愛しい人
▽
「…………そっか、一虎生きてるんだ。」
瀬里奈は廃墟のバイク屋で着信に出ていた。
やっと終わるって思ってた。
場地が死んで一虎だけ生きていた。
マイキーにとっては悲痛な事だろう。
どんな顔して会いに来てくれるのか
きっと真一郎が死んだ時のように
ポッカリ穴が空いたような
一点だけを見つめる黒い瞳だろうか。
瀬里奈もそんな目をしていて、
携帯を落としてしまいそうだった。
向こうの言い訳なんてどうでも良かった。
タケミっちの邪魔で予定が狂った。
電話口の相手はそう言って瀬里奈を煽るが
そんな事どうでも良い。
「…なかなか君の予定通りにはいかないね。
君がやるっていうから期待してたんだけど、残念。」
瀬里奈はそう言って通話を切った。
電話口の相手は今頃壊れそうなほど
強く悔しそうに携帯を握り締めてるのだろう。
「……期待はするもんじゃないな。」
その言葉に笑顔はなかった。
瀬里奈は帰らずずっとそこに居た。
携帯も鳴らないし、動く気にならなかった。
横にある灰皿はもう10本も吸い殻があって
落ち着かせるのに必要だった。
カーディガンだけはやっぱり寒い。
体育座りをして膝に右肘をついて頭を乗せる。
反対側の肩はずるりとだらしなく落ちていて
煙草の火がジリジリと灰になっていった。
今日はあの二人も帰ってこないのか
此処はコンクリートの冷たさだけが伝わって
凄く孤独で寒くて落ち着く。
その時だった。ピリリリと着信音が鳴り響き
瀬里奈は携帯を取り出して相手を見ると
マイキーからでは無く、登録されていない番号。
「…はい 瀬里奈。」
『瀬里奈 今どこにいんだよ?』
電話の相手はドラケンからだった。
家に帰ったマイキーが夕飯を取らず部屋にいるから
エマが心配して連絡が来て説明したら
今日は瀬里奈も来ていなかったって聞いたらしい。
仲間思いで世話焼きなドラケンらしい。
自分も仲間を失って辛いはずなのに
それよりも最も辛いマイキーを心配していた。
そして場地の事を知らないと思ってか
ドラケンは瀬里奈にも今日の事を伝えた。
状況を聞いて場地とタケミっちが一虎を庇って
マイキーは一虎を殺さなかったのが理解出来た。
邪魔したのはその二人だった。
『今 マイキーの側にいてやらねェと
アイツが一人で抱え込む気がする。だから…』
「ドラケンがアタシを頼るなんて珍しいね。
知ってるよ?ドラケンがアタシを
マイキーの側に居させたく無いの。」
『………今はお前が必要だ。』
「否定しないんだね」
珍しく瀬里奈は煽るようにドラケンを追い詰めた。
然し、こんな事やっても状況は変わらない。
場地は死んだし一虎は少年院だしマイキーは一人だし
瀬里奈はクスリと笑って冷たいコンクリートから
お尻を離して立ち上がった。
「ドラケンがアタシを嫌うのも分かるよ。
平気で人刺せるし、マイキーを何でも許しちゃうし、
一虎は死んでいいと思ってるし。」
『瀬里奈』
「そんな奴 マイキーの側に居たら良くないよね。
でも仕方ないよね?ドラケンがそう言うんだから。」
『瀬里、』
ドラケンの言葉を遮って瀬里奈は通話を切った。
そしてバイク屋からマイキーまでの家は直ぐだった。
部屋の側に止めてあるCB250Tを優しく撫でて
瀬里奈は部屋のドアノブを軽く握って回して入る。
真っ暗な部屋に微かに月の光が窓から入り
ソファからピンクがかった金髪が見えて歩み寄る。
抗争から帰ってから何もしてないのか
こんな寒いのに上半身裸のマイキーがいた。
「上着着ないでいると風邪引くよマイキー」
瀬里奈がそう言って自分のカーディガンを脱ぎ、
マイキーに差し出すとマイキーは受け取らず
ただ一点を見つめていて酷く冷たい目をしていた。
「…………場地が死んだ…」
「うん。ドラケンから聞いた。
側に居なきゃって思って来た。」
「アイツ…あの時の御守り持ってたんだ」
マイキーがそう言うと瀬里奈はポツンと置かれた
薄汚れた交通安全の御守りを見つける。
「"誰かが傷付いたら皆んなで守る
一人一人がみんなを守るチームにしたい"
そう言って出来たチームだった……」
「………場地はマイキーの事も、
一虎の事も守りたかったんだね。
譲れなかったんだ どっちも。
二人とも東卍だもんね。」
瀬里奈はそう言って持っていたカーディガンを
前からマイキーにかけてそのまま抱き締めた。
「瀬里奈…俺 どうしたらいい?」
「どうって?」
「一虎の事…俺……」
「マイキーがしたいようにすれば良いよ。
どんな事を選んでもアタシはそれで良いから。」
"場地が大切なんでしょ?"
