暗夜の果てに
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[ ヨコハマ ]
モダンで無機質な高層ビル群と、
ノスタルジックな情緒を残す建物が混在する
港湾都市・ヨコハマ。
しかし、先の大戦終結後、
連合軍系列の各国軍閥が流入し、
治外法権を盾に自治区を築き上げたことで、
戦時中とは比べものにならないほどの
無法地帯と化した。
街には大小様々な闇組織や
海外の非合法資本がひしめき、
その中でもポートマフィアは政治・経済の
あらゆる分野へ深く根を張る巨大組織として
君臨している。
そんなヨコハマの闇を生きる者たちの中には、
常識では説明のつかない力
――異能力を持つ者が数多く存在する。
今や異能を持たずして、
闇社会で地位を築くことは難しい。
そんな過酷な世界を幼い頃から生き抜き、
最も巨大な闇組織・ポートマフィアで
幹部にまで上り詰め、やがて「次期首領」とまで
噂される男がいた。
その名は、志賀直哉。
ポートマフィア幹部。
その名は裏社会では十分すぎるほど知られていたが、
政府や警察が保有する資料には、
彼に関する情報はほとんど存在しなかった。
彼の異能に囚われた者は、視界を失い、
音を失い、痛みさえ感じることなく、
自らの血が流れ落ちていることにも気付かぬまま
死を迎える。
話だけ聞けば、ある意味では
穏やかな最期なのかもしれない。
現に、後に彼と出会う一人の自殺志願者は、
その話を聞いて目を輝かせた。
⸻
志賀が殺し屋からポートマフィアへ
身を置くことになったのは、
当時の首領から勧誘を受けたことが
きっかけだった。
当然ながら、志賀にその気はない。
姿をくらませては追われる日々が続いた。
しかし、狂気に満ちた先代首領は、
決して彼を逃がそうとはしなかった。
やがて、その手は志賀の最も大切な存在へと伸びる。
すべてを失ったその日、志賀は静かに両手を上げ、
この終わりの見えない鬼ごっこに終止符を打った。
志賀を追っていた構成員たちは、
親友を殺された彼が怒り狂い、
復讐に燃えるものだと思っていた。
だが、彼らの前に立っていたのは、
あまりにも静かな男だった。
悲しむどころか、薄く笑みさえ浮かべるその姿に、
誰もが恐怖を覚えた。
ポートマフィアへ入ってからの志賀は、
誰よりも忠実に首領の命令を遂行し続けた。
決して友が軽い存在だったわけではない。
むしろ、唯一背中を預け、
唯一同じ場所で眠ることのできた、
家族にも等しい存在だった。
だが、その友は最期の瞬間まで笑っていた。
闇でしか生きられなかった男は、光に憧れていた。
これでようやく光へ行けるのだと、心から信じて。
それは絶望ではなく、希望に満ちた死だった。
その姿に、志賀はただ心を打たれた。
しかし――
自分は光に憧れようとは思わなかった。
あまりにも眩しすぎるものだったからだ。
⸻
「武者……お前が憧れた其処は、生きやすいか。」
「光に焼かれ、塵になってはいないか。」
「俺は、お前のように美しくはなれん。」
⸻
志賀は武者小路の後を追わなかった。
この闇を生きること。
武者小路を忘れないこと。
それだけが、自分に残された役目だった。
たとえ武者小路が望んだ死を迎え、
幸福だったとしても。
自分に残されたものは、自分を求め、
友を奪ったあの組織だけだった。
――ならば、その組織をこの手で消し去ろう。
そして、自分もまた何もない世界へ堕ちればいい。
武者小路が殺されて数年後。
墓石すらない、小さく盛られた土の前へ、
志賀は静かにしゃがみ込んだ。
風呂敷を広げると、中には武者小路が好んでいた
あんこのおはぎが二つ並んでいる。
一つを土の前へ供え、残った一つを手に取った。
一口、静かにかじる。
甘さが口の中に広がる。
「……武者。」
小さくその名だけを呼ぶと、志賀は立ち上がった。
振り返ることなく、小さく盛られた土を背に歩き出す。
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