群狼
*
浮竹とリリネットのぶつかり稽古を横目に、
紫乃は戦場全体へと意識を巡らせていた。
山本総隊長の炎に閉じ込められた藍染たち。
砕蜂と大前田が対峙するバラガン。
そして、日番谷が相手をしているハリベル。
それぞれの戦場で、隊長たちが
十刃と激しい戦いを繰り広げている。
一方、乱菊と雛森は、
ハリベルの従属官である
アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンを
相手にしていたはずだった。
先ほど、雛森の奇襲によって
三人を爆発に巻き込んだのは確認している。
だが、彼女たちの霊圧は消えていなかった。
「……あれは」
紫乃の目が細くなる。
三人の従属官が、自らの左腕を切り落としていた。
そして、三人の腕を代償に呼び出された
巨大な存在――アヨンが、
乱菊と雛森を圧倒していた。
二人の霊圧が大きく乱れている。
すでに戦闘を続けられる状態ではない。
紫乃は即座に足を踏み出そうとした。
しかし、その気配を察したかのように、
戦場の空気が変わる。
山本総隊長が動いたのだ。
紫乃は踏み出しかけた足を止めた。
総隊長がアヨンを相手にするのなら、
今すぐ自分が加勢する必要はない。
ここで不用意に動くよりも、
ほかの戦況を見極めるべきだろう。
紫乃は改めて、目の前の戦いへと意識を向けた。
京楽とスターク。
二人の戦いに加勢する隙があれば、
すぐに動くつもりだった。
だが、スタークには隙らしい隙がない。
飄々とした態度とは裏腹に、
彼は京楽の動きを的確に捉え、
必要以上に攻め込むことも、
無防備な姿を晒すこともなかった。
紫乃が鉄扇を構えたまま機を窺っている間にも、
戦場は大きく動いていく。
山本総隊長の炎が、アヨンを呑み込んだ。
圧倒的な力の前に、巨大な虚は倒れ伏す。
さらに、アヨンを呼び出した
アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンも、
総隊長の炎によって焼き払われた。
一方、日番谷もまた、
ハリベルとの戦いに決着をつけようとしていた。
「決戦奥義――『氷天百華葬』!」
卍解『大紅蓮氷輪丸』の力が解き放たれ、
無数の氷の華が戦場を覆う。
ハリベルの身体は氷に包まれ、
その姿が氷雪の中へと閉じ込められた。
さらに、砕蜂も卍解『雀蜂雷公鞭』を放つ。
大砲を思わせる巨大な武器から放たれた一撃が、
バラガンへと襲いかかった。
二人の隊長が放った卍解の威力を目の当たりにし、
スタークは京楽との戦闘を続けながら、
ふと口を開いた。
「……なあ、あんたらの卍解ってのは、
みんなあのくらい強いのか?」
「そりゃまあ、奥の手だからねえ。卍解ってのは。
みんなそれなりのもんだとは思うよ」
京楽は、まるで世間話でもするかのように答えた。
「じゃあ、例えば。あっちの氷の奴の卍解と、
あんたとじゃ、どっちが強いんだ?」
スタークの問いに、京楽は
少し考えるように視線を上げた。
「どうかなあ。日番谷隊長は天才だからね。
あと百年もしたら、追い抜かれちゃうと思うよ」
「……そうか」
スタークの声から、
先ほどまでの気怠さが薄れていく。
「それじゃあ、今はまだ
あんたの方が強いってことだ」
その言葉と同時に、彼を取り巻く空気が変わった。
京楽はその変化を感じ取ると、
すぐさま声を張り上げた。
「浮竹ェ!!」
呼ばれた浮竹は、突然の声に目を向ける。
次の瞬間、京楽が隊長羽織の上に
掛けていた女物の羽織を放り投げた。
「わ…とっ…!京楽……!」
浮竹は慌ててそれを受け止める。
「ちょっと持っててくれるかい。
奴さん、漸くやる気みたいなんでね」
京楽の声音から、いつもの軽さが消えていた。
スタークは静かに刀を収める。
「……ああ。あんたらの卍解ってのが、
見てみたくなった」
そう告げると、スタークは下へと声を投げた。
「リリネット!!」
「ひゃっ!?」
突然の大声に、リリネットの肩がびくりと跳ねる。
「来い!」
「で、でっかい声出すなよ!
