はとぽっぽ
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さてここで問題です。鳩の鳴き声といえば?
ぽ、ぽっぽぽぽっぽ。
先に断わっておくが、八尺様の声ではない。では誰の物か?
俺の声です。正確に言えば鳴き声。
別に、鳩の鳴き真似が趣味の怪しい男じゃない。これしか言えない……鳴けない? のだ。
鳩。ハト目ハト科カワラバト属に属する鳥類の一種。早い話が、町中で良く見る普通の鳩だ。
それis俺。俺is鳩。頭湧いてるのかこいつと思うかもしれないが、俺も知らん内に鳩になっていたのだ。寝ている間に意識を鳩に移されたのかもしれない。どうせ改造されるのなら、ショッカーにされた方がいくらかマシだった。鳥ってお前……鳩ってお前……もっふもふやぞ……。
ある日のこと、何だろう寒いな、昨日はちゃんと布団に入って寝たのにな、と思いながらうつらうつらしていた目を開けると、周りには大量の鳩。ぽっぽぽっぽぽぽぽぽっぽぽっぽっぽ。五月蠅いな、と思った。けれども次第にそれらの鳴き声が、若干の聞き取り難さはあるものの意味ある言葉に聞こえてきたものだから驚いた。たいていは、おなかすいたとかさむいとか、本能的な欲求をただ垂れ流しているものだったが。
聞き耳頭巾かソロモンの指輪でも身に着けたのか、と思ったがそんな装飾品を持っていないどころか、服も着ていない。だって、そろりと自身を視界に入れたら、周りの鳩と同じものが居たからだ。灰色で、ふわふわしていて、嘴と翼があって。
鳩じゃないか!!
んなアホな! と思わず叫んだ俺の声は、ぽっぽーというものに変換された。まさしく鳩。
なんなんだなんだこれ、と、俺は改めて周りの状況を整理した。さほど広くはない小屋の中。壁一面に仕切りのついた棚が取り付けられており、その棚の一つずつに一羽ずつ鳩が入っている。俺自身は棚には入っておらず、隅っこで床に直接座っている。ちらちらと鳩から投げかけられている視線はよそ者を見るような厳しさだ。鳩たちの聞き取りにくい言葉を拾うと、あいつはなんだ、よそものだ、と言っているらしい。
外の音を聞くに、雨が降っているようだ。ざあざあと五月蠅い雨音に混じって、時折ごろごろという音もするのでもしかしたら雷もなっているのかもしれない。
そして俺の体を再度確認する。ほとんど乾いているとはいえ、どうにも湿っぽい。
……これらを統合して考えるに、俺は野生の鳩で、雨が酷かったからこの鳩小屋に避難してきた、ということになる。
ここの鳩たちは飼われているとはいえいきなりやってきた縄張りの外の変な鳩を排除しようと攻撃してこないのは、よく躾けられているからなのだろうか。鳩って案外頭が良いらしいから、躾ようと思えば躾られるものなんだろうか。まぁ、伝書鳩とか手品用鳩とかが居るくらいだから、可能なのだろう。
未だに状況が謎だが、とりあえず俺はこの鳩小屋に居座ることにした。今の所排斥もされていないし、野生に帰ったとしても餌も取れず寝床も確保できず、野垂れ死ぬのがオチに決まっている。けれどもここに居れば、雨露は凌げるし餌も貰えるかもしれない。少し図々しいだろうが、決めた。飼い主だって、鳩の一匹や二匹増えたり減ったりしてもどうせ分かりやしないだろう。
と、思っていた。
「どこから紛れ込んだんだい?」
鳩として目覚めた次の日、すっかり晴れ上がった青い空を背景に鳩小屋へと入ってきた青年に、俺はあっさり見抜かれた。
鳩小屋の隅で、ぷるぷるぼくわるいはとじゃないよ、と震えている俺を青年はひょいと持ち上げた。
急に高くなった視点に驚いて、思わず羽ばたきをした、そうしたら、何故だかずきりと翼が痛む。
「おっと、怪我をしているのか。昨日の嵐で痛めて、命からがらこの鳩舎へ、といったところかな」
治療をしてあげよう、と青年は先ほどよりも丁寧に俺を抱えると鳩小屋を後にした。
これが、俺と田崎の出会いである。
あの後俺は、翼に包帯を巻かれふかふかのタオルが敷かれたバスケットに収められた。
せっせと俺の世話を焼いていた青年に、どこかおちゃらけた雰囲気の青年が、何だ田崎また鳩か、と声をかけたことにより俺は青年が田崎という名前であると知った。ありがとうおちゃらけた青年。ちなみに彼は、神永というらしい。
幾日か経ち、彼らのことを少しずつ知っていった。どうやら田崎は学生らしく、何人かの同級生と共に寮で生活しているようだ。たぶん結城さんという人が教師で、佐久間さんという人が副担任みたいなものなんだろう。たぶん。
授業内容は多岐に渡るらしく、鍵開けやジゴロの授業もあると知って驚いた。青少年の健全な教育とはほど遠くないか?
