胸の内







奈緒に誘われ、知夏はマドカと
三人で近くの銭湯へやって来た。

久しぶりの温泉だった。

知夏は気持ち良さそうに肩まで湯船へ浸かり、
大きく息を吐く。

「はぁ……。」

身体の力がふっと抜けていく。

三人は湯船に浸かりながら、
のんびりと話をしていた。

「本当に良いんですか?マドカ先輩……」

「うん。二人が心配だし。
あの男ども野獣だから。」

マドカは苦笑いを浮かべる。

「実を言うと、私もそれが心配で……」

奈緒も小さく笑った。

「だからあたしが来たんじゃん。」

知夏は湯船の縁に腕を乗せながら、さらりと言う。

しばらく沈黙が流れ、湯気だけが静かに立ち上る。

やがて奈緒が、小さく息を吐いた。

「でも本当は、
もう一つ不安があるんですよね……。」

二人は奈緒へ視線を向ける。

「バスケの知識だけ集めたって、
それだけで正しいコーチングが出来るわけじゃない。

みんなの前ではさも自信ありげにしてるけど、
今回の合宿だっていい成果が出るかどうかは
正直分からないんです。

でも私が弱気なところを見せちゃったら、
みんなに不安を与えちゃうし、
嫌われても仕方ないって気持ちで
臨んではいるんですけど……。」

そう言いながら、奈緒は顎まで湯船に沈んだ。

知夏は両手を組み、湯面に向かって
小さな水鉄砲を飛ばす。

ぱしゃっ、と静かな音が響いた。

「……数日の合宿一回でめっちゃ上手くなったら、
今まで必死に練習してきた人達泣くけどね。」

現実的な言葉だった。

けれど、その声色はどこまでも穏やかだった。

「それはそうなんだけど……」

奈緒も分かっている。

それでも、みんなの期待に応えたい。

そんな気持ちがあるからこそ、不安になるのだ。

知夏はもう一度、小さく水面を弾いた。

「もし奈緒のせいにするような人たちだったら、
結局ずっと怖い不良のまんまだよ。」

知夏は本気でそう思っていた。

もし奈緒が責められるようなことがあれば、
自分が絶対に守る。

そんな覚悟が、その一言には込められていた。

「……ありがとう、知夏ちゃん。」

奈緒はほっとしたように笑った。

「あっつ……のぼせたー。」

知夏は立ち上がる。

「先に牛乳飲んで待ってます。」

「うん。」

知夏は湯に浸かりすぎて少しのぼせたのか、
タオルを頭に乗せながら先に浴場を出ていった。

残された奈緒とマドカは、
自然と知夏の話になった。

「広末さんと仲良いんだね。」

「はい。同じクラスで、一番最初の友達です。」

「広末さんもバスケすごく上手なのに、
先輩が言うのもあれだけど、
なんでウチに来たんだろ。」

「家が近いらしいですよ。」

「そうなんだ。」

マドカは少し驚いたように頷く。

「中学が立野って聞いた時、びっくりしたよ。
この辺だと一番強い中学だったから。」

「家から近かったですから。」

奈緒は頷いた。

「早く帰らなきゃいけない理由があるの?」

「親が楽器屋さんとライブハウスを経営してて、
バイト代わりに店番するらしいです。

でも、クズ高に来た理由は
それだけではなくて……。」

奈緒は少しだけ言葉を止めた。

「知夏ちゃん、本当にバスケが好きなんです。

でも、優しすぎるから……。」

「……?」

言葉を濁す奈緒に、マドカは首を傾げる。

しかし、それ以上は自分の口から言いたくないのか、
奈緒は慌てて立ち上がった。

「わ、私ものぼせてきちゃいました!

マドカ先輩はまだまだ浸かってて下さい!」

「ううん。」

マドカも立ち上がり、小さく笑う。

「私も出たいと思ったところだから。」

結局、その先を聞くことはなかった。

湯気だけが、静かに二人の間を流れていた。





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