白い夢は風化する
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古城へ向かう途中、
小さな町があった。
海沿いの風が強い、
寂れた町。
石造りの家々は古び、
空気はどこか湿っている。
エレナが町へ入ると、
人々の視線が静かに集まった。
黒いゴシックドレス。
白い肌。
黒レースの日傘。
田舎町には似つかわしくない、
貴族令嬢。
人々はまるで、
腫れ物を見るような目でエレナを見る。
けれどエレナは、
彼らへ視線を返さなかった。
ただ静かに、
崖へ続く道を歩いていく。
すると。
「お嬢ちゃん……」
掠れた声が、
背後から呼び止めた。
エレナが振り返ると、
ぼろぼろの布を頭から被った老婆が立っている。
その足元には、
老婆へしがみつく小さな子供。
老婆は怯えた目で、
崖の上を見た。
「あそこへ行く気かい……?
やめた方がいい……」
震える声。
「あの城は……
花は呪われてる……」
エレナは静かに老婆を見る。
怯え。
疲弊。
諦め。
そういう感情が、
その皺だらけの顔へ刻まれていた。
エレナは小さく目を細める。
「……呪いを解きに来ました」
静かな声だった。
人形みたいに綺麗な微笑み。
老婆と子供は、
ただ呆然とエレナを見る。
そのままエレナは、
再び崖へ向かって歩き出した。
二人は追いかけてこない。
ただ、
去っていく黒い背中を見つめていた。
やがて。
海岸沿いの崖へ辿り着く。
強い潮風。
灰色の海。
その上にそびえる古城。
城を囲うように、
白い花が咲き乱れていた。
異様な光景だった。
季節外れの花畑。
白く、
静かで、
まるで夢みたいに美しい。
風に乗って、
花粉が舞っている。
あれを吸えば、
人は永い眠りへ落ちる。
けれど。
触れたものを風化させる、
マーシーマの能力なら。
周囲の花粉ごと、
朽ち果てさせることが出来る。
千年伯爵が、
エレナへこの任務を与えた理由も、
きっとそれだった。
エレナは崖の前へ立つ。
白い花畑を見上げながら、
静かに手を伸ばした。
そっと、
岩肌へ触れる。
その瞬間。
崖が黒ずむ。
下から上へ。
まるで時間そのものが腐っていくみたいに、
岩肌が急速に風化していく。
白い花も、
一斉に萎れた。
花弁が縮み、
黒く枯れ、
乾いた音を立てて崩れていく。
――パキ、パキパキッ。
亀裂。
古城の壁が割れる。
鉄が錆び、
柱が腐り、
石造りの城が寿命を迎えたように崩壊していく。
強い海風が吹いた。
次の瞬間。
古城が、
砂となって崩れ落ちた。
白い花畑も、
崖そのものも、
全てが風化していく。
枯れた花弁が空を舞い、
白い砂が海へ流されていく。
幻想みたいだった景色は、
一瞬で消え去った。
そこに残ったのは、
ただの平地。
何も無い。
最初から、
何も存在しなかったみたいに。
エレナは静かに踵を返す。
そのまま、
来た道を戻り始めた。
すると。
また、
あの老婆と子供が立っていた。
老婆は震えている。
怯えた目で、
エレナを見ていた。
「あ……
あんた……
神か何かなのかい……?」
エレナは答えない。
ただ、
静かに二人の横を通り過ぎる。
そして。
通り過ぎざまに、
ぽつりと零した。
「……あとは、
貴方達の役割を果たしなさい」
静かな声。
「AKUMA」
老婆の目が見開かれる。
次の瞬間。
子供が笑った。
ぐしゃり。
肉が裂ける音。
老婆へしがみついていた小さな身体が、
異形へ変わる。
機械的な腕。
歪な口。
AKUMA。
老婆が悲鳴を上げる間もなく、
その身体は喰い千切られた。
血飛沫が、
石畳へ散る。
エレナは振り返らない。
悲劇は、
いつだって人間のすぐ傍にある。
白い夢が終わっても。
AKUMAは、
まだ世界の中に居続けているのだから。
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