仕掛け


*





松本乱菊は、ハリベルの従属官であるアパッチ、
ミラ・ローズ、スンスンの三人を相手に
苦戦を強いられていた。

三対一という数の差に加え、
相手はいずれも十刃の従属官。
乱菊も果敢に応戦していたが、
戦況は明らかに不利だった。

そんな中、アパッチは退屈そうに頭を掻いた。

「あのさ。あたし、あっちで休んでてもいいか?」

「何馬鹿なこと言ってるの?」

スンスンが冷ややかな目を向ける。
しかし、アパッチは悪びれもせず、
目の前の乱菊を指差した。

「だって全然ダメじゃん、こいつ。
そもそも三対一っつーのが、
ハナから話になんねーんだよ」

そう言って、アパッチは視線を
隣の戦場へと向ける。

そこでは、ハリベルと日番谷冬獅郎が
激しい戦いを繰り広げていた。

「お前さ、悪りーこと言わねえから、
あっちのガキ呼んでこいよ。
三対二なら、まだ勝負らしくなるかもしんねーぞ」

日番谷を指差しながら、
アパッチは心底つまらなさそうに言い放つ。

「……舐めんじゃないわよ」

乱菊の表情が険しくなった。

「灰猫!」

解放された斬魄刀が灰となり、
乱菊の意志に従ってアパッチへと襲いかかる。

だが、アパッチは苛立たしげに腕を振るった。

「ハナシになんねーって……言ってんだろうが!!」

轟、と風が巻き起こる。

乱菊の操る灰は、アパッチの力によって
あっけなく吹き散らされた。

「お前なんか、あたし一人でも
相手になんねえんだよ!」

アパッチが角から虚閃を放とうとした、
その瞬間だった。

「飛梅!」

轟音とともに、彼女の足下で爆発が起きた。

「――ッ!?」

爆煙が立ち上り、アパッチの姿が
その向こうへと呑み込まれる。

「雛森!」

思いがけない援護に、乱菊が目を見開いた。

「大丈夫ですか、乱菊さん!」

駆けつけた雛森が、乱菊の隣に並び立つ。

「あんたこそ大丈夫なの!?」

「はい!花房副隊長のお墨付きです!」

雛森は力強く答えた。

やがて爆煙が晴れ、
その向こうからアパッチが姿を現す。
頬を引きつらせた彼女の顔には、
隠しようもない怒りが浮かんでいた。

「雑魚が二体増えただけで、
何も変わりはしねーんだよ!」

「……言ってくれるじゃない」

乱菊は灰猫を構え直し、隣の雛森へと目を向けた。

「行くわよ、雛森!」

「いいえ、私に任せてください!」

雛森は一歩前へ出る。

その声には、これまでとは違う
確かな自信があった。

「もう、準備はできているので……飛梅!」

斬魄刀を振るった瞬間、
アパッチの足下で再び爆発が起こった。

それだけではない。

ミラ・ローズの周囲にも、スンスンの足下にも、
次々と爆炎が広がっていく。

まるで一つの爆発が
次の爆発を呼び寄せるかのように、
三人の従属官は連鎖する爆撃に呑み込まれた。

「なっ……!?」

三人が状況を把握するよりも早く、
爆発は立て続けに襲いかかる。

これは、雛森が紫乃とともに編み出した
鬼道と斬魄刀の複合技だった。

まず、破道の十二『伏火』によって、
乱菊の周囲から敵の立ち位置にかけて、
蜘蛛の巣のように霊圧の網を張り巡らせる。

その網の中には、さらに
破道の三十一『赤火砲』の熱量を練り込み、
爆発の威力を高める仕掛けが施されていた。

そして、縛道の二十六『曲光』によって、
伏火と赤火砲を組み合わせた罠そのものを覆い隠す。
視覚だけでなく、霊圧による探知からも
察知されにくいよう、巧妙に隠蔽していたのだ。

