First Day
▽
ゴールデンウィーク初日。
集合場所である九頭龍高校の体育館前には、
すでに男子バスケットボール部の面々が集まっていた。
大きなスポーツバッグを肩に掛けた知夏は、
小さく息を吐く。
(……アウェー感すご)
男ばかりの集団に女子が二人。
しかも自分は部員ですらない。
居心地の悪さに、
思わずバッグの持ち手を握り直した。
「えっと……お前は確か――」
百春が知夏を見て口を開く。
しかし最後まで言い切る前に、
「なんでおるんじゃ」
低い声が割って入った。
トビだった。
露骨に不機嫌そうな顔で知夏を見ている。
知夏も負けじと視線を返した。
「奈緒一人じゃ心配だからアタシは監視役」
さらりと言った。
「監視……」
百春が苦笑する。
奈緒が慌てて説明に入った。
「知夏ちゃんには私のサポートと、
練習も少し手伝ってもらうことになりました!」
「広末さん!」
空がぱっと笑顔になる。
「よろしくね!」
「よろしくお願いします」
知夏も軽く頭を下げた。
その様子を見た千秋、安原、茶木、鍋島は、
「女子増えた!」
「やった!」
「合宿っぽくなってきた!」
などと、分かりやすく浮かれている。
その一方で、
「……」
トビだけは腕を組んだまま。
最後まで不満そうだった。
知夏も視線を合わせようとはしない。
(はいはい)
(嫌われてますよー)
くらいの気持ちで受け流していた。
「それでは!」
奈緒がパンッと手を叩く。
「今日は初日なので、
軽めのメニューから始めます!
着替えたら体育館に集合してください!」
「「「「「押忍!」」」」」
男子部員たちの返事が響いた。
◇
体育館。
奈緒がホワイトボードを準備している横で、
知夏はボールカゴのキャスターを運んでいた。
「軽めって、どんなメニュー?」
「これ!」
奈緒からメモを渡される。
知夏は何気なく目を通した。
「……」
沈黙。
「……奈緒」
「うん?」
「これ、軽め?」
そこには、
シャトルラン。
ラダートレーニング
ダッシュ。
サイドステップ。
そして、また走る。
(うわ……)
(嫌いなメニューしかない)
思わず顔が引きつる。
「不足した時しか参加しないからね」
「全部参加してもいいんだよ?」
奈緒はにこっと笑う。
その笑顔が、本気なのか冗談なのか分からない。
知夏はもう一度メモを見つめ、
(……軽めって何だっけ)
心の中だけで突っ込んだ。
◇
練習が始まると、体育館には足音だけが響く。
ひたすらシャトルラン。
経験者は重心移動が自然だから、まだ走れる。
しかし初心者組は違った。
「はぁ……!」
「む、無理……!」
「足がぁ……!」
安原、茶木、鍋島の三人は開始十分も
しないうちに足取りが重くなる。
フォームが安定しない分、余計な力を使ってしまう。
気付けば三人とも、
半分ゾンビのような顔で走っていた。
(……大変)
知夏は奈緒の隣でその様子を眺める。
その時だった。
「や。」
柔らかな声がする。
振り返ると、そこにはマドカが立っていた。
「マドカ先輩」
「広末さんも来てたんだ」
「奈緒が心配だったんで」
「あー……」
マドカは納得したように笑う。
「そうだよね。」
「先輩はどうしたんですか?」
「散歩してたら、もしかしたらいるかなって。」
本当は家族旅行に一人だけ置いていかれ、
暇を持て余していただけなのだが、
それはさすがに後輩には言えなかった。
「よかったら私も手伝うよ」
マドカは奈緒へ向き直る。
「人数が多い方が、奈緒ちゃんも楽でしょ?」
「ありがとうございます!」
奈緒はぱっと笑顔になる。
知夏も軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「じゃあ」
奈緒は少し考えてから言った。
「マドカ先輩は夕食の準備を
お願いしてもいいですか?
十八時には切り上げて家庭科室へ向かいます!」
「うん!任せて!」
マドカは元気よく頷く。
(料理できるんだ……)
知夏は少し感心した。
(美人で優しくて料理までできるとか、
スペック高すぎじゃん。)
そう思ったのは、この時だけだった。
◇
十八時。
待ちに待った夕食の時間。
しかし、家庭科室へ近づいた瞬間だった。
知夏はぴたりと足を止める。
「……」
鼻を突く異臭。
恐る恐る扉を開けると、
そこには見たこともない料理が並んでいた。
魚は骨付きどころか骨が主張している。
野菜は芯まで豪快に入っている。
焦げているのか、生なのかも分からない。
そして何より、食欲を失わせる
独特な匂いが部屋中に漂っていた。
「どうしたのみんな?」
マドカだけが満面の笑みだった。
「遠慮しないで、どんどん食べて?」
本人は何の疑いもなく料理を口へ運んでいる。
(……本気なんだ)
知夏は奈緒を見る。
奈緒も同じ顔をしていた。
空とトビも顔を見合わせる。
誰ともなく席を立った。
「……コンビニ行こ。」
知夏の一言に、
「……うん」
奈緒が頷く。
そのまま全員が静かに家庭科室を後にした。
ただ一人を除いて。
百春だけは席に座ったままだった。
黙って箸を取り、
何も言わず料理を口へ運ぶ。
美味いとも、不味いとも言わない。
ただ、最後まで食べ続けた。
――数十分後。
コンビニから戻った知夏たちを待っていたのは、
一台の救急車だった。
マドカの手料理を一人で完食した花園百春は、
腹痛を訴えて病院へ搬送され、
そのまま合宿初日で離脱することになる。
△
>ゴールデンウィーク初日。
集合場所である九頭龍高校の体育館前には、
すでに男子バスケットボール部の面々が集まっていた。
大きなスポーツバッグを肩に掛けた知夏は、
小さく息を吐く。
(……アウェー感すご)
男ばかりの集団に女子が二人。
しかも自分は部員ですらない。
居心地の悪さに、
思わずバッグの持ち手を握り直した。
「えっと……お前は確か――」
百春が知夏を見て口を開く。
しかし最後まで言い切る前に、
「なんでおるんじゃ」
低い声が割って入った。
トビだった。
露骨に不機嫌そうな顔で知夏を見ている。
知夏も負けじと視線を返した。
「奈緒一人じゃ心配だからアタシは監視役」
さらりと言った。
「監視……」
百春が苦笑する。
奈緒が慌てて説明に入った。
「知夏ちゃんには私のサポートと、
練習も少し手伝ってもらうことになりました!」
「広末さん!」
空がぱっと笑顔になる。
「よろしくね!」
「よろしくお願いします」
知夏も軽く頭を下げた。
その様子を見た千秋、安原、茶木、鍋島は、
「女子増えた!」
「やった!」
「合宿っぽくなってきた!」
などと、分かりやすく浮かれている。
その一方で、
「……」
トビだけは腕を組んだまま。
最後まで不満そうだった。
知夏も視線を合わせようとはしない。
(はいはい)
(嫌われてますよー)
くらいの気持ちで受け流していた。
「それでは!」
奈緒がパンッと手を叩く。
「今日は初日なので、
軽めのメニューから始めます!
