儚きもの
*
規律違反を理由に二番隊を追放された紫乃は、
十三番隊へ異動することとなった。
荷車にまとめた荷物と共に
十三番隊隊舎へやって来ると、
紫乃は玄関先で足を止めた。
「今日から十三番隊に配属になりました、
花房紫乃ですが……
志波副隊長はいらっしゃいますか?」
声を掛けられた隊士は、なぜか妙にぎこちない。
「は、はい! 今、呼んできます……!」
そう言って慌てて踵を返した、その時だった。
「おーす!紫乃!来たか!」
廊下の角から、よく通る大きな声が響いた。
顔を覗かせたのは、海燕だった。
「海燕……」
「遂に十三番隊に来たかー!」
海燕は嬉しそうに笑いながら
紫乃のもとへ歩み寄る。
そして外に置かれた荷車へ目を向けた。
「なんだ、荷物これだけか?」
「う、うん…」
「だったら、こっから運んじまうか。
おーい、男手何人か手伝ってくれ!」
海燕が声を張ると、
近くにいた隊士たちがすぐに集まってくる。
「これ、どこに運べばいいっスか?」
「三席の部屋だ!」
「はい!」
あっという間に荷物が運び始められた。
「か、海燕……あの……」
自分の荷物を隊士たちに運ばせることへの
申し訳なさと、海燕の勢いに圧倒され、
紫乃は言葉を途切れさせる。
しかし海燕は気にする様子もない。
「荷物運んだら、浮竹隊長のとこ行くぞー」
そう言いながら、
紫乃の荷物の中でも特に重そうなものを
軽々と抱え、廊下を進んでいく。
「あ、ありがとう…!」
「良いってこんくらい」
遠慮しがちな紫乃に、海燕は笑って返した。
◇
荷物を新しい自室へ運び終えると、
海燕はすぐに踵を返す。
「荷物の整理は後だ。先に浮竹隊長のとこ行くぞ」
「う、うん」
「浮竹隊長は身体が弱くてな。
普段は別棟の療養所で仕事してるんだ」
歩きながら、海燕が説明する。
「そうなの…」
紫乃は頷き、海燕の後をついていった。
やがて療養所へ着く。
海燕は襖の前で足を止めると、軽く声を掛けた。
「浮竹隊長、今いいっスか?
花房紫乃を連れてきました」
「入っていいぞ」
中から穏やかな声が返ってくる。
「失礼します」
海燕が襖を開ける。
部屋の中央に置かれた座卓では、
浮竹が書類に向かって筆を走らせていた。
やがて筆を置き、顔を上げる。
その表情は穏やかだった。
「海燕から話は聞いてるよ」
紫乃はその場で深く頭を下げた。
「異動先として受け入れて下さり、
ありがとうございます」
「いやいや」
「席次も落とさず、三席として
異動させていただけたこと……
本当に有り難く思っています」
頭を下げたまま、紫乃は礼を述べる。
本来なら、規律違反を犯した隊士を
進んで受け入れようとする隊など、
そう多くはないだろう。
浮竹はそんな紫乃を見て、柔らかく笑った。
「はは。海燕の言った通り、しっかりした子だな」
そして少し考えるように続ける。
「二番隊は特殊な隊だからな。
今回のことは……不運だった、
としか俺には分からない」
「……」
「ただ、海燕からはその前からずっと、
君を十三番隊に引き入れたいと言われていたんだ」
浮竹は楽しそうに笑う。
「相当珍しいことだぞ?」
「そりゃそうっスよ」
海燕が横から口を挟む。
「あそこは堅苦しくて、
紫乃には合わないっスから」
「海燕……」
「それに、面倒な仕事を全部
紫乃に押し付けてたしな。
今の隊長がどうだかは知らないっスけど、
副隊長は今頃ヒーヒー言ってるんじゃないっスか?」
珍しく、海燕が他所の隊を
悪く言うようなことを口にする。
よほど紫乃を追放したことが
気に入らなかったのだろう。
紫乃は少しだけ目を丸くした後、海燕を見る。
そして、改めて頭を下げた。
「志波副隊長、ありがとうございます」
「気にすんなって」
海燕は笑う。
「名前も、部下の前以外なら
今まで通りでいいからな」
「……うん」
紫乃の口元に、ほんの少し笑みが浮かんだ。
久しぶりに、自然に笑えた気がした。
「んじゃ、次は隊士たちに挨拶すっぞ」
海燕が立ち上がる。
「もう行くのか?
