ハロウィン
「名前くん、ちょぉ〜っとこっちへ〜」
「は、はい…?」
怪しく手招きして、工房の戸口から身を半分出したダウィンチちゃんに呼び止められた。ふふふ…という笑い声まで出している姿が近寄り難い。
「えっと、拒否権は…」
「なーいっ☆」
ぱちっとウィンクをされた。後が怖いし、しぶしぶ近づくと、くいっと腕を掴まれて引き込まれる。入った瞬間、戸を直ぐに閉められた。
「んふふ」
顔を持ち上げられて、ジロジロと眺められる。熱が顔に集まって、湯気が出そうな気分だ。
「なん、なん、ですかっ」
「え?あーごめーん、そういえばじっくり見る機会がなかったなーって思ってね!ふふ、いやー、いいねーいいねー」
満面の笑みでそう言いつつ、好き勝手に人の顔を動かしたりつついたりしてくる。恥ずかしすぎて、涙がでてきた辺りでダウィンチちゃんはパッと手を離して両手を上げた。
「おーっとすまない、ついね。やりすぎてしまった。ごめんね」
あやすように頭を撫でられる。それがまた恥ずかしくて、ぺしっと手を払い除ける。
「用はこれだけですか」
ムスッとして言えば、ちがうちがう、と否定された。
「今日はなんの日?」
「え…ハロウィン…?」
そう答えれば、満足そうにうんうんと頷かれた。
「そう!ハロウィン!ハロウィンといえば?」
「…トリックオアトリート?」
「おや、私は今お菓子を持っていないなぁ。仕方がない、イタズラをしてくれて構わないよ!」
ばっと両手を広げて待ち構えられるので、慌てて拒否する。
「ちがっ!ハロウィンといえばって言うから!」
「おや、そうかい?ちぇー」
口を尖らせて、残念そうにされた。そんな事を言われても、イタズラなんかする勇気が俺にあるわけがない。
「それじゃあ代わりと言ってはなんだが、私が君にイタズラをしよう!」
…なんで?全然意味がわからなくて固まっていると、ダウィンチちゃんがよく分からない物で埋め尽くされた引き出しを開けて、何やらふわふわしたものを取り出した。
「てってれてってってー!感情感知機能付きイヌミミ〜!」
某猫型ロボットの台詞を真似て、じゃーんと掲げたそれは、2つのイヌミミだった。それぞれピン留めがついていて、どうやら一つづつくっつけるタイプらしい。
「はい、ちょっと頭下げて?」
「?はい…」
言われるまま、頭を下げる。わさわさと髪をかきわけられて、ピンがパチリと留められた振動がする。あれ?もしかして、取り付けられている?
「うーん、君、詐欺とかに気をつけなね?…ほい、できあがり〜!」
髪を少し整えられそう言われる。どこから取り出したのか、手鏡を手渡された。
「…えっ。すご…本物みたい…」
見れば、本当に頭から生えているかのような見事なイヌミミがあった。感動して手で触ってみると、ピクッと動いたのでびっくりして声が出た。
「それね、君の感情を感知して、揺れたりヘタったり、ぴーんってなったりするんだよ?どうだい、凄いだろ?」
ふふーんと立派な胸を張ってダウィンチちゃんが自慢げに話す。へー、と感心して聞いていたが、ん?とフリーズした。
「えっと、これ、…外れるよね?」
「うん、もちろん!」
その言葉に安心して、ピンを外そうと動かす。が、ビクともしない。
「…あの、外れませんが」
「私なら外せるよ」
事も無げに言われてしまった。じゃあ、ダウィンチちゃんが外そうとしてくれるまで、外れないってことじゃないか…?
