高鳴る鼓動








「ユィ AのAからFまでの患者にお薬お願い これカルテよ」

「分かりました」

「一昨日からずっとだけど大丈夫?」

「はい 大丈夫です」



ある日 イノセンスの手かがりを探しに出た探索班が多く帰ってきた。それにより医療班は慌ただしく忙しくて ユィも薬を用意したり届けたりと一昨日から休む暇もなく働いていた。ユィの薬は良く効く。だから休まず ずっと薬を調合して さらに改良を重ねたり忙しさは増すばかりだ。だがこういう忙しい時はユィの難聴が面倒だと思う輩も少なくはなかった。



「ユィ!DのC17にいる患者 神経麻痺が起きているんだ 見てくれ!」

「お薬です」

「おい ユィ ドクター呼んでるぞ」

「え?」

「〜〜〜!DのC17の患者を見てくれ!(怒)」

「は、はい…!」

「ったく 科学班に補聴器付けてもらえ!(怒)」

「ッ…!」ズキッ…



同じ医療班のドクターに言われてしまい ユィは胸を締め付けられた。補聴器なんて 過去に何台も両親や兄のバクが作ってくれた。それでも全く聞こえないというのは変わりなく 自分の力で話が分かるように口を読む練習をフォーやズゥ爺としたのだ。

落ち込み やる気を失われる発言だったのだが そんな余裕もなく ユィはグッと堪えて 仕事に戻った。











その後もユィは働き続け 落ち着いたのはその2日後の午後22時すぎだった。仮眠2時間程度の睡眠しか取れていないユィにとってはアジア支部では体験しなかった程のハードさだった。



「(眠い…そろそろ限界…)」



ユィはウトウトしながら コムイの元に向かっていた。漢方薬はヨーロッパでは取れるものは少なく アジア地方から輸入していたり 自家栽培を進めているのだが 栽培はまだ実らず 輸入申請書を届けに来たのだ。



コンコンッ
「は〜〜い〜〜……」

ガチャッ
「コムイ室長 お疲れさまです」

「あ〜 ユィちゃんお疲れさま〜…」



コムイは机に項垂れてお疲れモードだった。



「疲れているのにすみません…薬草の発注をしたいので申請書に判押して下さい」

「うん いいよー。医療班忙しかったでしょ?大丈夫?」

「大丈夫です」

「そっか ならいいんだけど かなり眠そうだよ」

「!、ふふっ バレましたか」

「もう落ち着いたならゆっくり休んでね」

「はい ありがとうございます」



コムイはユィに判を押して 申請書を渡した。ユィは コムイ室長もゆっくり休んで下さい と優しい言葉を告げて室長室を出て行った。



「(これを出したら寝よう…)ッ……!?」フラッ



ユィはスタスタと歩いていたのに 急に目眩が生じて視界がぼやけ 身体全体が崩れ ふわりと空気を切った。あ 倒れる そう頭が過ぎったとしても そのまま目を閉じてしまった。













ーーーーーー…*°




「………ん…」


目が覚めると 埃たった黒い天井が見えた。寝起きだからか まだ睡眠が足りないのか 頭がズキンズキンと痛みがある。手を頭に乗せて 状況を思い出そうとすると コムイから判を押してもらった後から記憶がない。ギジリとスプリングが鳴り 身体を起こすと 見慣れない部屋のベッドの上だった。



「……?」



ユィは状況が掴めないのか目をパチパチとさせる。そして扉が開き 入ってきた人物は、



「神…田…さん…?」

「目覚ましたか」



団服を脱ぎ 黒いピタッとしたストレッチインナーに中国服パンツを着た神田の手には良い香りのする丼をお盆に乗せて持っていた。



「あの…ここは…わたし……」

「通路で倒れたんだよ 何事かと思えば ぐーすか寝息立ててたから俺の部屋に運んだ。お前の知らねえし」

「わ、わたし 通路で寝てたんですか!?/// しかもすみません 神田さんの部屋で眠るなんて…!」

「いい。ぐーすか寝ながら腹も鳴ってたから ジェリーにお前がいつも食う奴作ってもらった。起きてなかったら叩き起こしてたぜ」

「!、もしかして 中華粥…」

「さっさと食って寝ろ」コト…



神田はサイドテーブルにお盆を乗せた。蓋が閉まっているが ほかほかと隙間から湯気が出て 良い香りに食欲がそそられ ユィはカチャッと蓋を取った。



「わぁ…やっぱり中華粥でした…。神田さん ありがとうございます」

「さっさと食えよ」

「はい 頂きます」



ユィは両手を合わせ 頂きますと言ってから ハフハフと食べ始めた。最近のんびり食べる暇はなく 中華まん1つで乗り切っていた為 中華粥は久しぶりだ。いつもの出汁の味がふわりと口に広がる。神田は床に腰を下ろして 胡座をかき そっぽを向いていた。



「もぐもぐ…そういえば今何時でしょうか…」

「午前7時半」

「え!?た、大変…!寝すぎた…!!(汗)」

「婦長に伝えてある。今日は非番だそうだ」

「え、本当ですか?」

「こんな事嘘言うかよ」

「あ、ありがとうございます…//」



ユィは深々と神田にお辞儀をした。



「良いから食えよ」

「はいっ」



神田がそう言うと ユィは笑顔で返事をして またハフハフと食べ進めた。バクバクと早く胃に入れたい気持ちもあるが 熱々な為 ゆっくりと食べていく。だが話を逃さないようにチラチラ 神田を見ていた。



「なんだよ」

「あ、すいません 見ていないと話しかけられたか分からないので…(汗)」

「食事中に話しかけねえよ」

「そうでしたか もぐもぐ…」

「……」



そうするとユィは食べる事に集中し始めた。薬剤師というのにエクソシストに助けられるなんてと心の中で思いながら。そうするとつい胸が痛んだ。しばらくして食べ終えたユィはカランとれんげを器に戻した。



「ごちそう様でした」



神田は眠っているのか目を閉じていた。



「(寝てしまったのだろうか…長居するのも良くないし メモを残して戻ろう…)」ガサゴソ…

「食い終わったか」

「あ、はいっ すみません 神田さんのお部屋で食事なんて…」

「別に良い」

「…なんか 不甲斐ないです…わたしが看病する側なのに エクソシストの方に看病されてしまうなんて……」

「無理すれば そうなるだろ」

「でも無理しなければ 他の方が無理をすることに…」

「…俺は誰よりもお前が働いてると思うがな」

「神田さん…」

「……///(汗)」


向き合わないと言葉が分からないユィの為に神田は正面から自分にとっては照れくさい言葉を発してしまい 少し顔が赤くなり そっぽを向いた。



「神田さん」



名前を呼ばれ チラリとユィを見ると ユィも嬉しそうに顔を赤くして 笑顔になっていた。



「ありがとうございます」








これは恋の始まりの笑顔。