Different







女子が一足先に練習を終えると、
男子は待ってましたと言わんばかりに
仕切りのネットを外し始めた。

「よっしゃ!オールコートだぜ!」

嬉しそうな声が体育館に響く。

知夏はコートの端へ腰を下ろし、
バッシュの紐を緩める。

ようやく一息つける――そう思った時だった。

ふっと目の前が陰る。

顔を上げると、そこには難しい顔をした
夏目健二が立っていた。

「……な……なー」

名前が出てこない。

確か、“な”から始まる。

そんな知夏を見て、夏目は小さく鼻を鳴らした。

「夏目じゃ」

少し間を置いて付け加える。

「トビでええ」

「トビ?」

知夏は首を傾げた。

(何でトビなんだろ。)

由来は分からない。

でも覚えやすい。

そんな二人を、少し離れた場所から奈緒や空、
それに男子部員たちも気にして見ていた。

夏目は真っ直ぐ知夏を見据える。

「俺と1on1せえ」

「え、嫌だよ」

間髪入れずに返ってきた答えに、
夏目が声を上げる。

「なんじゃと!?」

「いや、いくら私が上手いって言われても、
トビの方が見た感じ上手いし。」

知夏は肩をすくめる。

「身長差もあるし、練習にならないでしょ。」

「少なくとも、こいつらよりはなる。」

夏目が親指で後ろを指した。

そこには安原、茶木、鍋島の三人。

まだドリブルもおぼつかない初心者組である。

「あー、それは……」

知夏は三人を見て同情する。

否定できない。

「「「おい!!」」」

三人の声がきれいに重なる。

体育館に笑いが起きた。

「つべこべ言わんと、紐結び直せ」

「えー……」

知夏は露骨に嫌そうな顔をする。

「あたしとは気が合わないんじゃなかったの?」

「気ぃは合わん」

 夏目は即答した。

「練習には付き合え」

「我儘だなぁ」

知夏はため息をつく。

この人は絶対に引かない。

そう思った、その時。

「僕も広末さんのプレー見たいです!」

空が勢いよく手を挙げた。

「やだ」

「えぇっ!?」

今度も即答だった。

空は分かりやすく肩を落とす。

「知夏ちゃん」

奈緒が困ったように微笑む。

「私からもお願い」

知夏は黙る。

少しだけ考えて。

ゆっくり息を吐いた。

「……奈緒の頼みなら仕方ない」

立ち上がり、緩めたバッシュの紐を
きつく締め直す。

ぐっと結び目を引いた。

奈緒に頼まれると、不思議と断れない。

出会ってまだ数週間だというのに、
その真っ直ぐな笑顔には調子を狂わされる

夏目がボールを差し出す。

「お前から先でええ」

「はいはい」

ボールを受け取る。

一度返す。

もう一度受け取る。

互いにリズムを合わせるためのルーティーン。

強豪校時代から何度も繰り返してきた動作だった。

「始めるぞ。」

知夏は力を抜いたままドリブルを始める。

夏目は腰を深く落とし、重心を低く構えた。

左右へ細かく揺れるボール。

知夏は一瞬だけ視線を上げる。

次の瞬間、大きく右へ踏み出した。

夏目も読む。

素早く体を入れ、ゴールへの道を塞ぐ。

(速い。)

知夏はすぐに切り替える。

レッグスルー。

ボールを左へ逃がし、コートを広げる。

そこから再び中へ。

ロールターン。

肩だけを残すフェイント。

夏目の重心が半歩ずれた。

(今。)

振り向きざまに体を起こす。

リングまで残り数メートル。

迷わずミドルレンジから放つ。

シュッ――。

ボールはリングに触れることなく、ネットを揺らした。

「……。」

一瞬、体育館が静まる。

「トビから一点取った……。」

安原が思わず呟いた。

「何した今?」

茶木も目を丸くする。

「全然見えんかった……。」

鍋島も呆然とする。

「油断しただけじゃ。」

夏目はすぐにボールを拾い上げる。

負けず嫌いなのは誰の目にも明らかだった。

ボールを知夏へ渡す。

知夏はワンドリブルだけつき、そのまま返す。

今度は夏目の番。

一気に距離を詰める。

鋭い一歩。

知夏も下がる。

しかし、止めにいかない。

夏目はそのままダブルクラッチでリング下を制した。

ネットが揺れる。

それでも夏目の表情は晴れなかった。

「……ナメとんのか」

知夏を睨む。

「いや、」

知夏は回収したボールを
人差し指の上でくるくる回した。

「本気で止めたら怪我するでしょ」

笑いながら続ける。

「私、ディフェンス得意じゃないし」

そんな言い訳が通じる相手ではない。

「……まぁ、こういう奴だと思っといてよ」

知夏はいつものように笑った。

その笑顔が、夏目には一番気に入らなかった。

「……そうか」

視線を逸らす。

「誘ったんが間違いじゃった」

「うん。分かってくれた?」

知夏は満足そうに笑う。

その横で奈緒だけは、小さく俯いていた。

「知夏ちゃん…でも私は……」

「ありがとう、奈緒」

知夏は優しく笑う。

「でも、私はこれでいいんだ」

奈緒は何も言えなかった。

空だけが状況を理解できず、
知夏と夏目を交互に見つめている。

夏目が知夏を認めない理由。

それは技術ではない。

勝ち負けに執着しない、その考え方だった。

全国を目指そうとしている男子バスケ部にとって、
その価値観はあまりにも相容れない。

「ねぇ!」

空がぱっと顔を上げる。

「3ポイントシュートも打てる?」

「打てるよ」

「見たい!」

「注文が多いお子様だなぁ」

「同い年だけど!?」

知夏は笑いながら3ポイントラインまで下がる。

ゆっくりと膝を曲げる。

無駄のないフォーム。

両手から放たれたボールは高く、美しい弧を描いた。

シュッ。

リングの中心を射抜く。

体育館に乾いた音が響く。

空は目を輝かせた。

「うん。」

確信したように頷く。

「やっぱりフォームが完璧だった」

「そりゃどうも」

「沢山練習しないと、
あんなフォームにはならないよ。」

知夏は少し照れくさそうに頭をかく。

「一応、ミニバスからやってるし」

「そうなんだ!」

「教えてくれた人が上手かったからかな」

そう言って笑った知夏を見て、
空はどこか懐かしいものを見るような気持ちになった。

その笑顔も。

そのシュートフォームも。

なぜだか、とても見覚えがある気がした。






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