お茶を持ってきてもらおうと思ったんだが……」
浮竹が少し名残惜しそうに言う。
「それは明日以降にしてください。
今日は挨拶と、仕事を教えるんで」
海燕は紫乃へ振り返る。
「荷物の整理は少ないし、夜でも大丈夫だろ?」
「うん。大丈夫」
「よし、決まり!」
二人は療養所を出て、本棟へ戻った。
◇
庭には、すでに隊士たちが集められていた。
その前に海燕と紫乃が並んで立つ。
「本日付で三席として配属になった、
花房紫乃から挨拶がある」
海燕がそう告げると、紫乃へ視線を向けた。
紫乃は一歩前へ出る。
「花房紫乃と申します。
本日から十三番隊に配属になりました。
よろしくお願いします」
深く頭を下げる。
顔を上げると、隊士たちの反応は様々だった。
既に噂を耳にしている者もいるのだろう。
訝しげに眉を顰める者。
戸惑うように顔を見合わせる者。
そして、何も問わずに
穏やかな表情を向けてくれる者。
やがて、まばらな拍手が起こった。
まだ、全員が紫乃を受け入れたわけではない。
それでも。
誰もが拒絶しているわけでもなかった。
紫乃は小さく頭を下げた。
その後、紫乃は執務室で海燕から
十三番隊の仕事について教わっていた。
二番隊にいた頃と比べれば、
仕事量は明らかに少ない。
隠密機動など、別組織との連携を
必要とする業務がない分、
処理すべき書類もずっと少なかった。
「こっちの書類は俺が確認する。
紫乃はこっちを頼む」
「分かった」
仕事の流れを一つずつ教わっていると、
不意に人影が差した。
「花房三席」
呼びかけられて、紫乃が顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の女性隊士だった。
凛とした佇まい。
整った顔立ちに、柔らかな雰囲気を纏っている。
「都」
海燕が、その名を呼んだ。
そして思い出したように紫乃へ紹介する。
「そうだ、紫乃。前の三席だった都だ」
「……」
紫乃が女性を見る。
「お前を三席にすることも、
快く受け入れてくれたんだ」
「そうだったの……。では、今は……」
「四席です」
都は穏やかに答えた。
「然し、お気になさらないでください」
その声には、嫌味も不満もなかった。
「志波副隊長の学友で、真央霊術院の首席。
そして鬼道にも長けていると、
以前より噂は伺っております」
都は微笑む。
「そのような方が来てくださったことを、
私は嬉しく思っております」
紫乃は少し驚いた。
「隊士によっては、
よく思わない方もいるでしょう」
都はそう言いながらも、
表情を曇らせることはなかった。
「ですが、私は納得した席次だと思っています。
どうぞ、気にせずお使いください」
そう言って、都は紫乃へ手を差し出した。
「これから、よろしくお願いします」
紫乃は差し出された手を見つめる。
それから、そっとその手を握った。
「……ありがとう」
優しくて、暖かな手だった。
その温もりが、掌から静かに伝わってくる。
紫乃はまだ知らない。
この日、差し出された二つの手が、
自分にとってどれほど大切なものになるのかを。
そして――。
数年後。
その手を、二度と握り返すことが
できなくなる日が来る。
志波海燕も。
都も。
かつて自分を受け入れてくれた二人は、
もうどこにもいない。
紫乃は、また失う。
大切な人が、
自分の手の届かない場所へ消えていく痛みを。
それが、この先何度も
繰り返されることになるとも知らずに――。
ただ今は。
差し出されたその手の温もりを、
紫乃は静かに握り返していた。
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