五大幹部
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ポートマフィアには「五大幹部会」と呼ばれる
会議が存在する。
首領の直下に立ち、組織の実権を握る
五人の幹部だけが出席を許される最高意思決定機関。
普段は互いを牽制し合う幹部たちも、
この日だけは極秘の会議室へ集められる。
もっとも――そこに信頼も結束も存在しない。
あるのは、自らの立場と利益、
そして首領からの評価だけだった。
今日もまた、その五大幹部会が開かれていた。
薄暗い会議室には幾本もの蝋燭が灯され、
壁を飾る豪奢な装飾が揺れる炎に照らされている。
部屋の中央には重厚な黒檀の円卓。
その周囲へ五人の幹部が静かに腰を下ろしていた。
首領の姿は無い。
病床から動けなくなって久しい今、
幹部会は現状報告と意見交換の場に過ぎなかった。
だが、その内容は決して穏やかなものではない。
「このままではポートマフィアどころか、
ヨコハマそのものが消えかねん。
由々しき事態だ。」
低く口を開いたのは有島武郎だった。
企業や海外組織との交渉を担う彼だからこそ、
街全体の均衡が崩れ始めていることを
誰より肌で感じていた。
それに対し、久米正雄が腕を組んだまま静かに返す。
「……だが首領は最早、
それを望んでいるように思える。
我々も首領と共に歩む事を誓い、
この世界に入っていた。今更何を変えよう。」
その言葉を聞き、
菊池寛が険しい表情で机へ身を乗り出す。
「変わる変わらないの話ではない。」
机の上へ分厚い帳簿を置き、乱暴に頁を捲った。
「企業との取引は次々に打ち切られ、
報復の度に構成員は死傷する。
武器の補充、人件費、治療費……
全てが膨れ上がり、収支は赤字続きだ。
このままでは組織そのものが立ち行かなくなる。」
「ポートマフィアは消えてはならん。」
今度は有島が静かに言葉を重ねる。
「我々が消えれば裏社会の均衡は崩れる。
政府では抑え切れず、この街全てが戦場と化すだろう。
ヨコハマには、それだけの価値がある。」
円卓では次々と意見が飛び交う。
海外組織との関係悪化。
構成員の士気低下。
敵対勢力の増加。
尽きることのない問題に、議論は熱を帯びていった。
その中でただ一人。
志賀直哉だけが腕を組み、静かに目を閉じていた。
眠っているわけではない。
ただ、議論そのものに興味がなかった。
その態度に、菊池の苛立ちは限界へ達する。
「志賀!」
机を叩き、勢いよく立ち上がる。
「貴様、聞いているのか!」
静まり返った室内で、志賀はゆっくりと瞼を開いた。
冷え切った灰青色の瞳が菊池を映す。
「聞いている。」
その声はどこまでも淡々としていた。
「首領が決定を下し、
お前達は反対することなく従った。
その結果が今の現状だ。」
一拍置き、退屈そうに続ける。
「そして、それこそが首領の望みでもある。
他に何を議論する必要がある。」
「貴様……!」
菊池が怒鳴り返そうとした瞬間、
「そこまでだ。」
久米正雄の低い一声が割って入る。
長年幹部を務める男の重みある声に、
菊池は舌打ちしながらも椅子へ腰を下ろした。
沈黙を破ったのは里見クだった。
鋭い視線を志賀へ向ける。
「志賀。」
「貴様はやけに首領の命令へ忠実だ。」
「組織が荒廃していくことにも
何一つ異を唱えない。」
僅かに目を細める。
「……まさか、次期首領の座でも
狙っているのではあるまいな。」
その問いにも志賀の表情は一切変わらない。
「俺は、古くからポートマフィアに受け継がれる
『血の掟』に従っているだけだ。」
静かに椅子へ背を預ける。
「それの何が問題だ。」
そして五人を見渡しながら告げた。
「議論など無意味だ。」
「首領の命令がどんな未来へ向かおうと、
俺達は従うしかない。」
「……そういう組織だろう、ここは。」
「しかし……今の首領は、
冷静な判断が出来る状態では――」
有島が言いかけたところで、
志賀は椅子から立ち上がった。
コートを肩へ掛け、出口へ向かう。
「失敬。」
振り返ることなく短く告げる。
「仕事がある。」
重い扉が閉まり、足音だけが廊下へ消えていく。
会議室には重苦しい沈黙だけが残った。
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エレベーターで一階まで降りると、
正面ホールでは広津柳浪が待機していた。
志賀の姿を認めると、静かに一礼する。
「志賀幹部。」
「企業連合が雇った武装組織が、
倉庫街で構成員と交戦中です。」
「現在、遊撃隊が応戦しております。」
志賀は腕時計へ一瞥をくれ、小さく息を吐いた。
「……全く、不毛な会議だったな。」
誰へ向けるでもない独り言を漏らすと、
そのまま玄関前へ停車していた黒塗りの車へ乗り込む。
エンジンが唸りを上げる。
次なる戦場へ向け、車は夜のヨコハマを駆け出した。
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