田崎の看病もあり、翼の怪我もいくらか良くなった。それでもまだ完治はしていないため、まだ飛ぶことが出来ない。せっかく鳥になったのだから、飛んでみたい気持ちはあるのだが。まぁ、歩く分には問題ないから、俺はバスケットから出て校内をうろうろすることが多い。そして誰かに見つかる度に田崎を呼ばれるのだ。
まだ大人しくしていなきゃ駄目だろう、と言われバスケットへと逆戻りだ。けれど俺は籠の鳥でおさまるような男じゃない。そうして何度も脱走を繰り返す俺に、田崎たちは諦めたのか最近じゃあ校内で見かけても放っておいてくれるようになった。
柔らかな日差しが心地よい今日この頃。いつものように俺は校内を探索していた。そしてふと、いつもは閉まっているはずの扉が薄く開いているのを見つけた。扉のプレートには、資料室と書かれている。
せっかくなので、おじゃまします。
すいー、と入室すると、古い紙独特の少々かび臭いような匂いがする。飛ばないと最上段まで届かないような高さの本棚がたくさん並んでいる。本棚の中には、当たり前だがみっしりと本が詰まっていた。
誰がこの部屋を使っているのだろう、と辺りをきょろきょろと見渡す。すると、奥の方に見慣れた青年が居た。田崎だ。
机に向かい、何やら資料を広げている。てってこ近づくと、田崎も俺に気が付いたらしい。また抜け出した俺に仕方ないなという風に笑みを浮かべて、俺を机の上へと持ち上げた。ふーん。さっぱり分からん。
「今日の課題なんだ」
そいつはお疲れさまです。
田崎は特にメモをとることもなく資料を捲っていく。俺は知っている。ここのやつらは記憶力おばけなんだ。だから、メモなんて取らないんだ。
相変わらずすごいなと思いつつも、せっかく出会ったので構ってもらうことにしよう。俺は田崎の手元に近づいて、頭をぐりぐりと押し付ける。撫でろ。
またしても田崎は仕方ないなという風に笑みを浮かべて、傷に障らないよう俺を撫でる。表面上の態度はどうであれ、田崎お前鳩好きだろう? 存分に癒されるが良いわ。ほーら自慢のもふもふボディだぞ。出血大サービスだ。
なかなかこいつはテクニシャンなのだ。時々手品をしているのも見かけるから、元来器用なんだろう。今だって、右手で俺を撫でながらも、左手は淀むことなく資料のページを進めている。
それにしても何の資料なんだろう。英語か……? 苦手だったな。テストではとりあえず覚えられるだけの英単語を範囲内から覚えて、穴埋めやらで点数を稼いでいた。
お、ちょっと待った田崎。その文なら俺も知っているぞ。I will prepare and some day my chance will come. 準備しておこう。チャンスはいつか訪れるものだから。リンカーンの言葉だ。
深い意味はなかったが、俺もそれを知っているというアピールのためにその英文を嘴でつんつんと指す。
すると田崎は初め、俺が何かおかしなことをし始めたなと笑っていたが、急に真面目な顔つきになり、そうか、そういうことか、と呟いた。
「ありがとう、おかげで課題がこなせそうだ」
そう言って田崎は固い表情をほころばせ、しっとりと笑ってみせた。
真新しいタオルの敷かれたバスケットの中に、一羽の鳩が居る。
この鳩は、先日の嵐の日にどこからか紛れ込んだ、野生の鳩だ。翼を怪我していたため、こうして田崎が治療をし世話を焼いている。
まだ若い雄鳩で、野生にしてはあまり警戒心がないのか田崎の手ずから餌を食べるし、この鳩を構いに来た他の機関員に触られても全く嫌がらない。
野生の鳩で、ここまで警戒心が薄いのは珍しい。それに加え、普通の鳩よりも知能があるらしかった。呼べばすぐ来るし、波多野が面白がって小枝を投げ、犬のように取ってこいをさせると鳩は素直に小枝まで歩いて行き、それを銜えて波多野の手の平の上に落として見せた。
この鳩は仕込めばすぐにでも使えそうだ。
