提督志望でした


(転生男主/オタク気質/若干の勘違い)

 艦隊これくしょん、というブラウザゲームがあった。簡単に説明すると、第二次世界大戦時に活躍した艦船たちを艦娘と呼ばれる女の子に擬人化して集めたり戦わせたりするゲームである。ゲームユーザーは主に提督と呼ばれ、艦娘たちに慕われたり時には恋のライバル認定されたりする。
 俺はそれのゲームユーザーで、廃人提督まではいかないまでもそこそこやり込んだ中堅提督だった。史実にものすごく明るくなったわけではないが、浅いなりに知識をつけ、楽しんでいた。
 秋イベのE-4ギミック多いし道中長いし近年稀に見るクソマップやん……これなら小細工無しの殴り合いマップのがゲロほどまし、これクリアしたRTA陣パネェなきっとごりごり課金してんだろうなとか思いながらも艦娘コンプのために運営の手の平で踊らされつつも攻略していた、のだ。
 ……攻略してたはずなんだがなぁ。

 寝落ちたと思ったら生まれ変わってた。

 アホやんクソやん。俺まだクリアしてないんやぞ……。しかもなんか古めかしいし。インターネット環境ないし。こんなかわいいもみじのおててじゃブラインドタッチすらまともにできやしない。
 だって起きたら新しい両親が覗き込んでるとかいうなろう小説的な展開な。こんなのレビューでボロクソ叩かれてしまえ。
 ありえねぇありえねぇ、と思っていても時は流れる。乳児から幼児になった俺は、父親の読んでいる新聞を盗み見て、今が大正時代だということを知った。
 ここで一つの天啓を得る。

 もしかして俺、提督になれるんじゃね?

 このまま順当に成長していけば、俺の青年期は第二次世界大戦真っ只中だ。そうなると当然徴兵されるだろう。もしそうなったら、雑兵として散りゆくばかりだ。
 だけど、今から頑張って海軍兵学校に入ればその先はもうエリート軍人のできあがりだ。っていうか第二種軍装がくっそかっこいいからぜひ着てみたい。どうせ戦争になったら生き残れる気がしないし、死ぬなら自分の夢を追いかけてみたい。いや、できることなら死にたくはないんだけど、死亡フラグしか立ってないもん、ムリムリ。
 ……時雨とか雪風に乗ってれば生き残りワンチャンあるっぽい? いやでも、かの有名な多門提督の下についてみたい気もする。ミッドウェーでの飛龍には熱い主人公魂を感じる。俺も漂流者になれるかもしれないし。
 大きくなったらお国のために立派な軍人になるんです! と両親に嘘っぱちを力説した俺は、読み書きができる年齢になると片っ端から勉強していった。数学、歴史、英語、化学、地理……その他必要になりそうな外国語や、船乗りならこれは必須だろと思って星の読み方なんかを。
 若い頭は知識をスポンジのようにみるみるうちに吸収していき、面白くなった俺は人生二回目にして勉強の面白さを知った。いやぁ、前の時は勉強なんていらねぇやとか思ってたけど、今なら当時の気持ちがさっぱりだわ。物事が理解できるって素晴らしい。
 軍人なら体力とかも必要だよな、という安直な考えの元、体力作りもしっかり行っていた。そのおかげで成長した俺の腹は綺麗に六つに割れている。もし船から落ちても自力でなんとかできるように着衣水泳も身に着けた俺に死角はない……はずだ。
 そうして挑んだ受験は見事に打ち勝ち、喜びの声を上げたのは良い思い出だ。
 卒業の日、どの船に乗れるのかとわくわくしていた俺が受け取った書類には、海軍とはまるで関係のなさそうな大東亞文化協會の文字……。

