしょうか」
「買います」
即決でジュナオとジュナオが選んだ俺の服を購入画面へ持っていった。下にズボン履くし、新鮮でいいだろう。せっかくジュナオが選んでくれたし。
「旅行、楽しみですね」
そうだな、と答えて決済ボタンを押した。それなりに長期の滞在になるかもしれないし、家のこともしとかなきゃいけないだろう。あれやこれや準備もあるし、来月になるかもしれない。
ジュナオにとっては、初めての景色になるだろう。どうせなら、何か綺麗なものを、場所を、沢山見て欲しいと思った。
「うん、楽しみだな」
その黒い瞳が、感動と喜びに満ちてくれることを想像しながら、俺はパソコンの電源をプツリと切った。