着替えたら体育館に集合してください!」
「「「「「押忍!」」」」」
男子部員たちの返事が響いた。
◇
体育館。
奈緒がホワイトボードを準備している横で、
知夏はボールカゴのキャスターを運んでいた。
「軽めって、どんなメニュー?」
「これ!」
奈緒からメモを渡される。
知夏は何気なく目を通した。
「……」
沈黙。
「……奈緒」
「うん?」
「これ、軽め?」
そこには、
シャトルラン。
ラダートレーニング
ダッシュ。
サイドステップ。
そして、また走る。
(うわ……)
(嫌いなメニューしかない)
思わず顔が引きつる。
「不足した時しか参加しないからね」
「全部参加してもいいんだよ?」
奈緒はにこっと笑う。
その笑顔が、本気なのか冗談なのか分からない。
知夏はもう一度メモを見つめ、
(……軽めって何だっけ)
心の中だけで突っ込んだ。
◇
練習が始まると、体育館には足音だけが響く。
ひたすらシャトルラン。
経験者は重心移動が自然だから、まだ走れる。
しかし初心者組は違った。
「はぁ……!」
「む、無理……!」
「足がぁ……!」
安原、茶木、鍋島の三人は開始十分も
しないうちに足取りが重くなる。
フォームが安定しない分、余計な力を使ってしまう。
気付けば三人とも、
半分ゾンビのような顔で走っていた。
(……大変)
知夏は奈緒の隣でその様子を眺める。
その時だった。
「や。」
柔らかな声がする。
振り返ると、そこにはマドカが立っていた。
「マドカ先輩」
「広末さんも来てたんだ」
「奈緒が心配だったんで」
「あー……」
マドカは納得したように笑う。
「そうだよね。」
「先輩はどうしたんですか?」
「散歩してたら、もしかしたらいるかなって。」
本当は家族旅行に一人だけ置いていかれ、
暇を持て余していただけなのだが、
それはさすがに後輩には言えなかった。
「よかったら私も手伝うよ」
マドカは奈緒へ向き直る。
「人数が多い方が、奈緒ちゃんも楽でしょ?」
「ありがとうございます!」
奈緒はぱっと笑顔になる。
知夏も軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「じゃあ」
奈緒は少し考えてから言った。
「マドカ先輩は夕食の準備を
お願いしてもいいですか?
十八時には切り上げて家庭科室へ向かいます!」
「うん!任せて!」
マドカは元気よく頷く。
(料理できるんだ……)
知夏は少し感心した。
(美人で優しくて料理までできるとか、
スペック高すぎじゃん。)
そう思ったのは、この時だけだった。
◇
十八時。
待ちに待った夕食の時間。
しかし、家庭科室へ近づいた瞬間だった。
知夏はぴたりと足を止める。
「……」
鼻を突く異臭。
恐る恐る扉を開けると、
そこには見たこともない料理が並んでいた。
魚は骨付きどころか骨が主張している。
野菜は芯まで豪快に入っている。
焦げているのか、生なのかも分からない。
そして何より、食欲を失わせる
独特な匂いが部屋中に漂っていた。
「どうしたのみんな?」
マドカだけが満面の笑みだった。
「遠慮しないで、どんどん食べて?」
本人は何の疑いもなく料理を口へ運んでいる。
(……本気なんだ)
知夏は奈緒を見る。
奈緒も同じ顔をしていた。
空とトビも顔を見合わせる。
誰ともなく席を立った。
「……コンビニ行こ。」
知夏の一言に、
「……うん」
奈緒が頷く。
そのまま全員が静かに家庭科室を後にした。
ただ一人を除いて。
百春だけは席に座ったままだった。
黙って箸を取り、
何も言わず料理を口へ運ぶ。
美味いとも、不味いとも言わない。
ただ、最後まで食べ続けた。
――数十分後。
コンビニから戻った知夏たちを待っていたのは、
一台の救急車だった。
マドカの手料理を一人で完食した花園百春は、
腹痛を訴えて病院へ搬送され、
そのまま合宿初日で離脱することになる。
△