邂逅-かいこう-


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現在のポートマフィアは、
かつてないほど抗争が激化していた。

街では毎日のように銃声が響き渡り、
血の匂いが風に乗って漂う。
異能力者同士の衝突は日に日に激しさを増し、
一つの抗争が終わる頃には、
また新たな火種が別の場所で燃え上がっていた。

本部医務室も例外ではない。

担架で運び込まれる負傷者、
怒号を飛ばしながら治療に当たる医師や看護師。
床には乾き切らない血痕が残り、
消毒液の匂いすら鉄臭さに掻き消されている。

そこに足を踏み入れたのは、
ポートマフィア最年少幹部――志賀直哉だった。

先程まで異能組織との抗争に身を置き、
その組織を壊滅へ追い込んだばかりである。

敵の異能によって腹部を深く裂かれ、
肋骨にも鈍い痛みが走っていた。
呼吸をするたび胸の奥が軋むことから、
一本や二本では済まないだろう。

それでも志賀は顔色一つ変えず、
自らの足で医務室へ辿り着いていた。

「次の患者はこちらへ!」

「止血を急げ!」

飛び交う怒号。

走り回る白衣。

目の前で一人の構成員が担架ごと奥へ運ばれていく。

志賀はその様子を静かに見渡した。

――待つだけ時間の無駄だ。

そう判断すると、踵を返し医務室を後にしようとする。

その背中へ、不意に穏やかな声が掛かった。

「怪我人が駄目だよ。
治ってもないのに医務室から出ちゃ。」

足を止め、ゆっくり振り返る。

そこには白衣を身に纏った一人の男が立っていた。

柔らかな笑みを浮かべながらも、
どこか胡散臭さを感じさせる、
不思議な空気を纏った医師。

それが、志賀と森鷗外との最初の出会いだった。

「全く、幹部の手当てが最優先だというのに、
彼らは重傷者で手がいっぱい、
頭も回らずでね。申し訳ない。」

男は困ったように肩を竦めると、
一歩近付き、穏やかな笑みを崩さぬまま
右手を差し出した。

「宜しければ私が見ましょう。
ポートマフィア最年少幹部、志賀直哉殿。」

挨拶を兼ねた握手。

だが、志賀は差し出された手に
視線を落とすことすらしなかった。

「構わん。早急に頼む。」

短く告げると、その横を当然のように通り過ぎ、
個室のある奥の診察室へ歩いていく。

取り残された右手を見つめ、
森は一瞬だけきょとんと目を丸くした。

やがて、その表情はふっと笑みに変わる。

「これは手厳しい。」

誰に聞かせるでもなく呟き、
志賀の背中を追うように静かに歩き出した。






───


「この怪我で平然としていられるなんて、
さすがとしか言えないねえ。
普通なら顔は青くなって、
呼吸も荒くなるものだけれど。」

包帯を巻き終えた森は、感心したように肩を竦めた。

白い包帯の下では、腹部を深く抉られた傷口が
まだ熱を帯びている。
応急処置こそ終えたものの、傷が塞がった訳ではない。
肋骨にも鈍い痛みが残っており、
骨折していても何ら不思議ではなかった。

