喪失


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指籠の中で、紫乃は膝を抱えたまま、
じっと身を縮めていた。

木製の格子の向こうを、ぼんやりと眺める。

どれほどそうしていただろう。

「花房紫乃」

突然、刺すような声が響いた。

紫乃が顔を上げる。

そこに立っていたのは、砕蜂だった。

まだ一介の隊士ではあるものの、
刑軍統括軍団長の護衛を務める彼女は、
冷たく鋭い目で紫乃を見下ろしている。

「……砕蜂」

紫乃が小さく呟く。

その呼び方が気に入らなかったのか、
砕蜂は舌打ちをした。

「貴様の処分が決定した」

淡々と告げる。

「二番隊及び、隠密機動部隊からの追放だ」

「……え?」

紫乃は目を見開いた。

ゆっくりと立ち上がり、
木の格子越しに砕蜂へ詰め寄る。

「追放って……他の隊に移動になるってこと?」

信じられない。

そんな処分になるとは思っていなかった。

しかし、砕蜂の表情は変わらない。

「言葉を慎め」

冷ややかな声が返ってくる。

「四楓院夜一が逃亡した事により、
本日付で私が総司令官兼刑軍統括軍団長となった」

「……」

「明日には、二番隊隊長着任式も執り行われる」

砕蜂は淡々と続けた。

「本来ならば、代々四楓院家が
その座に就くはずだった。
だが、四楓院家の嫡男はまだ幼い。
一人前とされるまでは、
蜂家がその役目を継ぐこととなったのだ」

「そう……でしたか……」

紫乃は静かに答えた。

また一つ、自分の知らないところで
物事が決まっていた。

それがひどく遠い出来事のように感じられる。

それでも、紫乃は受け入れるしかなかった。

「ちょうど良かったではないか」

砕蜂が言う。

「四楓院夜一がいなくなった今、
花房家を潤わせるために四大貴族へ
取り入ることも出来なくなったのだ」

紫乃は黙って聞いていた。

「貴様がここに残る理由もなかろう」

冷たい言葉が、蜂の針のように胸へ突き刺さる。

その痛みは、遅れて毒のように
じわじわと染み渡っていった。

花房家のためではない。

夜一を慕って、
自分自身の意思で選んだ二番隊だった。

けれど――。

古くから四楓院家に忠誠を誓い、
その当主を側で守る役目を担ってきた
蜂家の当主である砕蜂からすれば、
自分を快く思わないのも当然なのだろう。

紫乃は何も言わなかった。

砕蜂はそんな紫乃を一瞥すると、淡々と告げる。

「貴様の移籍先は、十三番隊だ」

紫乃が顔を上げる。

「本日、決定が下された。
おそらく志波海燕が進言したのだろう」

「海燕が……」

「席次も降格せず、三席を用意するそうだ」

思いがけない名前に、紫乃の胸が僅かに揺れる。

「今すぐ荷支度を済ませて、出て行け」

砕蜂はそう言うと、指籠の鍵を取り出した。

かちり、と小さな音がする。

木の格子戸が開かれた。

「追放で済んだだけ、有り難く思うんだな」

吐き捨てるように言い残し、
砕蜂はその場を去っていった。

紫乃はしばらく、その背中を見送っていた。

やがて見張りの隊士に促され、自室へ戻る。

部屋へ入ると、紫乃は黙々と荷物をまとめ始めた。

小物を一つずつ手に取り、籠へ収めていく。

その途中だった。

ふと、鏡台の上に置かれた
小さな瓶が目に留まった。

椿油。

紫乃は手を伸ばし、それを手に取った。

平子から譲ってもらったものだった。

あの時、彼から貰って以来。

使い切れば、同じものを買った。

また使い切れば、また同じものを買った。

何気ない習慣だった。

けれど今になって、
その小さな瓶がひどく重たく感じられる。

「……私も……」

紫乃は、瓶を見つめながら小さく呟いた。

「真子さんみたいに……髪、
さらさらになったかな……」

思わず、自分の髪へ触れる。

指先に触れる黒髪。

あの時、優しく髪に触れてくれた手。

その温もりを、まだ覚えている。

けれど――。

もう、その手が自分に触れることはない。

「……」

紫乃は椿油をそっと胸元へ抱えた。

これから先も、何度も思い出すだろう。

そのたびに、痛むのだろう。

それでも。

この感情を、いつか自分の中へ
落とし込んでいかなければならない。

紫乃は目を伏せ、静かに荷物を整え続けた。







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