 アッ。これジョーカー・ゲームですねーあっはっは。

 ええっ!?やだ、あたし!?い、行けるけど…!? いやうん好きなアニメだったよ。でも、D機関に行ったら俺船乗れないじゃないですかーやだー。
 しかも一度読んだら書類は燃やして破棄するように、なんてお達しつきだから間違いないわこれ。ええー? 俺いつ結城中佐の目に留まったんだろう? 
 疑問ばっかりだけど、かの魔王に逆らったら絶対飛ばされるからなぁ。従うしかあるまい。ああ……船乗りになりたかった。どうせ死ぬならかわいこちゃんの上で死にたかった……。
 って言うかスパイって。俺がスパイってどうなのよ。まぁ、落ちる気はしないけど。
 これは自負心とかじゃなくて、どちらかというとプライドだ。前世込みとはいえ俺の方が年上だし? 年下に鼻で笑われたくない。
 とかいう俺の無駄なプライドによりD機関入りが決定した訳なんだがな。
 提督じゃなくてスパイになっちゃったYO! うっそぴょ〜んって言ってくれ。助けてうーちゃん!
 うーんでもまぁ、これはこれで悪くないかも、なんて思うのは大分毒されてんな。だってこいつら話しやすい。俺は前世のこともありがっつり民主主義者なのだ。この時代だとそれは異質で、だからこそ柔軟な頭持つ彼らとは、話しやすいのだ。
 だからなのか、天皇制の是非について議論をしていたら佐久間さんに怒られた。
 佐久間さんはなんていうかこう、ガッチガチの軍人だ。一応俺も軍人なんだけど、やっぱり考え方が違う。それに陸軍と海軍って仲悪いってよく言うししゃーない。佐久間さん個人はキライじゃないけど。
「名字はどう思います?」
 ああ〜これ原作にあったやつ〜とか思いながら、佐久間さんをちくちく攻める三好を見ていたら水を向けられたのでちょっと驚いた。
「俺? ロマンがあるとは思うよ? なんやかんやあっても、同じ一族がここまで連綿と連なってるのってさ」
「名字貴様!」
「やだぁ、佐久間さん落ち着いてくださいったら」
 そう答えると佐久間さんはふるふると震えだした。じじニキのアイコンみたいだ。たぶん、こういった俺の緩い態度も怒りを誘っているのだろうけど、今更キャラ変えるのめんどいんでごめんご。
「どうした?」
 わぁわぁと騒いでいる声が五月蠅かったのか、音もたてずに結城中佐のお出ましだ。ううーん、いつ見ても超絶渋い。俺が年食ってもあんな風にはなれないだろうな。
 結城中佐は、佐久間さんにスパイの孤独を教え、それから敵に正体を暴かれた時はどうする? と投げかけた。
 佐久間さんは正直にも、敵を殺すか、自決するかのどちらかです、と答えた。
「殺人、及び自決は、スパイにとって最悪の選択だ」
 お得意の馬鹿か貴様、の意を匂わせて、結城中佐は佐久間さんとの問答を続けた。
 死ねば胸を張って靖国で同胞たちと会える、か。
 俺はどうだろうか。たぶんおそらく、という枕詞がつくが一度死んだ身だ。もう一度生まれ変わるのか、はたまた水底に沈んだままなのか。
 徹底的に議論してくれたまえ、と締めた結城中佐は食堂を後にした。
 俺は、未だに茫然としている佐久間さんに話しかけてみた。
「佐久間さんはもう少し柔軟になるべきだと思いまーす」
「名字……貴様はどう考えるんだ」
「死ぬことについて? 別にどうとも。どうせいつか死ぬんだからそう深く考えなくっても大丈夫ですって。ま、できれば最期はかわいこちゃんの腹の上で死にたいね」
「うわ〜名字って案外下品」
「神永に言われたくありませーん」
 そういってにゃははと笑いだした俺に、佐久間さんは異質なものを見るような視線を向けた。心外だー。