それでも志賀は、痛みに顔を歪めることなく、
淡々と血の付いたシャツを脱ぎ捨てる。

椅子の背に掛けられたそれは、
乾き始めた血で重く染まり、
先ほどまでの激戦を物語っていた。

用意されていた新しいシャツへ袖を通し、
一つひとつ釦を留めていく。

その所作は乱れず、腹部へ負荷が掛かるたび
傷口が軋んでも、眉一つ動かさない。

「……痛みには強い体質でね。」

その一言だけを返し、ネクタイを締め直す。

森はそんな姿を興味深そうに眺めていた。

「そうなのかい?それは羨ましいなあ。」

感心とも皮肉とも取れる笑みを浮かべながら、
診察椅子へ腰を下ろす。

「ああ、そういえば名前を言っていなかったね。」

白衣の皺を軽く払い、志賀へ視線を向けた。

「私の名前は森鷗外。
しがない町医者をやっていてね。
表も裏も関係なく、人を診ている。」

志賀はジャケットへ腕を通し、襟元を整える。

その灰青色の瞳だけが、静かに森を射抜いた。

「闇医者は皆そう言う。」

短く言い放つ。

「患者は皆同じだと綺麗事を並べ、
戦況など構わず受け入れる。
裏社会の情報が自然と集まる職業だ。」

ジャケットの釦を留め終えると、森を見下ろした。

「だからポートマフィアは病院を買収し、
医師を常駐させている。」

一拍置き、淡々と続ける。

「……あんたは部外者か。」

その声音に敵意はない。

ただ事実を確認するだけの冷たさだった。

森は小さく笑う。

「私は今日、ここで雇って欲しくて来たんだよ。」

白衣の内ポケットから一通の封筒を取り出す。

角の擦り切れた紹介状だった。

「闇医者は情報屋だとも言われるからね。
そのせいで、随分と命を狙われてきた。」

森はそう言って、穏やかに微笑んだ。

「ここへ入れたのは、ポートマフィアと提携している
医院長の紹介だよ。」

志賀は紹介状へ目を通す。

内容を一瞥しただけで紙を返し、
静かにコートを肩へ掛けた。

「……情報屋なら知っているだろう。」

視線は窓の外へ向けられたまま。

「今のポートマフィアを。」

森は迷うことなく頷いた。

「それは勿論。」

「だからこそ、一番危険な組織に身を潜めた方が
安全だったりするんだ。」

志賀は鼻で小さく笑う。

「うちは毎日重傷者が運ばれる。」

静かな声だった。

「死体もな。」

僅かに森へ視線を向ける。

「それでも良いってんなら、勝手にすればいい。」

その言葉には歓迎も拒絶もない。

生き残れるなら残れ。

死ぬならそれまで。

ただ、それだけだった。

「有り難う。」

森は素直に礼を述べる。

志賀はそれに答えることなく、
コートの襟を整え、医務室を後にした。

彼には休む暇などない。

壊滅させた異能組織の残党は、
既に海外組織へ報復を依頼している
という情報が入っていた。

じきに本部への襲撃が始まるだろう。

そうなれば、またヨコハマは銃声に包まれる。

重い扉を押し開けた、その瞬間だった。

ドンッ。

小さな衝撃が肩へ伝わる。

「痛ッ……。」

ぶつかった相手が短く声を漏らした。

志賀は視線だけを向ける。

そこには、まだ幼さの残る少年が立っていた。

白いシャツにハーフパンツという簡素な身なり。
片目には包帯が巻かれ、その無機質な瞳だけが
志賀をじっと見上げていた。

「失敬。」

それだけ告げると、志賀は歩みを止めることなく
廊下を進んでいく。

少年は肩を押さえたまま、その背中を目で追った。

長い廊下の先で、黒いコートが角を曲がり
姿を消してもなお、その視線は離れなかった。

「そんな所で突っ立ってどうしたの?太宰くん。」

医務室の扉からひょいと顔を覗かせた森が、
不思議そうに声を掛ける。

太宰と呼ばれた少年は我に返り、軽く肩を擦った。

「今の人にぶつかって肩痛かった……。」

その口調に怒った様子はない。

むしろ、興味深そうに志賀が去った廊下を
もう一度見つめる。

「え?大丈夫?……というか謝った?」

森は少し慌てた様子で尋ねた。

「今の人、ポートマフィアの幹部さんだよ?」

「え?そうなの?」

太宰は目を丸くし、小さく笑う。

「若いね。」

「君が言うのも変な話だけどね。
本来なら子どもが出入りする場所じゃないんだから。」

「だったら連れて来なきゃ良いじゃないか。」

即座に返す太宰へ、森は苦笑した。

「駄目だよ。目を離したら君、
すぐ自殺しようとするんだから。」

深いため息を吐く森をよそに、太宰は薬棚へ歩み寄る。

透明な薬瓶を一つ手に取ると、
光へ透かしながら首を傾げた。

「あ、森さん。この薬、
一気飲みしたら死ぬかな?」

「ダメダメ!」

森は慌てて薬瓶を取り上げる。

「今は怪我人が多くて薬も貴重なんだから。
無駄遣いは駄目。」

「えー、良いもの見つけたのに。」

不満そうに頬を膨らませる太宰から
薬瓶を取り返し、元の棚へ戻す。

「僕はしばらく忙しくなりそうだから、
君はここで適当に過ごしていていい。
でも勝手に歩き回っちゃ駄目だよ。
今は警備も厳しいからね。」

「はぁ……めんどくさいなあ。」

退屈そうに天井を見上げる太宰を見つめ、
森は静かに口元を緩めた。

「これから、きっと退屈しないさ。」

その笑みが何を意味しているのか、
この時の太宰はまだ知らなかった。







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