「そういうこと!で、名前くんには今からちょっとその格好のまま、カルデアを一周してきてもらいたいな〜って思ってるんだけど!」
「は、なんで!?」
こんな耳つけて歩くなんて、拷問に等しい。青ざめて詰め寄ると、おお!と何故かダウィンチちゃんが喜ぶ。
「うんうん、ちゃんと作動してるね。ほら、見てよ」
また鏡を渡される。仕方がないので見てみると、頭のイヌミミが、悲しげにへたりこんでいた。
確かに凄い、凄いのだがやめて欲しい。ダウィンチちゃんの方を縋るように見れば、「んんっ!ちょっと可愛いがすぎるな!」とご満悦な表情だ。
「まぁまぁ、私の実験に協力してくれたまえ!君のことはモニターで見てるから、好きに一周してくるといいさ。できるだけ人と話して欲しいけど、ま、その姿なら誰かしらに引き止められるだろう」
「恥ずかしすぎる…ダウィンチちゃん、勘弁して…」
「なーに、ほら、今日はハロウィンだぜ?仮装だってことで、浮いたりはしないよ?」
そういえばそうだった。だとしても恥ずかしいのだが、先程よりは不安が和らいだ。が、だからと言って嬉嬉として飛び出していける訳では無い。
「うんまぁそうだよね。もちろん、タダでとは言わないよ?はい」
そう言って手渡されたのは、食堂やショップで使える引き換え券の束だった。驚いて受け取る。ざっと20枚くらいはある感じだ。
「え、こんなにいいの?」
「君が協力してくれるならね?」
にやーっと笑ってダウィンチちゃんがこちらを窺う。ぐ、と心が揺さぶられる。だがこの誘惑に勝てるわけがなく、手渡された引き換え券を懐にしまった。
「………一周すればいいんですよね?」
「うん、別にどう行こうと構わないからね。戻ってきたら、外してあげるよ」
人に会っても、足早に通り抜ければいい。そう言い聞かせて、よし、とドアに手をかける。
「いってらっしゃーい!いいのを期待してるよー」
何をだろうか。その言葉を背中に浴びつつ、俺はドアを開けて廊下へと飛び出した。


幾人かとすれ違うも、声を掛けられる前にスタスタと通り過ぎているので未だに誰とも話してはいない。思った以上に仮装している奴が多い気もするので、想像していたよりも自分がおかしな姿でいることはないのが救いだ。そのまま足を進めていたが、友人の1人が何やら遠目にスマホを掲げてこちらを向いているのに気づいた。前から思っていたが、あいつは盗撮魔すぎる。気づけば姿をそのカメラで収められていることが多々あるのだ。
や!め!ろ!口パクをしながらそいつの方を向いてよそ見をしていたせいで、誰かにぶつかってしまった。ドンと音がして、衝撃で後ろに倒れそうになる。瞬間グイッと腕を取られて引き寄せられ、肩を抑えてバランスを整えてくれた。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫だ。怪我はないか、名前」
ぶつかってしまった相手はカルナだった。ほっと胸を撫で下ろす。
「悪い、よそ見してて」
「あぁ、気をつけろ」
短くそう言われる。うん、と言って立ち去ろうとすると、手を掴まれた。
「?、えっと、なんだ?」
用があるのだろうか。不思議に思ってカルナの方を見れば、じっと頭の上を凝視された。
首を傾げると、ぱちっと目を開いて驚いたように瞬きをする。
「お前は犬だったのか」
そう言われて、今の自分にイヌミミが生えていたことを思い出した。慌ててミミを見つめるカルナに言う。
「あ、いや、これは、仮装なんだ。ハロウィンだろ?」
「動いている」
カルナがイヌミミを触った。わしゃわしゃと付け根辺りを探るように触れるので、くすぐったい。
ぞわぞわする感覚に身じろぐ。目を閉じて耐えるが、片手で触っていたのがもう片方の手も使いだしたので慌てて両腕を掴んだ。
「く、くすぐったい」
そう言えば、すまない。と言って手を降ろしてくれた。
「本物のようだ。凄いな」
「あぁ、うん。ダウィンチちゃんが作ったからな」
「なるほど。…よく動くな」
再び視線を上に、イヌミミを見ている。俺が感情の起伏に合わせて動くように出来ていると伝えると、ほぉ、と感嘆の声を漏らした。
