涙は誰のもの


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任務を終えて洋館へ帰ってきたエレナは、
洋室にあるウィングチェアへ深く腰掛けていた。

窓の外には、欠けた月。

手元には古書。

けれど、
文字はほとんど頭へ入ってこない。

エレナはただ、
ぼんやりと月を見上げていた。

静かな部屋。

その沈黙を、
軽いノック音が破る。

「……入るぞ」

扉が開き、
煙草を咥えたティキ・ミックが入ってきた。

黒いコート。

乱れた黒髪。

彼も今帰ってきたばかりなのだろう。

微かに、
血の匂いがした。

けれどそれは、
きっとエレナも同じだった。

ティキはエレナを見る。

そして短く沈黙した後、
静かに問い掛けた。

「白い花はイノセンスだったのか?」

歩み寄りながらの問い。

エレナは目を伏せたまま、
小さく頷く。

「…うん」

それだけ答える。

ティキは煙を吐き、
窓の外を見た。

「一人で任務に出た気分はどうだ?」

深い意味のない問いだった。

ただ、
何となく聞いただけ。

けれどエレナは、
静かに目線を落とした。

思い出すように、
ゆっくり口を開く。

「老婆に……
話しかけられた…」

掠れた声。

「眠らせる花が咲く古城へ
向かう私を、心配して……」

ティキは黙って聞いている。

「老婆のそばにいた子どもは……
自分の娘だったAKUMAなのに……」

エレナは静かに瞬きをした。

死んだ母親を呼び戻した子供。

そのAKUMAに殺された子供。

孫だと信じ、
気づけなかった老婆。

そして、
母親の魂を結び、
この世界へ留まり続けるAKUMA。

どれも、
愚かだった。

人間は死を受け入れられない。

だからAKUMAが生まれる。

エレナはそう理解している。

それなのに。

話しているうちに、
また涙が零れていた。

静かに。

音もなく。

ティキはそれを見ると、
ゆっくりエレナへ近づく。

頬を伝う涙を指先で拭った。

「お前が流してるこの涙は、
AKUMAにされた憐れな母親に向けてか?」

低い声。

エレナは静かに首を横へ振る。

「……分からない……」

その声は、
酷く曖昧だった。

「私の中のノアは涙脆くて……
いつも悲しい気持ちが流れてくる……」

ティキの指先が、
またエレナの頬へ触れる。

「イノセンスを破壊する時ですら……
マーシーマは、
憎しみの中に悲しみがある……」

エレナはそう呟きながら、
ティキの手へ、
そっと自分の手を重ねた。

白い指先。

冷たい体温。

ティキは何も言わない。

ただ静かに、
その仕草を見下ろしていた。

エレナはゆっくり目を伏せる。

「……マーシーマは……
私より人間らしい所があって……羨ましい」

ぽつりと零れた本音。

エレナは、
ずっと人形だった。

愛玩され、
飾られ、
感情さえ綺麗に閉じ込められていた。

だから。

怒りも、
悲しみも、
涙も。

マーシーマのメモリーから流れてくる感情の方が、
ずっと“生きている”ように思えた。

窓の外では、
欠けた月が静かに夜を照らしている。

その淡い光の中で、
ティキだけが小さく目を細めていた。








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