ビックリするじゃんか!!」
文句を言いながらも、
リリネットは慌ててスタークのもとへ駆け寄った。
その様子を見ていた京楽が、ふと疑問を口にする。
「どうしてその子を……?」
スタークはリリネットの頭に手を乗せた。
「俺たちは二人で一人だ。
虚から破面に進化する時、
他の破面が肉体と刀に分けた虚の力を、
俺たちは二つの体に分けた」
スタークは淡々と説明を続ける。
「俺たちが一つに帰る時、
俺たちの力も解放される」
その言葉とともに、
スタークの霊圧が膨れ上がった。
「蹴散らせ――『群狼』」
光がスタークの身体を包み込む。
次の瞬間、そこに現れたのは、
複数の白い狼を従えたスタークの姿だった。
肩や腕、脚には狼の毛並みを思わせる装いが現れ、
先ほどまでとは異なる姿へと変化している。
そして、リリネットの姿は消えていた。
その代わり、スタークの両手には
一対の拳銃が握られている。
リリネットは、スタークの力の一部となっていた。
……はずだった。
「ちょっと!グリップが甘い!しっかり握れよ!」
「うるせえな。いいだろ、別に」
「よくない!変に弱くてくすぐったいんだよ!」
帰刃した直後だというのに、
二人は早速言い争いを始めていた。
その隙を、京楽が見逃すはずもなかった。
一瞬で間合いを詰め、スタークへと斬りかかる。
しかし、スタークは軽々とその一撃を躱した。
次の瞬間、拳銃の銃口が京楽へと向けられる。
放たれたのは、虚閃だった。
「!」
京楽は即座に身を翻し、間一髪で虚閃を躱す。
「随分余裕の無えマネするんだな。らしくないぜ、隊長さん」
スタークは銃を構えたまま、京楽を見据えた。
「いやあ、本当は最初の一太刀で
やるつもりだったんだけどね。
あれを躱すとは、解放は伊達じゃないねえ」
京楽は笠を整えながら、
スタークの手元に視線を落とした。
「それにしても……その手の銃、
虚閃を撃てるんだねえ」
「……」
「別の何かも撃てると思っていいのかな?」
京楽が探るように問いかける。
スタークはわずかに間を置いてから答えた。
「……撃てねえよ」
「嘘が下手だねえ。ここまできて隠したって、
しょうがないじゃないの」
「……こっちのセリフだぜ」
スタークの目が細くなる。
「わざわざ面倒臭え解放までしたんだ。
無理にでも、あんたの卍解を見せてもらうぜ」
「だめだめ。いくら解放して強くなったからって、
只の虚閃じゃいくら撃っても……」
京楽が言い終えるよりも早く、
スタークは銃口を向けた。
「無限装弾虚閃」
次の瞬間、無数の虚閃が一斉に放たれた。
「ちょっ……ちょっと待った!!