瀬里奈がそう言うとマイキーは涙が溢れて
ぽたぽたと大粒の雫がこぼれ落ちた。
「マイキーは仲間思いで優しいもんね。」
「瀬里奈…俺……一虎を許すよ。」
「うん。分かった。」
少し嗚咽が溢れながら涙を流して
子どものように瀬里奈のシャツを強く掴んで
カーディガンに顔を埋めてシミをつけて
縋るように自分を求めるマイキーが愛おしかった。
瀬里奈の表情は優しくマイキーを受け止めていて
まるで聖母のように暖かかった。
ーーーーーー…*°
「これでいいよな?場地……」
マイキーと瀬里奈は場地の墓参りに来ていた。
二人で手を合わせて目を閉じて
安らかに眠って天国に行ってくれる事を願った。
「瀬里奈 ありがとな」
「ううん。アタシよりもマイキーの方が辛いはずだから。」
「頬 もう痛くねェか?」
「……何言ってるの?もう痕も消えてるよ。」
マイキーは瀬里奈が前に青痣をつくった頬に手を添えて
優しい、でも何故か申し訳なさそうな目をしていた。
瀬里奈は今さら何を言い出すのかと笑いながら
マイキーの手に自分の手を添えてヒンヤリとした。
「場地に殴られたんだろ?」
マイキーから言われて瀬里奈はピクリと手を動かした。
「……どうして知ってるの?」
「千冬から聞いた。壱番隊について話し合ってて
その時アイツが言ってて場地の代わりに
自分が責任追うから殴って欲しいって言われた。」
「…ワンちゃんはやっぱり従順だね……。
怒らないの?アタシ マイキーに嘘ついたよ。」
「怒らねえよ。あの時 場地が殴ったって聞いてたら
俺と場地は敵になってた。
瀬里奈は場地が東卍に戻れるように黙ってたんだろ?」
「だって、マイキーには場地が必要でしょ?
結果…もういなくなっちゃったけど…」
瀬里奈がそう言うとマイキーは隣を歩いている
瀬里奈の手を取ってギュッと握り締めた。
「お前はいなくなんねェよな?」
足を止めてジッと見つめるマイキーの目は真剣だった。
「お前も俺には必要だ。」
「………いなくならないよ。
アタシはマイキーのモノだから。」
それは一種の呪いのように瀬里奈は笑って言うと
ギュッと手を握り返して引っ張って歩き出した。
マイキーは自分の兄と親友を殺した一虎を許した。
瀬里奈も同意はしたがそれはマイキーが一虎を許す事で
自分も許したわけじゃない。
自分は東卍のメンバーでは無いから仲間では無い。
場地を殺した事はどうでも良い。
真一郎を殺した罪だけは一生背負わせる。
一生許す事は絶対に無い。
ドラケンとタケミっちが一虎と面会した後、
瀬里奈は一虎のいる東京少年鑑別所に来ていた。
△