心酔










「真一郎が吸ってた煙草を俺の目の前で吸うな」



イザナはそう言うと瀬里奈は青く腫れた手を
カーディガンで隠した。



「俺の目的は瀬里奈、お前を天竺に入れる事だ。」

「……」



また凍てつく風が吹くが瀬里奈の表情は穏やかだった。
お互い似て違う白髪が靡いて柔らかい表情は
触れてはいけない危険を感じる余裕の笑みで
一つの者しか興味のない似た者同士の顔。



「じゃあ、マイキーからアタシを奪わないと。」



さっき女相手に手とはいえ蹴られたにも関わらず
瀬里奈は変わらず自分を意思を告げると
イザナもわかっていた様にカランとピアスが鳴る。



「真一郎の代わりか?」

「……アタシは真一郎のモノになるはずだった。
でも、真一郎が死んで何者にもなれないアタシは
何者でもないまま腐っていくだけだった。
そう…少し前の君みたいに」



瀬里奈はポツリポツリと歩きながら話出し
君みたいと言った時に足を止め、
挑発かと疑われるほどに
余裕のある表情でイザナを見上げた。

然しイザナは動じることも無く
同じように涼しい表情で見下ろす。



「何者かにならなきゃアタシは真一郎の近くにいれなかった。
それは腐った黒龍じゃない。もっと近い、
マイキーの側にいれば側に真一郎がいるようだった。
だからアタシはマイキーのモノになった。
所有物はね、持ち主に黙って離れたりしないの。
するとしたら持ち主から奪うだけ。
言葉の交渉なんて出来ないよ。
アタシはマイキーのモノだから。」

「所有物が主(あるじ)に黙って裏でコソコソしていいのか?」

「マイキーが止めろっていうなら止めるよ。
その代わりアタシは次の日にはいなくなるけど。
親父よりもアタシが有望だと知った途端
深い所までイカせてくれたから。
イザナが欲しいのはアタシじゃなくてその奥。
稀咲やココが必要としてきた裏社会のツテなんでしょ?
マイキーが必要としていないアタシを
イザナはどうやって奪ってくれるの?」

「お前のツテを欲しがってるのは稀咲だ。
俺は稀咲に利用されているだけだったけど、
話を聞いてよく分かったよ。俺はお前が欲しい。」



そう言うとイザナは瀬里奈の首に手を当てて
キュッと力を込めた。



「マイキーがお前を手放さないのは分かってる。
どんなお前でもずっと目を逸らして手元に大事にしていた。
大切にしていた所有物が自分を裏切って
自分の大切なもの全てが無くなった時
空っぽになったアイツを俺が作り替える!
そして天竺は東京卍會となり、裏社会の頂点に立つ!」



気持ちが高揚して笑いながら言うイザナは
ギュッと瀬里奈の首を絞めたままで
涼しい顔をしていた瀬里奈の表情が歪み
自分を掴むイザナの手を強く掴んだ。



「その為にはまずお前には利用されてもらう。」

「ぐっ…ぅ……はっ…」

「イザナ!」



イザナがこのままだと瀬里奈を殺しそうなほど
掴む強さが強まった時、イザナを呼び止めて
腕を掴んで瀬里奈から手を離させた。

ゲホゲホと必死に酸素を取り入れようと咳き込むと
瀬里奈とイザナの間に天竺の一人が立った。



「邪魔するなよ鶴蝶(カクチョー)」

「藤井瀬里奈の拉致は天竺への勧誘だろ!?
手荒な真似はするなイザナ!」

「テメェ、下僕の分際で何調子乗ってんだ?」

「今のは殺しかねなかっただろ!
そもそもチームを潰すのに女を利用するのも反対だ!
そんな汚ねえ真似しなくたって東卍は…」

「黙れよ 下僕が。」

「ッ……!」



イザナがキレた様子で言うと鶴蝶はピタッと黙った。
そしてイザナは地べたに崩れて
やっと呼吸が落ち着いてきた瀬里奈を見下ろす。



「マイキーにお前は必要ねえんだよ 瀬里奈。
俺と来ないなら今ここでお前を殺す。」

「イザナ!」

プルルルル!!