こんな技、ズルじゃないの!?」
京楽は文句を言いながら、
降り注ぐ虚閃を躱していく。
だが、その数はあまりにも多い。
一発を避けても、次の一発が迫る。
逃げ場を塞ぐように飛来する虚閃を前に、
京楽は身を翻し続けた。
そのときだった。
「双魚理!」
浮竹の声が響く。
始解した斬魄刀を構えた浮竹が、
京楽への援護に入ったのだ。
スタークの放った虚閃が、
浮竹の斬魄刀へと吸い込まれる。
そして次の瞬間、吸収された虚閃は、
別の方向へと撃ち返された。
「……浮竹」
京楽が驚いたように声を漏らす。
浮竹は斬魄刀を構えたまま、京楽へと目を向けた。
「文句は言わせないぞ。
向こうも二人みたいなものだ。
俺が加勢しても卑怯じゃないだろう?」
「いやいや、そういう問題じゃ……」
「それに、お前は卍解する気もないみたいだしな」
「いや、これからするってば」
京楽は軽い調子で言い返すが、
浮竹は真剣な表情で首を横に振った。
「いや、止せ。お前の卍解は、
こんな人目につく場所で使うもんじゃない」
「……」
「それに、この手の敵は
俺の能力の方が上手くやれるさ」
浮竹は双魚理を構え直し、スタークを見据えた。
スタークは二人を交互に眺め、
やがて浮竹へと視線を定める。
「……あんた。あんたじゃねえよ。
そっちの白い髪の方の隊長さん」
「俺か?」
「今、どうやって虚閃を撃った?」
浮竹はすぐには答えず、穏やかな笑みを浮かべた。
「さあ、どうやってだろうな。
君がもう一度撃てば、分かるかもしれないぞ!」
挑発するような言葉に、
スタークは少しだけ目を細めた。
「……成る程ね。それもそうだ」
スタークが再び銃を構える。
「分かってる? 罠だよ、スターク。
こういうの。スタークってば! ねえ!」
リリネットが慌てて制止するが、
スタークは聞く耳を持たなかった。
「うるせーな」
そして、再び虚閃を放つ。
飛来した光が浮竹へと迫った瞬間、
双魚理がその力を受け止め、
再びスタークへと撃ち返した。
その刹那。
紫乃が動いた。
「刹華・葬舞!」
鉄扇を閉じた状態から一気に開き、
その瞬間の鋭い斬撃でスタークの腕を狙う。
だが、スタークは即座に身を引き、攻撃を躱した。
距離を取ると同時に、銃口が紫乃へと向けられる。
放たれた虚閃を、紫乃は瞬歩で躱した。
「花霞舞」
軌道を変えながら一気に間合いを詰め、
鉄扇を振るう。
しかし、その一撃もスタークには届かなかった。
紫乃の動きを見極めたスタークは、
紙一重で斬撃を躱し、さらに距離を取る。
その背後から、京楽が斬り込んだ。
だが、スタークはそれすらも察知していた。
身体を捻って攻撃を避けると、
すかさず虚閃を放つ。
京楽は身を翻して回避し、再び間合いが開いた。
紫乃は鉄扇を構え直し、スタークを見据えた。
三人がかりで攻めても、
スタークには決定的な隙が生まれない。
それどころか、こちらの攻撃を見極めながら、
確実に距離を保っている。
「……三対二になったぞ」
スタークが不服そうに呟いた。
「駄目じゃない、紫乃ちゃん。
これじゃあ、奴さん不利になっちゃうよ」
京楽が困ったように言う。
紫乃は表情を変えずに答えた。
「……敵相手に、律儀に守ることではないかと」
「まあ、そうだけどさあ」
「それに……お二人は、
おそらく卍解なさらないのでしょう。
彼の要望を叶えないのでは?」
紫乃の言葉に、京楽は気まずそうに
浮竹へと目を向けた。
「そんなことないよねえ?」
「俺はお前が卍解しない代わりだから、
やらないぞ」
浮竹はあっさりと答えた。
「……」
京楽は笑顔を引きつらせ、
紫乃は無言で二人を見つめる。
そして、背後にいるスタークは、
何とも言えない表情を浮かべていた。
せっかく帰刃までしたというのに、
相手の隊長二人には卍解する気がないらしい。
そんな空気が流れかけた、そのときだった。
空間が不気味に歪む。
紫乃は即座に顔を上げた。
頭上に黒い裂け目が生じ、
空が割れるようにして黒腔が開いていく。
新たな霊圧が、戦場へと流れ込んできた。
「……また、来るのか」
紫乃は鉄扇を握り直し、黒腔を見上げた。
戦いは、まだ終わらない。
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