「先程から左右に動いているが、今はどう言った感情なんだ」
「えっ」
そう言われると非常に困る。し、照れる。俺が言い淀んでいると、カルナは首をこてんと傾げた。
「?。どうなんだ?」
純粋に不思議そうにそう言われると、口ごもっているのが申し訳なくなった。もう既に顔は赤くなっているに違いないので、やけくそで言うことにした。
「あー…。嬉しいんじゃないかな」
「何がだ」
そこまで言わなきゃダメなのか。どうにでもなれ、とその理由を伝える。
「か、カルナと話せて…………」
言うんじゃなかった。恥ずかしすぎる。改めて言わせないで欲しい。カルナの方を恐る恐る見れば、ポカンとした顔で止まっていた。
「じゃっ」
すたこらと退散することにした。カルナは何故か止まったままで、別に何を言ってくることもない。少し歩いて、何となくまた振り返って見てみたら先程から微動だにせず廊下に立ち尽くしていた。少し心配になったが、戻って声をかけられる状態ではないので、仕方なく見ない振りをして歩みを進めた。

それから結局すれ違ったジャンヌオルタに頭を撫でまわされたり、それを止めることなく天草に微笑まれたり、バーソロミューが眼帯を付けるべきだと熱弁するのを丁重にお断りしたり、いつもとなんだか雰囲気の違ったアルトリアに首輪をしろと声をかけられたり他にも色々あったが、なんとか工房の近くまで戻ってこれた。
肩で息をして、生きて戻ってこれた…と喜びを噛み締める。工房のドアに手をかけようとした時、肩を叩かれた。
「名前さん?」
「立香くん…」
ほっと胸を撫で下ろした。最後の最後で誰に声を掛けられたかとびびりまくっていた俺は、見知った顔に安心して答えた。
「よかった…」
「なんか、疲れてますね…。大丈夫ですか?」
「いや、色々あって…」
今日あった出来事を、イヌミミのことを含めて全て話した。立香くんはあはは、と笑った。
「大変でしたね。でもそれ、凄いなぁ。あの、ちょっと触っていいですか?」
「え、うん。ちょっとだけね」
はい、と頭を少し傾ければ、ありがとうございます、と言って立香くんが触れてくる。
髪をかき分けて、立香くんの指が地肌に触れる。付けられたミミと肌の境目をなぞるように、両ミミに触れた。くすぐったい。
「わっ!動いた!」
驚いた声が聞こえる。すごーい、と立香くんがさらに近寄ってくるので、かなり密着した状態になる。
「あ、でも、人の耳もあるから、耳4つですね」
そう笑って、つけミミじゃない方の俺の耳に両手で触れる。突然の感覚にビクッと肩が揺れてしまった。
「そ、そっちはいいじゃん…」
「ちょっとならいいって言ったじゃないですか」
それはつけミミのほうの話しだ!と言おうとしたが、両耳の裏を中指でなぞられて、ひ、と声が出た。恥ずかしいくて動けないでいると、今度は耳の縁を人差し指でなぞられる。
「ぁ、っ、」
思わず立香くんの肩に両手を乗せて悶える。耳が特別弱いわけではないと思うのだが、なぜか触られる一つ一つの感覚が鋭くなって体が震えた。
立香くんは何も言ってくれない。ただ耳を触る手だけはゆっくりと続けている。
「っう、も、いいだろ」
ほぼもたれ掛かったまま、立香くんの方を伺おうと顔を上げると、突然耳から手を離して首に手を回し抱きしめられた。俺は立香くんの顔を見ることが出来ずに、鎖骨に顔を埋めた。
「あーっ!ごめんなさい!ごめんなさい!今ちょっと顔見ないでください!」
それは俺の台詞なんだけど。立香くんはそのまま俺の頭を何故かわしゃわしゃと撫で回して、「すみませんでしたーーー!!」と俺が顔を上げるまもなく走り去った。
ポツンと1人廊下に佇む。なんだったんだ。嵐のように去っていった立香くんの背中を見つめる。耳にはまだ彼の指の感覚が残っていて、顔に登った熱が冷めるはずがなかった。
10分近く工房前で心を落ち着かせるためにうろうろしてから、ようやくダウィンチちゃんのいる室内に入った。にやーっと笑ったダウィンチちゃんに出迎えられる。
「モニターで見てるって、言っただろう?」
そうだった。俺はようやく落ち着いた顔面の熱が再び戻ってくるのを感じながら、もう二度と物に釣られるもんか、と決意を固めた。