鶴蝶がまた声を上げると同時に
瀬里奈の携帯が鳴った。
表示を見るとマイキーだった。
出ろというようにイザナが顎で指示すると
瀬里奈は黙って通話に出た。



『瀬里奈、今どこ?
河川敷に行ってもいなかったから…』

「……マイキー…」

『?、何があった瀬里奈』



瀬里奈の異変に直ぐ気付いて
マイキーは急かすように食い気味で問い出した。



「アタシ…マイキーのモノだよね?」

『そうだよ。だから勝手に離れるな。
迎えにいくから場所を早く言え。』

「今 横浜にいる。」

『……誰と?』

「天竺の総長…黒川イザナと少し話してた。
マイキー…マイキーはもしもアタシが
イザナのモノになったらどうする?」

『………殺す。』

「イザナの欲しいモノがマイキーのいらないモノでも?」

『……瀬里奈、待ってろ。今 迎えにいくから、』

「マイキー 焦らなくても瀬里奈は解放する。」

『イザナ…』



イザナはパッと瀬里奈から携帯を奪っていた。



「天竺に勧誘したんだ。
ただお前の許可が必要らしい。」

『瀬里奈は俺のだ。瀬里奈に手ェ出したら
どうなるか分かってんのか?』



通話越しからでも伝わるマイキーの気迫に
イザナは動揺する事なく話を続ける。



「俺が瀬里奈を天竺に勧誘した理由は、
裏社会と通じる為だ。コイツにはそのツテがある。
うちの稀咲も黒龍の九井もコイツに世話になった。
知ってるか?自分の学校の女の他に
他校の女、男構わず甘い話を出して
裏の連中に仲介していたんだよ。
お前の嫌う汚ねえ事を隠してたんだこの女は。
どうだ?裏切られた気分は?」



イザナは瀬里奈が言わないのなら、
自分のものにならないのならと
瀬里奈がマイキーに言わなかった全てを告げた。
そしてさらに誰から情報を得たのか
瀬里奈の秘密をペラペラと続ける。



「コイツはずっと刑務所にいる親父が出てきた時、
そいつの居場所を無くすために奪ってきたんだ。
そして務所から出てくる親父を殺す事が目的だった。
そうだよなあ!?瀬里奈!」

「……」

『………話はそれだけか?』

「だとしたら?」

『瀬里奈を解放しろ。』

「………他に言うことねえのか?」

『瀬里奈とだけ話す。瀬里奈と代われ。』



イザナはしらけた顔で黙って携帯を瀬里奈に返した。
瀬里奈は柔らかい表情は消えて静かに携帯を受け取る。



「マイキー…アタシ…」

『瀬里奈、横浜の大きい観覧車があるとこまで来れる?』

「うん…」

『そこで会おう。』

「…分かった。」



そう言うと通話が切れた。



「これでマイキーはどうするか…」

「……ありがとう」

「は?」

「アタシの秘密…アタシから言えなかったから
代わりに言ってくれてありがとう。」

「…マイキーに捨てられるかもしれないんだぞ?
やめたってお前には後が……」

「言ったでしょ?所有物は勝手にいなくならない。
持ち主が捨てなきゃずっとね。
これでマイキーはアタシを捨ててくれる。」



瀬里奈はいつの間にかマイキーに捨てて欲しかった。
自分がマイキーにとって良くない存在だったから。

それをイザナは利用されたに過ぎなかった。













ーーーーーー…*°




夕暮れの観覧車を見上げてベンチに座っていると
CB250T(バブ)の音が聞こえた。
そして少し息を荒くしてマイキーが迎えにきた。



「瀬里奈…!」



瀬里奈を見つけた途端 マイキーは場所なんてお構いなしに
ベンチから立ち上がった瀬里奈を強く抱き締めた。
冷たく乱暴に怒られると思ったのに
いきなり抱き締められて瀬里奈は少し動揺した。



「マイ…キ……」

「怖かった…何かされてないかと思って、」

「それは大丈夫だけど…怒ってないの…?」

「すげー怒ってる。勝手にいなくなったから…」

「じゃなくて…もっと、アタシ、
マイキーの嫌いなこと全部……」

「親父なら俺が守ってやる。」

「………」

「いつ出てくるんだ?
それまでに結婚して、
お前の籍も何もかも全部を俺のものにして
誰にも付け入れないようにしてやる。
だから怯えてもう縛られるな。
俺がお前を守ってやるから。」



そう言って強く抱き締めるマイキーが優しくて
瀬里奈は添えるようにマイキーの肩に手を置いた。

叱ることもなく、捨てる事もなく
受け入れて全てを守ろうとしてくれるのだと
どんなに汚い自分でもこの人はもう
自分ナシでは生きられないのだと哀れに思った。