雨の終わりに
🌙
久しぶりの晴天だった。
長く降り続いていた雨は止み、
石畳にはまだ水が残っている。
水溜まりへ映る空は薄青く、
眩しいほど澄んでいた。
エレナは静かに街を歩く。
褐色だった肌は、
人間社会へ溶け込めるよう、
透けるような白さへ戻していた。
黒いゴシックドレス。
長い白銀の髪。
そして、
千年伯爵から贈られた黒レースの日傘。
陽光を避けるように差されたそれは、
まるで喪服の一部みたいだった。
街は賑やかだった。
人々の話し声。
馬車の音。
店先から流れる呼び込み。
子供達が笑いながら駆け抜け、
貴婦人達は扇で口元を隠しながら、
楽しそうに囁き合っている。
エレナはゆっくり歩いた。
じっと観察するように。
けれど、
浮きすぎないよう周囲と歩幅を合わせる。
店から焼きたてのパンを抱えて出てくる青年。
路上で恵みを待つ、
煤けた老人。
建物のベランダで、
白いシーツを干す召使。
ボールへ乗った道化師の大道芸へ、
人々が歓声を上げている。
社交界とは違う世界だった。
綺麗に磨かれた笑顔だけではない。
泣き声も、
笑い声も、
雑多に混ざっている。
エレナは静かに瞬きをした。
浮浪者として生きるティキ・ミックは、
こういう場所を好むのだろう。
酒。
喧騒。
人の熱。
彼は、
そういうものの中で笑える。
不思議なことだと思った。
エレナは、
まだこの空気に慣れない。
ただ、
少しだけ嫌いではなかった。
その時。
前方から、
仲睦まじく歩く夫婦が見えた。
紳士は穏やかに微笑み、
婦人は花束を抱えて幸せそうに笑っている。
ありふれた光景。
どこにでもある、
平和な日常。
――けれど。
すれ違った瞬間。
エレナの胸へ、
微かな終焉の感覚が流れ込む。
エレナは静かに目を向けた。
紳士が、
こちらを見て笑っている。
その目の奥にあるものを、
エレナは知っていた。
AKUMA。
人間へ紛れ込んだ、
悲劇の成れの果て。
婦人は、
何も知らずその腕へ寄り添っている。
幸せそうだった。
あまりにも。
エレナは足を止める。
遠ざかっていく二人の背中を、
静かに見つめた。
千年伯爵は、
愛する者を失った人間へ手を差し伸べる。
悲しみに沈む人間へ、
希望を与える。
死者を取り戻せると、
優しく囁く。
そして人間は、
救いへ縋るみたいにその手を取る。
愛した者を、
もう一度見たいから。
もう一度、
声を聞きたいから。
だからAKUMAは生まれる。
愚かだった。
けれど。
哀しかった。
人間は弱い。
弱いから、
死を受け入れられない。
エレナは水溜まりへ視線を落とす。
映る空は、
どこまでも綺麗だった。
その青さが、
酷く空虚に見えた。
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