あらかじめ戦場に仕掛けておいた罠を、
最後に飛梅の炎で着火する。

それが、二人で練り上げた奇襲の仕組みだった。

敵が罠の存在に気づいたときには、すでに遅い。

「……成功、した」

爆発の余韻が残る中、雛森は斬魄刀を握りしめた。

自分一人の力ではない。
紫乃とともに考え、幾度も調整を重ねてきた技だ。

その成果を、今この戦場で証明できた。

雛森の胸に、確かな手応えが広がっていた。





◇



その頃、別の戦場では、
浮竹十四郎が悠然と腰を下ろし、
京楽春水とスタークの戦いを見守っていた。

そして、その前には
リリネットが立ちはだかっている。

「あんた、一緒に戦わないの?」

リリネットは、京楽とスタークを指差した。

「勿論。二対一じゃ不公平だからね」

浮竹は穏やかな笑みを浮かべて答える。

「そんなこと言ってる場合? 
スターク強いよ。あのおじさん、死んじゃうよ」

リリネットは呆れたように忠告した。

「大丈夫! 京楽だって強いさ!」

浮竹は、まるで何の心配もしていない
かのように言い切った。

「知らないよ。ほんとに死ぬよ。
後悔するんだから」

念を押すリリネットに、
浮竹は柔らかな眼差しを向ける。

「ありがとう。優しいんだね。
そうならないことを祈ってるよ」

「……あー、そう」

リリネットの眉間に皺が寄った。

こちらが真面目に忠告しているというのに、
まるで取り合う気がない。

「んじゃ、あたしとやろっか?」

小さな身体から戦意を滲ませ、
リリネットが小刀に手をかけた。

しかし、浮竹は即座に首を横に振る。

「それはだめだ!」

「はあ!?」

予想外の返答に、リリネットは目を丸くした。

「君はまだ子どもじゃないか! 
本当は、こんな戦場にいること自体
よくないことなんだ」

「子ども!?あたしが!? 
あんたねえ!破面に歳なんか……」

「分かってる。だが、駄目なものは駄目だ!」

浮竹はリリネットの言葉を遮り、
真剣な顔で言い募った。

「俺にとっては君は子どもだし、
しかも女の子だ。俺は君とは戦えない!  
それでも戦うなんてわがままを言うなら、
力尽くで帰らせるよ!君はうちに帰って
鞠でもついてなさい!」

一瞬、沈黙が落ちた。

次いで、リリネットの額に青筋が浮かぶ。

「……ははっ。いいよ。分かったよ」

口元だけに笑みを浮かべ、
リリネットは小刀を抜いた。

「そこまでバカにすんなら……
やってやろうじゃないの!!」

怒声とともに、彼女が踏み込もうとした、
その瞬間。

背後から、冷たい刃の気配が迫った。

リリネットが振り返るよりも早く、
紫乃の姿がその背後に現れていた。

すでに始解を済ませた宵椿。黒鉄の扇が開き、
その鋭い縁がリリネットの首筋を狙って
横薙ぎに振るわれる。

刃が首に触れようとした、その刹那――。

「!」

紫乃は身を捻り、鉄扇の面を盾にして
後方から飛来した虚閃を受け止めた。

轟音が響き、凄まじい衝撃が鉄扇を伝う。

だが、紫乃は一歩も退かず、その一撃を弾き返した。

虚閃を放ったのは、京楽と交戦中のスタークだった。

「紫乃……!」

浮竹が、突然現れた紫乃に目を見開く。

一方、京楽はスタークとの間合いを測りながら、
ちらりと紫乃へ視線を向けた。

「今の……紫乃ちゃんが避けていたら、
あの子にも当たってたけど、良かったのかい?」

スタークは表情を変えずに答える。

「避ければ、リリネットの後ろにいる
死神にも当たる。
あんたらも、服従する相手には忠実だろ?」

「……よく見てるねえ」

京楽は感心したように呟き、笠を深く被り直した。

紫乃が避けることを見越していたわけではない。

避けようとすれば、リリネットを巻き込む。
そう判断したうえで、
スタークは虚閃を放ったのだ。

敵の行動を見極める目と、戦場での判断力。

飄々とした態度の奥にある、
スタークの冷静さが垣間見えた。

「な、なんだお前!」

リリネットが紫乃を振り返る。

つい先ほどまで、自分の首に刃が迫っていた。

あと少しでも遅れていれば、どうなっていたか。

鼓動が急激に速まり、
リリネットの顔には動揺が浮かんでいた。

「紫乃、合流したのか!」

浮竹が安堵したように声をかける。

「はい。それよりも……
浮竹隊長は何をしていらっしゃるのですか?」

紫乃は鉄扇を構えたまま、
呆れたような視線を浮竹へ向けた。

「いやあ……相手は子どもだし、女の子なんだ。
一方的に倒すのは可哀想だろう」

「破面の年齢など無意味ですし、
男女も関係ありません。敵は敵です。
相手にも失礼です」

紫乃は淡々と言い切った。

「そうだそうだー!」

リリネットが、ここぞとばかりに声を上げる。

しかし、紫乃は彼女へ冷ややかな視線を落とした。

「意気投合したとしても、敵は敵です」

「……っ!」

その眼差しに射抜かれた瞬間、
リリネットの身体がびくりと強張った。

蛇に睨まれた蛙のように、
先ほどまでの威勢が一瞬だけ引っ込む。

紫乃はそんな彼女を気に留めることもなく、
浮竹へ視線を戻した。

「……分かったよ。紫乃の意見がもっともだ」

浮竹は、ようやく観念したように息を吐いた。

「俺が相手しよう。さあ、かかって来い!」

そう言って、両手を広げる。

「な、舐めやがって!」

リリネットは怒りに任せて浮竹へと飛びかかった。

しかし、その攻撃はあっさりとかわされる。

浮竹は軽く身体をずらし、
リリネットの勢いを受け流すと、
彼女が体勢を立て直すよりも早く距離を取った。

「ほら、落ち着いて。
そんなに力任せに突っ込んでも当たらないよ」

「うっさい!」

リリネットは再び飛びかかる。

浮竹はまたしても軽やかにそれをいなし、
彼女を傷つけることなく受け流した。

その光景を眺めながら、
紫乃は深々と肩を落とした。

――結局、こうなるのか。

戦場のただ中で始まったのは、
死神と破面の激闘というよりも、
浮竹によるリリネットのぶつかり稽古だった。







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