田崎は、結城にこの鳩をD機関で飼育する許可を得た。翼が治ったらすぐに使えるように躾しておけと、いつもの調子で言われた。
バスケットから度々脱走を試みる鳩に、田崎はこっそりと名前と名付けた。もふもふとしていて触り心地が良く、思う存分構っても嫌がらないどころかもっとやれとせがむ鳩に、田崎はすっかり絆されていた。
人間だろうと動物だろうと、愛嬌のある個体は好かれやすいのだ。さして動物に興味のない三好や実井も時折名前に構っているのを見ると、それは正しいことが証明できる。愛嬌次第ではターゲットに近づくのも容易になりそうだ、と田崎は思った。
動物に学ばされるなんてとんでもない、と考える人間も居るが、能力のない人間よりは動物の方がよっぽど役に立つ。生身の人間は犬ほど早く走れないし、鳩のように飛ぶこともできない。
それに、つい昨日の課題だって名前が居たからこそ簡単に解けたのだ。本人に自覚はないだろうし、あの英文を指したのだって恐らくただの偶然に過ぎなかっただろうけれども。
結城により田崎に与えられた課題は、近ごろ横行している人身売買の元締めを突き止めることだった。容疑者を二人に絞ったまでは良かったが、こいつが確実に頭だと言えるほどの確証がなかった。限りなく白に近いのは白ではないのと同じように、限りなく黒に近い、というだけでは犯人として取り押さえることはできないのだ。
一人は初老の男性。日本人だがイギリス被れ。紅茶を好み紳士然とした態度をとることに執心している。行きつけの店の店員が良く失踪することが多々あった。
そして、名前の気まぐれにより決定づけられた犯人。外国からの干渉をはねのけ、日本の軍事的、国際的な解放を謳う青年。
田崎自身も、九割方この青年が元締めだろうと検討をつけていた。けれども、確実に黒だとは言えなかった。
I will prepare and some day my chance will come. 武力はすべてを征服する。しかし、その勝利は長続きしない。これは、人身売買を行っていた組織の合言葉だ。
I will prepare and some day my chance will come. I will prepare and some day my chance will come. どちらも、奴隷解放の父、リンカーン大統領の言葉である。
組織によって売られていたのはいずれも外国人や彼らと関わりのある日本人ばかりだ。薄闇の中で攫われ誰に悟られることもなく売られてゆくのだ。
外国との交流を認められない青年の眼に、彼らはどのように映っていたのだろうか。徹底的な排斥主義者だったリンカーン大統領の眼に、奴隷はどのように映っていたのだろうか。恐らくそれらは、非常に酷似している。だからこそ青年は合言葉に父の言葉を使ったのだ。
田崎は初め、あの言葉を合言葉にしたのは、戦争を推し進めようとする諸国への皮肉だと考えていた。けれどもそれは違った。似た思想を持っていた男の言葉を借りたにすぎなかったのだ。
遠ざけるべき他の国の男の言葉を用いたことにより、青年の思想は揺さぶれば容易に瓦解するであろうことが予測できた。青年の愛すべき日本にだって、言葉を残した偉人はたくさん居る。それらを用いなかった青年はきっと心の底では、今の日本では列強には到底かなわないと劣等感をくすぶらせていたに違いない。
それに対して、候補に挙がっていた初老の男性はイギリス被れだ。合言葉を作るのならクイーンの言葉にするだろう。
ヒントを得た田崎は、元締めの青年を絡め獲ることに成功した。いやはや、偶然とはいえ動物の能力は末恐ろしいものがある。田崎はバスケットの中の鳩に礼を述べ、頭を撫でた。甘えた声を出しながら、もっと撫でろと言わんばかりに田崎の手へ頭を摺り寄せる名前に、田崎は人知れず癒しを感じていた。
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