 名字、という男が居る。
 彼は化物ぞろいのD機関の中でも、とりわけ異質だと佐久間は思っていた。
 訓練生の中でも背は高い方で、黙って立っていれば周りに威圧感を与えがちではあるが、彼の浮ついた性格がそれを帳消しにしていた。いつもへらへらと笑みを浮かべ、口を開けば“かわいこちゃん”のことばかり。
 そして、死ぬな殺すなが信条であるはずのD機関においてただ一人、自身の命を塵芥よりも軽く見ている男。
 彼の口ぶりからして、それはうわべだけではなく本気でいつ死んでも構わないと、そう考えているらしかった。もしかするとそれさえも、佐久間では見抜けないだけで嘘なのでは、とも思ったが、彼がそう言う度に他の訓練生が難色を示すので、恐らく本気なのだ。
 佐久間とて、結城に否定されたとはいえ、いざという時は武士道を貫くことは辞さないつもりだ。
 けれども、それよりも自然に、名字は死ぬことを考えている。
 これが他の訓練生だとしたら、死ぬようなヘマはしない、よしんばそのような状況に陥ったとしても任務は遂行する、と豪語してみせるだろう。けれども名字だとしたら、ああ俺死ぬの? しゃーないね、といつものように軽く言ってのけるだろう。
 ぞっとした。
 佐久間が死を選ぶとしたらそれは、国の為である。ひいては同胞の為である。名字にはそれがない。何の為でもない。感慨なく、その身を沈めてみせるのだろう。
 一度三好に、名字のことについてどう思うか、尋ねたことがある。
 曰く、天才的、けれども馬鹿。
 この国において、一体全体どこで学んだのだと聞きたくなるくらいの民主主義者。死を畏れないこと以外は全く普通の男。だからこそ、異常。
 通常、死とは忌避すべき事項である。それはスパイだからではなくても、普通の民間人でも誰でも、死にたくない、と思うはずなのだ。
 佐久間さんのように教育された訳でもないのに、その考えを持っている彼は、変な人ですよ、と、三好をもってして言わしめた男である。
 それに付け加えるとしたなら、性的倒錯者である、ということですね、と三好に言われたことは記憶に新しい。その時は重く受け止めることはなかった。他人の性癖なんて詳しく知りたい人間はそうそう居ない。
 佐久間が三好の言葉を正しく理解したのはある日のこと、朝早くにめかし込んだ名字と出会ったことによる。あわただしく玄関に向かった名字に声を掛けたことをこの時点で佐久間は後悔するべきだった。とても良いものを見に行くので、良かったら一緒に行きませんか、という誘いに、乗らなければよかったのだ。いつものように。
 今日は一日、訓練の無い日であるし、人でなしのことを理解するチャンスだとも思った。もし、三好に誘われていたら食事に出かけていただろうし、福本に誘われていたら、一緒に料理をしていただろう。ともかく佐久間にとって、初めに出会ったのが名字であったことは、ある種の不幸だった。
 名字が車に乗り込み佐久間を促した。佐久間はほいほいと車に乗り込み扉を閉めた。その瞬間だった。
 名字がアクセルをベタ踏みした。
 ぐん、と勢いよく発車し、佐久間は前方へ飛び出しそうになった。嫌だなぁ、しっかり捕まっててくださーい、などと、急発車した当の本人は笑っている。
 車に乗り込んだことを佐久間はすぐさま後悔した。降ろしてくれ、と声をかけても聞こえないふりをされた。あまつさえ、おしゃべりしてると舌を噛みますよ、と呑気に言っている。
 かなりのスピードを出しているはずなのに、一切事故を起こすことなく車は郊外へとタイヤを回し、景色たちを後方へ置き去りにした。あまりにもガタガタと揺れるので佐久間は気分が悪くなりはじめていた。
 いつまでそうしていただろうか、佐久間が潮の匂いを感じたと同時に名字は急ブレーキをかけた。慣性に逆らえるはずもなく、佐久間はフロントガラスに強かに顔をぶつけた。
「痛いじゃないか!」
「油断してるからじゃないっすかぁ。それよりほら、つきましたよー横須賀鎮守府!! ま、流石にちょっと遠くですけど」
 鎮守府!!
 海軍のお膝元じゃないか。佐久間は思わず背筋を伸ばした。
 車を適当な所に止めた名字はドアを開け、音もなくするりと降車した。
「佐久間さんあれ見てちょっと!! 長門!!!! あああああああかっこいい……!! 無理……しんどい……尊みを感じる」
 そう言って感動の涙を流さんばかりに合掌する名字。
 良い物、とはこれこのことだろうか。確かに、国を守るためにも必要な物であるし、決して悪いものではないが。
 朝早くにめかし込んで車を飛ばして見に来るものなのだろうか。
「これが……良い物なのか?」
「そう。……ああ〜実艦も趣があって良いなぁ。はあああおっぱいのついたイケメン……。いやもうマジで長門の生き様かっこいいわ。ああでも最期がなぁ……。あぁ〜無理、抱きたい……ああああでも。……乗ってみたかったなぁ〜」
 はふぅ、と桃色の吐息を吐き、まるで恋する乙女のような熱っぽい視線を、その巨体を悠々と休めている戦艦に向けている。
 …………。
 いや、確かに、日本男児たるもの、戦艦長門に憧れる気持ちも分かる。1923年の大きな震災では演習を中止してまで救援物資を東京に運んできたということもあるし、戦艦長門は総じて人気が高い。
 しかし、だからといって、こんな風に。
 まるで一人の女性に向けるかのように、戦艦に艶っぽい視線を送ることは理解しがたい。けれども、彼の視線に絡むのは間違いなく情欲だった。
 名字は性的倒錯者である、という三好の言葉は正しかったことが証明された瞬間であった。
 三好が知っているのならば、他の訓練生も、当然のように結城も知っていることなのだ。
 スパイたるもの常に透明であれと説いている結城が、何故彼の、スパイであるには苛烈とも言うべき性癖を看過しているのか……。
 興奮し、半ば狂ったように言葉を漏らす名字を尻目に、佐久間は考えた。
 おそらくこれは、いつ死んでも良いと思っている名字の、最後の砦なのだ。
 スパイにはある程度、生き残ることが要求される。それは生への執着へ他ならない。
 名字は生への執着がほとんどない分、こうして別のものへ執着してバランスを取っているのだろう。もっと戦艦を見たい、乗ってみたい、そういった欲を降り掛けることで、名字は六文銭を持って川を渡ることを回避しているのだ、と。
 物言わぬビッグセブンは名字の心に碇を降ろし、その心と体をこちら側へ繋ぎ止めている。けれどもひとたび出港してしまえば、名字は喜んで船に乗り込むだろう。例え行く先が暗い海の底だとしても。
「貴様のことが少しわかったような気がするよ」
「? 佐久間さん何か言った?」
「いいや……なんでもないさ」
 ごう、と吹いた海風が佐久間の言葉を攫い水平線の彼方へと追いやった。
 帰りもあの乱暴な車に乗るのかと思うと、もう少しこのまま、彼の言葉を聞いていても良いかもしれない。

- 5 -
←前 次→